『南の魔女』 04 —燕は困惑する—
「それでだ、ヴァナルガンド討伐の再依頼だが……当時と比べて物価の方はどうなってるかな?」
——私の三つ星冒険者のくだりがひと段落した所で、誠司さんは本題に入る。そういやその話をしに来たんだった。サイモンさんは顎に手を当てて、少し考え込む。
「そうだな、二十年前か……いや、今とそんなに変わってないな」
「そうか。なら、同じく10万ルドで宜しく頼むよ」
「分かった。ではクロッサ君、宜しく頼む——」
そんな誠司さんとサイモンさんのやり取りをボーっと眺めながら、私は紅茶をすする。
頭の中は疑問符で一杯だが、一つだけ分かった事がある。誠司さん、金持ってんな。
そんなこんなで手続きを終えた誠司さんと一緒に、私は受付の方へと戻った。
そこには——聴衆を前に何やら語っているレザリアの姿があった。しまった、忘れてた。
「ごめんね、レザリア。待たせちゃったね」
「——あ、リナ。いえいえ、皆さんにリナの素晴らしさを、とくと! 説いておきましたので」
本当、余計なことしてくれるな、コイツ。
そのおかげなのか——私の姿を見つけた冒険者達が、私を取り囲み始めた。
「すごいな、『白い燕』! クエスト貼り出されてから二十年、誰も討伐出来なかったのに!」
「しかも余裕のソロ討伐だってな。一体、何者なんだ、アンタ」
「サイン下さい!」
「いやあ……あはは……」
想像通り、かなり盛ってくれた様だ。私はレザリアのことをジト目で睨むが——彼女は吟遊詩人らしき人に「歌にしていいか」とか聞かれててすっかりご満悦だ。くそ。そんな私を見かねてか、誠司さんが口を開いた。
「君達、場所を空けてくれると助かるんだがね」
誠司さんのその一言に、一瞬にして辺りは静まり返る。
そして、冒険者の皆様方はザザッと場所を空けた。ナイス、誠司さん。
「さて、莉奈。そろそろ行こうか。受付でギルドカードを貰ってきなさい」
「うん。さんきゅ、誠司さん」
こうして、私は更新されたギルドカードを受け取ろうと受付の方へ向かおうと歩き出そうとした——その時だった。クロッサさんの声がホール中に響く。
「新しく三つ星冒険者になられたリナさ〜ん。カードの用意が出来ましたよ〜!」
——くっ、もはや何も言うまい。当然のごとく、どよめく冒険者さん達。目をキラキラさせるレザリア。私は小走りで受付へと向かう。
「……あの、クロッサさん。わざとやってますよね?」
「はい? 何がでしょう?」
笑顔で小首を傾げるクロッサさん。くそっ、いい笑顔だなあ。
私は、前回絡んできたビラーゴさんみたいに嫉妬する人はいないかとビクビクするが——あれ? 周りの冒険者さん達は割と歓迎ムードだ。みんな良い人なのか?
その疑問は、群衆が見守る中、その視線を気にせず近づいて来た男によって解消される。
「ハハ、先を越されちゃったね。ただ、あの語りを聞かされちゃあ文句のつけようがないよ。君はもしかしたら四つ星、五つ星狙いなのかい? 白い燕さん」
魔法職っぽい格好。キザな喋り方。ええと、確か……二つ星のエンダーとかいう人だ。
「あ……どうも……」
「一体、どうしたらそんなに強くなれるんだい? 是非、秘訣を教えて貰いたいな。どうだい、この後食事でも——」
そこまでエンダーさんが言いかけた時だった。空気が一瞬にして冷たくなる程の殺気が発せられる。
ああ、これ、誠司さんの仕業だ。やめなさい。唾を飲み込み動けなくなる群衆。ヒビが入るクロッサさんの眼鏡。
ところが、当のエンダーさんは誠司さんの方をチラリと見やり、「ヒュー」と口を鳴らして肩をすくめた。本当、いちいちキザだな。
とはいえ、誠司さんの殺気が効かない所を見るに、流石は二つ星冒険者といった所か。
「ハハ、僕はどうやらお邪魔なようだね。失礼。食事はまたの機会にね、白い燕。そして——また会おう、『救国の英雄』!」
そう言い残して、エンダーさんは指をピッと振り自分の席へと戻って行った。何がしたかったんだろう。
ただ、レザリアが話を盛りすぎたおかげか、私は三つ星冒険者に相応しいと勘違いされている事だけは分かった。吟遊詩人の才能でもあるのか? 次からは口を塞いでおこう。
——こうして色々あったものの、ようやく諸々の手続きを終えた私達は、無事にギルドを後にする事が出来たのだった。
「もう、誠司さん。むやみやたらに殺気を撒き散らさないのっ!」
ギルドから出た私は誠司さんに文句を言う。その内死人が出るぞ。だが、私の言葉に誠司さんは渋い顔をする。
「なんだ、莉奈。ああいうのが好みなのかね」
今度はその言葉を聞いたレザリアの方から、可愛い殺気を感じる。落ち着け。
「そんな訳ないでしょう? ああいうのは守備範囲外だよ。そ、ん、な、こ、と、よ、り! ライラは!? ヴァナルガンドさん討伐の依頼って何!?」
そう、何で誠司さんがこの時間に起きてくるのだ。まだ昼の範疇だ。それに、ヴァナルガンドの討伐依頼を誠司さんが出していたなんて、どういう事だ。
「まあまあ、落ち着きなさい。まず、ライラだが——あの娘には、莉奈のギルドカードからヴァナルガンドの魔素が検出されたら私に代わる様に伝えてあったんだ。日記を通してね」
そう言って誠司さんはメモを取り出し私に見せる。そこにはライラの文字で『出た!』と書かれていた。よく伝わるな、それで。
「あと、『ヴァナルガンドの討伐』依頼だが——こちらは正確にはヴァナルガンドからの依頼でね。どうやら強い相手と戦いたいらしい。それで私が代わりにギルドに依頼しているという訳さ。ギルド承認の、半ば腕試しクエストっていう訳だ。ただこの二十年、碌でもない相手しか来なかった様だがね」
なるほど、あんの戦闘狂狼め。ヴァナルガンドさんのせいで、どれだけ私が苦労してると思って——ん? 待てよ?
「あれ? お金は? ヴァナルガンドさんが出してるの?」
「ん? 私のポケットマネーからだが」
——おいーっ! 無駄遣い、無駄遣いっ!
「何で誠司さんが出してんのっ!?」
「いや、と言っても10万ルド程度だろ。冒険者時代、荒稼ぎしたからね。問題はない」
うそ、冒険者ってそんなに稼げるの!? いやいや、きっとそれは誠司さんの強さがあるからこそだ。私はため息をつく。
「もう。金銭感覚おかしいよ……」
「なに、君も冒険者を続ければすぐに慣れるさ。そうそう、君のカードにも10万ルド振り込まれているはずだ。好きな物を買ったらどうかね」
「え?」
私は固まる。10万ルド? 私に?
「ん、どうした? ヴァナルガンドの討伐報酬だぞ? まさか、気づいてなかったのか?」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て! 三つ星冒険者のくだりで気にしてなかった!
そうか、誠司さんのクエストを結果論とは言え達成したのだから、まあ当然と言えば当然なのだが——10万って。それに、私の目的は誠司さんにお金を入れること。これって意味なくないか?
「どうした、莉奈。大丈夫か?」
「……ごめん……感情の整理が追いつかない……」
何だよこれ、何だよこれ。期せずして分不相応のお金を手に入れてしまった私は、クレープ換算をしながら街を歩く。
はあ、とりあえず、貯金しよ……。
†
莉奈達がギルドから出て行くのを見送ったクロッサは、背もたれに背を預け、息を吐き天井を眺めた。
そして彼女に、謝罪をする。
「……これでよかったのかな。ごめんね、リナさん」
その囁くように呟やかれた言葉は、喧騒の声にかき消されたのだった——。




