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ライラと『私』の物語【最終部開幕】  作者: GiGi
第二部 第六章
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『南の魔女』 03 —燕は舞い上がる—





(……おい、アレ、『救国の英雄』じゃないか?)


(……ああ、あの格好、確かに見覚えがある)


 そんな声が聞こえてくる。


 その声が聞こえてるのかどうか分からないが、全く気にする素振りを見せる事なく誠司さんは私に話しかけてきた。


「やあ、莉奈。特殊個体『ヴァナルガンド』の討伐ありがとう」


「ちょ、誠司さんまで! あれはたまたま……って、え?」


 ちょっと待て。ありがとうって何だよ、ありがとうって。


 そんな呆然とする私を置いて、誠司さんはクロッサさんに自分のギルドカードを差し出す。


「私の依頼は達成されたようだね。引き続き、同じクエストを依頼したいのだが」


「え……? え……?」


 淡々と語る誠司さんに、私と同じく呆然としながらギルドカードと誠司さんの顔を見比べるクロッサさん。訳が分からない。周囲の冒険者の皆様も固まっている。


 そんな中、受付の奥から誠司さんの姿に気付いた初老のダンディな男性が、嬉しそうな顔でこちらに近づいて来た。


「セイジ君、久しぶりだな。活動記録がないんで心配してたぞ」


「はは、久しぶりです、サイモンさん。訳あって、二十年近く引きこもっててね」


 そう言って二人は固い握手を交わす。そんな二人を見て、クロッサさんがようやく口を開いた。


「あ、あの、ギルド長? まさか、こちらの方……」


「ん? こちらは三つ星冒険者のセイジ君だ。ギルドカードを確認したんだろう?」


 サイモンさんは、ギルドカードを手に持つクロッサさんをジロリと睨む。


 クロッサさんは信じられないといった表情でギルドカードを持つ手をプルプル震わせ、大きく息を吸い込み——


「……三つ星冒険者の……セイジさん……」


 ——と、小声でつぶやいた。


 っておい! そこは大声出せよ! わざとだな、やっぱりわざとやってたんだな!?


「と、いう訳でだサイモンさん。私の依頼していた『ヴァナルガンドの討伐』が達成された。そこの娘の手によってね。それで、同内容で再び依頼をしたいのだが……」


「そうか、ついにか。それでは私の部屋で話そう。ではクロッサ君とそこの……『白い燕』君だったかな?一緒に付いて来てくれ」


 なんだなんだなんだなんだ? さっぱり話に付いていけない。誠司さんが依頼? ヴァナルガンドさんの討伐を? どういう事だ。





 私はサイモンさんの後を付いて行きながら、隣りを歩く誠司さんを肘でつつく。


(——ちょっと、どういう事なの!?)


(——ああ、まあ、後で話す)


 あーもう、そうやって思わせぶるの良くないと思うんですけど。


 内心プンスカしている私を連れて、私達はサイモンさんの部屋に通される。


 立派な机に、ガラス張りのテーブル。サイモンさんに促されるままに、私はテーブルのソファに腰を下ろした。やたらと沈み込む。高級品だコレ。


 そして職員の人が紅茶を運んで来たのを合図に、サイモンさんは切り出した。


「それで、本当かい? その娘がヴァナルガンドを討伐したというのは」


「ああ、間違いない。私が証人だ。ギルドカードにも記録されてたんだよね?」


 突然話を振られたクロッサさんは、慌てふためく。


「あ、あ、はい。確かにギルドカードには特殊個体ヴァナルガンドの魔素が記録されていました……」


「だ、そうだ。しかも彼女——莉奈が一人で倒したと言っても過言ではない。私も驚いたよ」


「いやいやいや、みんなで戦ったでしょう!?」


 私は必死に否定する。だが、誠司さんはニヤリと笑った。あ、悪い顔だ。


「いや、結局私達は彼に、たいして手傷を負わせる事は出来なかった。それを上空に誘い込み、一対一の形に持ち込んで、その上で彼に『参った』と言わせたんだ。実質、ソロ討伐した様なものさ。私でも成し遂げられなかった、ね」


 その言葉にサイモンさんは「ほう」と感嘆の息を吐く。いや、「ほう」じゃないが。


「まあ、依頼者の君が言うのなら、間違いないのだろう。だが、ふむ、どうしたものか——」


 そう言ってサイモンさんは、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。その様子を見た誠司さんは、不思議そうな顔で尋ねた。


「どうした、サイモンさん。何か不味かったかね」


「いや、不味くはないんだが……そこの彼女は王国の推薦を受けているのだろう? クロッサ君」


「はい、ノクスウェル様から国を救ったという証書があります」


 ああ、そういえばノクスさんが余計な事をしてくれたんだった。文句を言うのをすっかり忘れてたよ。ぶつぶつ呟く私を余所に、サイモンさんは続ける。


「それに加え、ヴァナルガンドの単独討伐だ。充分な偉業だと私は判断するが」


「ええ、文句のつけようがないと思います」


「ああ、そういう事か。いいんじゃないか?」


 なんか誠司さんまで便乗している。ちょっと待て。ボーナスか? ボーナスでも出してくれるのか? そうであってくれ、頼むからその程度であってくれ……。


 そんな私の願いも虚しく、サイモンさんは私に告げる。


「では『白い燕』ことリナ君。おめでとう。今日から三つ星冒険者として頑張ってくれ」


「なんでそうなるんですかっ!」


 私は思わずテーブルをバンッと叩き立ち上がってしまった。驚くサイモンさんとクロッサさん。誠司さんがその私の襟首をひょいと引っ張り、ソファにポスンと座らせる。


「落ち着きなさい、莉奈」


「だって、ムリムリムリムリムリだよっ!? 私にそんな実力ないよっ!? 一つ星だって身に余るっていうのに! っていうか何で二つ星越えていきなり三つ星なの? あんまりだっ!」


 必死に弁明する私。だけど、サイモンさんは申し訳なさそうに私に言う。


「まあ、君に経験がないのは感じるが……それでも引き受けてくれ。君の実績で三つ星に上がらないとなると、では何を成せば三つ星になれるんだ、という話になってくる。ギルドへの不信感にも繋がってしまうんだ。ヴァナルガンド討伐の話は知られてしまったのだろう? クロッサ君」


「はい、ばっちりと」


 いや、主にあなたのせいだよ、クロッサさん。私はほっぺを膨らませる。


「引き受けなさい、莉奈。形だけでいい。なに、三つ星といっても特別に何かする事はないよ」


「……本当?」


 膨れっ面の私を、誠司さんが宥めすかす。そんな私に、クロッサさんが説明してくれた。


「はい、有事の際に招集がかかる事はありますが……最近はほとんどありませんね。少なくとも私が着任してからは」


 そうか、それなら私が背伸びをしなければいいだけの話だ。そうなんだけど——招集か。


 ふと、ルネディの顔が頭に浮かぶ。


 もし何かがきっかけでルネディが暴れ出して、私達に招集がかかってしまったとしたら——いや、私は招集関係なく、ルネディの元へと向かうだろう。なら、同じ事だ。


「あの、一つ確認ですけど……」


「なんでしょう」


「三つ星でも、無印クエスト受けてもいいんですよね?」


 そう、そこが肝心だ。私は背伸びはしない。してなるものか。実力に見合ったクエストを受けたい。だが、クロッサさんは困った顔で私に答える。


「可能ではありますけど……無印クエストは後進の為に残しておいて欲しい、というのがギルドとしての本音ですね。それに、三つ星の方はやる意味が薄いというか……」


「ん? どういう事ですか?」


 クロッサさんの言葉にキョトンとする私。そんな私に、クロッサさんはコホンと咳払いをした。


「はい、説明します。二つ星以上の冒険者の方には、ささやかながら毎月ギルドから報奨金が支給されます。二つ星の方は多少のノルマがありますが……三つ星の方は、そもそも多大なる貢献をされたという実績があるはずですので、無条件で毎月2000ルドが振り込まれます」


「え、は?……に、2000ルド……?」


 私はよろめく。なんだそりゃ。クレープ何個分だよ。ええと、クレープのトッピングマシマシ一個が4ルドだから——


「ええ、少なくて申し訳ないです。例えばリナさんやセイジさんには、国を救ったという実績があります。その様な方々に、毎月とはいえ2000ルドは少ないのではないかという声もありますが……」


「い、いえ、多すぎます、多すぎますって!」


 ちなみに今回の比較的高額な『トキノツルベ』の採取、及びその他諸々の納品での報酬が約1200ルド。それを三人で割ったので、一人頭400ルドだ。


 そこから諸経費を引いたりニーゼに分配する事になるので——そう考えると、不労所得の2000ルドはいくらなんでも多すぎる。


 そんな計算をしながら焦ってブンブンと手を振る私の肩に、誠司さんが目を細めながら手を置いた。


「受け入れなさい、莉奈。冒険者は死と隣り合わせだ。無念にも途中でリタイアする者も多い。だからこそ、その覚悟を決めた者達の為にも、みんなの憧れになるんだ、『白い燕』よ」


「う……」


 色々と言い返したいのは山々だ。


 だけど——誠司さんにそのつもりはないのだろうけど——エリスさんの事が頭をよぎる。


 私は命をかけて世界を救ったりはしないだろう。だが、人によっては、時と場合によってはそんな未来も有り得るのだ。私個人はともかく、そんな人達には報われて欲しい。


「わかりました……謹んでお受けいたします……」


「ありがとう、『白い燕』」


 私は差し出されたサイモンさんの手を、力なく握り返す。どうか何事も起きません様に——。








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