15 吟遊詩人との協業提案
その日。
俺とロロイは少し早めに遺物売りを切り上げて、吟遊詩人のアマランシアを探し歩いていた。
もちろん、商売のためだ。
ここ数日の間。
遺物や薬草と共にミトラの木人形を店頭に並べてみたのだが、売れ行きは良くなかった。
だが、客からの反応はなかなかに希望が見出せるようなものだった。
ミトラの人形は…
『エルフの王様』『エルフの姫君』『人間の騎士』『人間の魔女』の4種類がある。
それぞれに1つの木の塊から削り出されているようで、継ぎ目などは存在しない。
そして、かなり精巧な代物だ。
石膏でできたものに関しては、もはやどうやって作っているのかすらわからない。
遺物を見にきた客の目に留まり「これを作った技師はかなりの腕前だ」と絶賛されること数回。
これは遺物の類ではないと説明すると、そのままほとんどの客は手を離した。
クラリスも。
以前冒険者としてクエストを受け始める前に、この人形を売ろうとしたことがあったらしい。
だが、全く売れずに3日で諦めたそうだ。
しかし、コレクションの類として、遺物を見に来るような客の目に止まるということは、やはりなかなかの代物だということだ。
今のところ全く売れなかったが。
俺は、そこに希望を見出していた。
俺はその木人形をなんとかして売るために。
アマランシアに依頼してある仕掛けをしようと思っていた。
まぁ、至極単純な話だ。
アマランシアに、ミトラの人形のモチーフになっている寓話『断崖の姫君』を唄ってもらい、その直後に隣で人形を売ってみようというわけだ。
できればこれから毎日、荷馬車広場の行商時間が終わった後のタイミングで落ち合って、そこから1講演〜2講演ほどやってもらえるとありがたい。
そんな交渉を、アマランシアに持ちかけようとして…
今、俺はアマランシアを探し回っているというわけなのだった。
「踊り子のような衣装を着ていて、浅黒い肌の色をした、唄のうまい若い吟遊詩人の女」
そんな感じで聞き込みをして回っていたら、アマランシアはすぐに見つかった。
→→→→→
アマランシアは、南の外門近くで詩を唄っていた。
その時に唄っていた演目は、
『大商人グリルの行商行脚・第3章〜ガラタクタの古代遺跡〜』だ。
自身も魔術師であるグリルが、頼もしい護衛達と共に古代の遺跡を探索し。数々の罠や仕掛けを潜り抜けて最奥にたどり着いて幻のお宝を発見する。
というありがちなストーリーだ。
だが。
ライバル商人の暗躍などもあり、なかなかに手に汗握る展開なので、グリルの行商行脚の中でもかなり人気の高い演目だ。
緩急つけたアマランシアの語り口に、いつしか俺も引き込まれてしまう。
グリルはこの時に街で雇った護衛の女剣士と、のちに結婚することになるのだが。
それを知っていると楽しめるような、思わせぶりな2人の演出なども散りばめられている。
あからさまに言葉で語るのではなく、アマランシアは2人の会話を唄う時の、声の抑揚などでうまくそれを表現してくるのだ。
アマランシアは、本当に唄が巧い。
「ふぉぉおおおおーーっっ! グリル頑張れェェ!!」
大興奮のロロイにつられて、周りにいた子供達からも声援が飛んだ。
その流れに乗って演じ切り、今回のアマランシアの興行も大盛況のうちに終わったようだった。
→→→→→
「なるほど…」
公演を終えたアマランシアに近づき、俺たちは今回会いにきた目的を話していた。
話を聞いたアマランシアは、少し考えた後で口を開いた。
「リクエストを受けて特定の演目を唄うことについては問題ないのですが…、その演目はお人形の販売とは相性が悪いように思います」
と、文句をつけられてしまった。
「どういうことだ?」
「木人形は、本来は子供の手遊びに使うものですので…。夕方に大人向けの演目と共に売りに出すよりは、子供が集まる昼の時間帯に子供向けの演目と共に売りに出す方が良いと思います」
たしかに。
今はちょうど荷馬車広場が閉まるくらいの時間帯なのだが、すでに子供の姿はまばらだ。
「だが、それだとあまり高くは売れないだろう」
そう。子供の小遣い程度で簡単に手が出るような値段設定では、どれだけ売っても大した稼ぎにならない。
だから、できれば大人をターゲットにしたい。
あと、俺はなるべく荷馬車広場が閉まった後の夜の時間帯を使いたかった。
それを加味しても、やはりターゲットにするのは大人の方がいい。
精巧な人形細工に価値を見出し、コレクション用として購入してもらう方がより高い値段で売れるはずだ。
アマランシアは少し納得がいかない様子だったが。俺がミトラの人形を倉庫から取り出して見せると、少し気持ちが変わったようだ。
「確かに。これは子供の手遊び用にするには、細工が上等過ぎますね」
「だろう?」
「それならば、いっそ。そちらに特化してしまう方がよろしいかと思います。以前、請われて酒場で興行を行ったことがありましたが。当然その時は大人しかいませんでしたので…」
だがそれだと、その酒場にも場所を借りるためのマナを支払わなくてはならなくなるだろう。
それに。酒場で酒を飲んで酔っ払っているような客が、人形細工に興味があるとは思えない。
「劇場…なんかがあるといいのだけどな」
中央大陸の王都には、2つの巨大な劇場があった。
そしてそこでは、日夜様々な劇団や吟遊詩人達が講演を行なっていたものだ。
そんな場所で、直前にアマランシアのような腕のいい吟遊詩人が唄った詩に関わる人形細工を売り出したら…
それこそ飛ぶように売れるだろう。
この、城塞都市キルケットにも。
貴族達が住む内門の中にはそういった劇場の設備があると聞くが、一般の住民が住む外門と内門の間の区画にはない。
「そうか……。そうだな」
そこで俺は、また一つの商売のネタを思いついた。
「ないのなら……、俺が作ればいいのだな」
まだないということは、そこにはまだチャンスが転がっているということだ。
「どうかいたしましたか?」
「アマランシア。やはりさっきの話を頼みたい」
幸い、ミトラのお屋敷には広い庭がついている。
露天であることに目を瞑れば、50人くらいはゆうに収容できる簡易の劇場施設が作れるだろう。
雨さえ降らなければ、なんとかなる。
「現在世話になっている、ウォーレン家の離れ屋敷の敷地内に劇場の設備を作る。そこの歌姫は、アマランシアにお願いしたい」
あとは、どうやって客を集めるか、だな。
クラリスに啖呵を切った『行商広場が閉まった後の時間を使ってできる商売』の案が、少しずつ形になりはじめていた。
「ロロイもお手伝いするのです!!」
アマランシアと俺の打ち合わせを。
ロロイはニコニコしながら聞いていた。




