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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第六章
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『南の魔女』 08 —祈り—






「——いえ。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はヘザー。ヘザーと呼んで頂ければ……」


「ふうん。ごめんね、変な事言って。よろしくね、ヘザーさん」










 ——あれは莉奈がこの世界に来て、まだ日も浅い頃だった。


 語学の勉強をしていた莉奈は、向かいに座って本を読んでいるヘザーに尋ねる。


「——ねえ、エリス……さん?……って」


「ん、なあに?」


 莉奈に『エリス』と声を掛けられたヘザーは、いつもと違う柔らかい声で莉奈に返事をする。


 呆気に取られる莉奈。ヘザーは言ってしまってから慌てて口を押さえ、目を大きく開いた。


 普段は見せないそんなヘザーの様子に、そして『エリス』という言葉に反応したヘザーを見て莉奈も驚く。


「……あ、ごめんなさい。ここにある本全てに『エリス』っていう署名があったんで、気になったんです。それで、ヘザーさんに聞こうと思って……」


「え、ええ。これは本の持ち主の署名です。『エリス』という方の……」


「そうなんですね。私てっきり、ヘザーさんの本名かと思いました」


 何気ない莉奈の言葉。だがその本質をつく言葉に、ヘザーはうつむいて答えた。


「そう……みたいです。私は以前、『エリス』という人物だったみたいなんです」


「……どういう事でしょう。その身体と関係あるんですか?」


 莉奈は最初はヘザーの事を人間だと思っていた。けど、一緒に過ごしていれば、そうではない事にすぐに気付く。


 何しろ彼女は汗をかかない、食事をしない、眠らないのだ。少なくともその点に関しては、とてもではないが彼女を命ある者だとは思えなかった。


 だが、それは莉奈にとって些細な事だった。


 ヘザーは優しく、気を遣ってくれて、色々な事を教えてくれる。実の子を放任する人間より、よっぽど人間らしいではないか。


 それに、何よりここはファンタジー世界だ。そういう事もあるのだろうと、莉奈からそれについて尋ねる事は今日までなかった。


 しかし、今、話の流れで聞いてしまった。莉奈は口に出してしまった事を少し後悔する。そして、その質問にヘザーは申し訳なさそうに答えた。


「……ごめんなさい。この家族の問題なので、私からこれ以上は言えません。でもいつか、この家で暮らす以上リナさんも知る時が来るでしょう。その時までは、知らないフリをして頂けると……」


 その言葉を聞いた莉奈は、ヘザーに優しく微笑む。


「うん、分かりました、ヘザーさん。ごめんなさい、変な事聞いちゃって。ヘザーさんはヘザーさんですもんね!」


「リナさん……」


 そこまで話が進んだ所で、部屋の扉が勢いよく開く。トイレに行っていたライラが帰って来たみたいだ。


「ふー、すっきりしたよ!」


「もー、はしたないなあ、ライラは。手、ちゃんと洗ったの?」


「バッチリ、だよ!」


 莉奈はライラと話しながら、ヘザーの方を見て軽くウインクする。そんな莉奈を見て、ヘザーは寂しそうに微笑むのだった——。









 場の空気に耐えられなくなった莉奈は立ち上がり、ビオラの腕を引っ張る。


「さあ、ビオラ。空を飛ぶ練習をしよっか。私の修行は、厳しいよ?」


「え? え? そんな急に。思ったより強引なのね、お姉様」


「り、な!」


「あ、ちょっと、そんな!……あ、お、お婆様のお墓は館の裏手にありますからーー……——」


 莉奈に引き摺られ、遠ざかっていくビオラの声。その姿を見送った誠司とヘザーは、深く息を吐く。


 誠司はヘザーを見る事なく、彼女に声を掛けた。


「じゃあついて来なさい。君も祈ろう」


「……はい」






 誠司とヘザーは先代南の魔女、ナーディアの墓の前に立つ。


 崖の手前のその場所からは美しい海が一望でき、墓の周りには手入れの行き届いた花々が咲き誇っていた。


 ビオラが手入れをしているのだろう。少し変な所もあるが、やはり根は真面目な娘なのだ。


 誠司とヘザーはひざまずき、黙祷を捧げる——。



 やがて黙祷を終えた誠司は、墓に向かって話しかけた。



「——ナーディアさん。すまない、あなたが生きている内に伺えなくて」



 潮風が吹く。



「——なあ、私のやった事は許される事なのかな。今更だが、あなたの意見が聞きたかったよ」



 花々が揺れる。



「——ナーディアさん。『厄災』が復活してしまった。でも安心してくれ。私達がやった事を決して無駄にはしない。今度こそ、『厄災』は滅ぼしてみせる。もし、あなたの危惧通り、ドメーニカが復活してしまったとしても。今度こそ、滅ぼしてみせる」



 風が吹き止む。



「——なに、あなたの弟子を危険には巻き込まないよ。まあ、そうは言ってもあなたの弟子の事だ。もしその時が来てしまったら、きっと首を突っ込んでくるんだろうがね」



 誠司は振り返り、館を見上げる。空には二つの影が踊っていた。


「——さあ、ヘザー……もう一度祈ろうか。『エリス』として」


「——はい」


 二人は再び祈りを捧げる。長い時間、長い時間——。



 気がつけば、海は凪いでいた。









「甘い! そんなんじゃ甘いよ、ビオラ! もっと風を感じなさいっ!」


「はい、師匠! でも、風、止んでますっ!」


 莉奈とビオラの空を飛ぶ特訓は、過熱していた。


 最初は優しく教えていたのだが、ビオラはぐいぐいとどこまでも食らいついてくる。その様子を見た莉奈は、この娘は叩けば伸びると判断。


 そんな感じで、何だかスポ根さながらの様相で二人は特訓を楽しんでいた。


「——そこで急停止!」


「師匠! 脳が揺すぶられますっ!」


「気合い! 気合いだよっ……で片付けるのはまずいか。首! 首を上手く使って! 後は慣れ!」


「はいっ!」


 ビオラは魔力回復薬を飲み干し口を拭う。ビオラが言うには、魔力回復薬一本で五分程飛べるとの事だ。


 ちなみに先程魔力切れをおこしてしまったのは、練習中に莉奈達が来てしまい薬を飲まずに出て来てしまったかららしい。



 ——そんな感じで小一時間。魔力回復薬十本を飲み干したビオラの特訓はお開きとなる。



「……ハァ……ハァ……すごいわ、お姉様。空を飛ぶって、あんな動きも出来るのね」


「……ハァ……ハァ……ビオラも筋がいいよ。それに、私は魔力関係ないからね。その分練習出来る時間が多いから、ズルっちゃズルかな」


 二人は庭に座り込んでお互いを讃えあう。


 莉奈にとっても誰かと一緒に空を飛ぶのは初めての事だ。教える立場からしても、ビオラの動きから学ぶ事も多い。


「それにしてもビオラ。何で『空を飛ぶ魔法』を覚えようと思ったの?」


 ふと気になり、莉奈は尋ねる。


 やれ、実用的ではないだの、趣味の範囲だの散々な言われような『空を飛ぶ魔法』だが——その質問に、ビオラは空を見上げながら答えた。


「だって、空を飛ぶって憧れじゃない? それに、お婆様に相談したら大賛成されたの。魔法って、そういう物だって」


「そういう物って?」


「『夢』——ってお婆様は言ってた。夢を叶えるのが魔法だって。だって、空を飛べるなんて素敵じゃない。アタシ、ずっと憧れてたんだ。それなのに、誰も覚えようとしないじゃない。まあ、難しいから仕方ないけど。だからアタシ、嬉しかったわ。お姉様に会えて。誰かと一緒に空を飛べる日が来るなんて」


 ビオラは空を見つめながら目を輝かせている。


「そっか。私も嬉しいよ。ビオラと一緒に空を飛べて」


 莉奈は思ってもいなかった。誰かと一緒に空を飛ぶなんて。


 いや——可能性として、一緒に空を飛ぶ事があるとしたらライラだと思っていた。


 でも、彼女がその魔法を覚えるとしても、当分先の話になるだろう。それほどまでに『空を飛ぶ魔法』は難しいのだ。


「ふふ。お姉様。また、アタシに飛び方を教えてね」


「もちろん! でも、お姉様っていうのはやめてね」


「だって、お姉様はお姉様だから。さあて、そろそろ晩御飯の用意をしなくちゃ」


 そう言って、ビオラは土を払い立ち上がった。莉奈も一緒に立ち上がる。


「ビオラ。手伝おっか?」


「いいえ、アタシに任せて。お客様はちゃんともてなさないと。お姉様、お腹を空かせて待っててね」


「うん、ありがと。楽しみに待ってるよ!」



 ビオラはスキップしながら館へと戻る。莉奈も後を追うように館へと戻る。


 何事にも一生懸命なあの娘の事だ、きっと美味しい料理が出てくるのだろう。楽しみだなあ——。



 その莉奈の想像、というか願望は、儚くも打ち砕かれる事になる。



 惨劇の宴が始まる——。





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