『南の魔女』 07 —天賦の才—
場は沈黙する。最強にして最悪の『厄災』ドメーニカ。誠司にとって、妻、エリスの仇。
その存在の復活の可能性を、ナーディアは予測しているというのか。
「ちょっと待って、誠司さん。封じ込めたって、『厄災』は七体倒したって言ってなかったっけ?」
「いや。他の六体の『厄災』は私達が消滅させた。だが、最後のドメーニカだけは消滅させる事が出来なかった。倒す方法がなかったんだ。何しろ奴には『魂』がないからね——」
莉奈の質問に、誠司は淡々と答える。事務的に、機械的に、まるで自分には関係なかったかの様に。
それは、感情を込めてしまうと、無力な自分を呪わずにはいられないから。
「——だから、エリスがその身と引き換えに奴を『空間』に閉じ込めた。『空間』から戻って来た彼女は、致命傷を負っていたよ」
「——お婆様は悔やんでいたわ。何で自分に空間魔法の適性がなかったんだろうって。老い先短い自分がその役目だったのにって。最期まで悔やんでいたわ」
「そうか、ナーディアさんはそんな事を……ありがとう」
二人のやり取りを聞き、莉奈は唾を飲み込む。
「……じゃあさ、ルネディが復活したのって、もしかしてそいつと何か関係があったり……?」
莉奈の質問に、誠司は首を振った。
「分からない。ただ、エリスの空間魔法は完全に成功した。出てこられるはずがないんだ。仮に、奴がもし空間を破って出て来たり、ルネディの様に突然現れたら——非常に不味い事になるな。放っておけば世界は滅ぶ。どうにも出来ない」
「そうね。だからお婆様は万一に備え、アタシに『凍てつく氷の魔法』と『凍てつく時の結界の魔法』を教えたんだと思う。少しでも足止め出来る様に」
「その魔法を使えば、どうにかなるの……?」
その莉奈の質問には、ヘザーが答える。
「まず、『凍てつく氷の魔法』は氷属性の最上級魔法です。熟練した者が使えば、海一面を凍らせる程の力を発揮すると聞いています」
「うん。でもアタシのは、恥ずかしいけれどやっと詠唱出来る様になったって程度なの。これから頑張って力をつけなくちゃ」
やっと詠唱出来る程度といっても、ビオラはまだ十八歳だ。その歳で最上級魔法を扱える者など、そうそういない。なんだかんだ言っても、彼女には才能があるのだろう。
そんな周りの思いを余所に、ビオラは顔を上げ、覚悟をしたかの様に口を結ぶ。ヘザーは続ける。
「——そして『凍てつく時の結界魔法』ですが、こちらは対象の時間を止める事が出来ます。ただ、かなり特殊な魔法で——」
そこまで言って、ヘザーは誠司の方を見た。誠司は頷いて、後を引き継ぐ。
「その魔法は複数人で唱える必要がある。ドメーニカの時は魔女の名を冠する四人がその結界魔法を奴に使った。この地方、最上級の四人の力だ。完全に動きを止められるはずだったんだが……それでも奴は抗って、ゆっくりと動き続けていたよ」
「それじゃあ、その隙に……ルネディの時みたいに斬ったりとか……」
「いや。それは出来ないんだよ、莉奈——」
誠司は自分の無力さを思い出し、唇を噛んだ。
「——奴は、例えるなら妖精みたいな概念的存在だ。一切の攻撃が通用しない」
その言葉に、先日の自身の考えを思い出した莉奈の身体が凍りつく。
妖精王は概念的存在は作り出せる。まさか、まさか本当に——。
莉奈の葛藤を余所に、ドメーニカの話は終結へと向かう。
「まあ、本当にドメーニカが復活するかどうかは置いといて、似た様な存在がいつかどこかの時代で現れるかもしれない。ビオラ君、私からもお願いだ。人間の寿命は短い。ナーディアさんから受け継いだ魔法、それを次の世代にも伝えていってくれ」
「ふふ、お婆様と同じ事を。分かってる。アタシもこの魔法を研鑽し、しっかり次の世代へと引き継いでいくわ」
「ああ、よろしく頼む」
「——そういう訳でアタシ、相手を木端微塵にする様な魔法は使えないの。でも、『凍てつく氷の魔法』で足止めくらいなら出来ると思うから、必要だったら是非、是非! 呼んでちょうだい!」
「感謝する、ビオラ君。君の力が必要な時は、声を掛けさせてもらうよ」
本来の目的、対ルネディに彼女の助力を仰ぐかどうか——ビオラの話を一通り聞いた誠司の結論はこうだ。
——彼女を危険に巻き込む訳にはいかない。
影に足止めは効かないし、ルネディは足止めしても影に潜り込む事が出来てしまう。
月の光を喰うというヴァナルガンドの息子、ハティの当てが出来た今、彼女に危険を冒してもらう必要は薄いだろう。
こうして話にひと段落がついた所で、ビオラは目を輝かせ皆を見渡す。
「ねえ、皆様。今日は泊まっていくんでしょう? 楽しみだわ。いっぱいご馳走、用意してあるの!」
え? と顔を見合わせる三人。
いや、申し出はありがたいが——そもそも、そんな顔、そんな言葉を聞いてしまったら断るに断れないではないか。気まずい。莉奈が慌てて乗っかる。
「わ、わあ、楽しみだなあ! もちろん泊まっていくよね、誠司さん?」
「ああ、迷惑でなければ……」
「迷惑な訳ないじゃない! アタシね、お婆様が亡くなってからこの館でずっと一人だったの。だからあなた達が来るって手紙を見た時、とっても嬉しかったわ!」
「一人? 村の者とかは来ないのかね。まさか、上手くいってないとか……」
ビオラの言葉に引っ掛かりを感じ、誠司は尋ねる。ビオラはシュンとしながらため息をついた。
「村の人達はアタシによくしてくれるわ。でもね、誰も館には遊びに来てくれないの。アタシ、嫌われてるのかな」
気まずい。一体どんな言葉を掛けてあげればいいのか。莉奈の視線を感じ、誠司は話題を変える為に立ち上がる。
「さて、ビオラ君。先にナーディアさんの墓参りをしたいのだが、案内をお願い出来るかな」
「え? ん? ああ、それはありがとう。お婆様もきっと喜ぶわ。どうぞ、付いてきて——あら?」
そう言ってビオラも立ち上がった時、彼女はヘザーの方を見てある事に気づいた。
「あの、あなた、お菓子もお茶も口をつけていない様だけど、まさかお口に合わなかった……とか……」
そのとっても悲しそうな顔を見せるビオラを見て、ヘザーは慌てて弁明をする。
「いえ、ごめんなさい。私は……その……食事をとらないので」
ヘザーは誠司の方を横目で見ながら、ビオラに頭を下げる。その言葉を聞いたビオラは、「ああ」と納得した声を上げた。
「——もしかして、あなたが『エリス』さん?」
ビオラの言葉に、誠司が、莉奈が、ヘザーが固まる。
——彼女は本当に、人を気まずくさせる天才なのかもしれない。




