14 ロロイの変化
翌日。
俺は朝一番で、遺物研磨の進捗を確認するためにガンドラの店へと向かった。
ガンドラにオークションの競売順についての働きかけを依頼するという、重要な任務もある。
ちなみに、ここへ来ているのは俺とバージェスの2人だ。
ロロイとクラリスは、今も荷馬車広場でコドリス焼きを売っている。
「一応声はかけてみますが。あっしのような外部の鑑定士の要望なんざ、ほとんど耳を貸してもらえないでしょうね」
俺から話を聞いたガンドラが、かなり困ったような様子でそう言った。
実際の競売順には、貴族たちのパワーバランスがモロに反映されるらしい。
つまり、力のある貴族が「俺の出す商品を1番にしろ」とか、「俺が狙っているあの商品を後ろに回せ」などと口を挟むと、それがどんどん反映されるらしい。
「ジミー・ラディアックは…」
「貴族の中では、最弱の部類ですが…、それでも貴族は貴族、ですな」
つまり、ガンドラを通じて出す俺の要望よりは、確実に優先されると言うことだ。
俺達がミトラの屋敷を買い取るために動いていることが知られれば、おそらくは潰しにくるだろう。
「じゃあ、ジルベルト・ウォーレンはどうなんだ?」
「ウォ…ウォーレン家ですかい!? そりゃキルケット家に続く、この城塞都市のナンバー2ですぜ」
「なるほど…」
やはり、ミトラを通じてなんとかしてジルベルトに接触することが、俺たちにとっては急務らしい。
現在の計画では、オークションを全て終えた時点で600万マナを超えるマナを手にしていることが見込めている。
それならばいっそ。
ジルベルトがミトラに持ちかけていた最初の条件である「600万マナ」で。お屋敷を直接買い取るという交渉をする方が確実だ。
下手な競売などに付き合わず、確実に欲しいものを手に入れられるのが、最も良い選択のはずだ。
それがダメでも。せめて競売順位の働きかけを頼みたい。
「旦那…大貴族ジルベルト・ウォーレンと会うなんざ、我々のような平民にはそう簡単にできることじゃねぇですぜ」
「わかってる」
隠し球としては。
現在は孤児とされてるが、ジルベルトの血縁者であるミトラとクラリスだ。
ミトラの元に定期的に使者が来ているらしいので、その使者を通じて話を伝えるのが1番早いだろう。
別に直接会う必要もない。
とにかく、こちらも早めに動く必要がある。
帰ったら、ミトラに話をしておこう。
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ガンドラの店を出て。
バージェスと共に、荷馬車広場までの道を歩く。
「なかなか前途多難だな」
バージェスが歩きながらそうぼやいた。
「なんだ? そっちから頼んできたくせに、もう諦めてるのか?」
「そう言う訳じゃねぇよ。ただ、やっぱ貴族だの平民だのの話は気が滅入る。そういうのは、俺には向いてないな」
バージェスは元聖騎士として、王都でそういった策謀や策略に触れ続けてきたはずだ。
勇者もそうだが…
聖騎士などというものは。
結局は王侯貴族達が各々の息のかかった人物を推薦しあって、その上の話し合いで決めるものだ。
だから、結局は勇者も聖騎士も、王侯貴族達には頭が上がらず。いつも彼らの指示した通りの戦場へと出向くことになる。
バージェスが聖騎士を引退し、こんな西の辺境地帯で冒険者をしてるのは。多分そういったあたりの事情が絡んでいるのだろう。
→→→→→
「しかし、ロロイには驚いたな」
話題が途切れたので、俺はその話を出した。
「そうだな。あのトレジャーハントにしか興味のなかったロロイちゃんが、自分からコドリス焼きの店を手伝うと言い出すとはなぁ」
「人は、変わるもんだなぁ…」
俺がそう言いながらわざとらしくバージェスを見やると、バージェスはちょっと恥ずかしそうにほっぺたをかいた。
バージェスもちょっと変わってきた。
クラリスに求婚されてからというもの、変態っぷりが影を潜めている。
一応、とてつもなくいい意味で言っている。
ちなみに元々は、ガンドラの店へは俺とロロイの2人で行く予定だった。
だが、それだと倉庫スキル持ちが店番にいなくなるので、バージェスとクラリスにはなるべく休み休み店を営業するようにと話をしていたのだ。
そんな折、ロロイが自分からコドリス焼きの店を手伝うと言い出したのだ。
ロロイには、トレジャーハントに関わること以外は絶対にやらないという謎の信念があった。
俺とパーティを組む前は、所属した全てのパーティで、クエストに行くことを拒否してはパーティから抜けるということを繰り返していたらしい。
『クエストはトレジャーハントではないから』という理由でだ。
だから俺は、アース遺跡群攻略の直前はロロイをうまいこと言いくるめてクエストに連れて行っていた。
大規模な遺跡探索のためにはたくさんのマナが必要で、だからマナを貯めるためにクエストに行く。
つまりはそれも、トレジャーハントの一環だ。という理屈だ。
それはそれでよかったのだが…
遺跡群から生還した後のロロイは、やはり頑なに遺物以外のものを売ろうとしなかった。
コドリス焼きを売るのは、トレジャーハントではないらしい。
今回のお屋敷の一件も。
正直いってトレジャーハントとは全くの無関係だ。
それでも遺物売りだけでも手伝ってもらえれば助かるから、ロロイにはそちらの店番だけを任せるという方向性で予定を組んでいた。
そんなロロイが。
自分から『コドリス焼きの店を手伝う』と言い出した。
「どう言う風の吹き回しだ?」
当然、その心情にどんな変化があったのかが気になった。
「アルバスがそうしてるから、ロロイもそうするのですよ」
俺の質問に対して、ロロイはそう答えた。
はじめ、俺はロロイの言葉の意味が、全くわからなかった。
「答えになってないぞ。今までは、どれだけ頼んでも、薬草売りですら絶対にしなかったじゃないか」
「だから…、アルバスと一緒なのです」
「それがわからないんだって…。どの辺が、俺と一緒なんだ?」
俺が再びそう尋ねると。
ロロイは、何かを言いかけてはやめ、言いかけてはやめ、というのを数回繰り返した。
どうやら、自分でもうまく説明できないらしい。
そしてやがて…
「大事な仲間のためなら。自分の中にある大事だったものを、少しくらいなら変えてしまえるところ。かな」
と、そう言った。
それで。
なんとなく、ロロイの言いたいことが伝わってきた。
俺の目的は「大商人になること」だ。
その目的のためには「ミトラ達の屋敷を買うこと」は、回り道以外の何物でもない。
そこに1,000万マナに近いマナをつぎ込むくらいなら、もっと他に商売人として成り上がるための投資先がいくらでもある。
だが俺は、バージェスの熱に負けて。
そこに俺のマナと時間をつぎ込むことを決めた。
実は、俺自身の力試しの意味合いもあるのだが、それは俺の胸の内だけの話。
だからそれが、ロロイが言う「仲間のため」ということになるのだろう。
「ロロイもそうしたいのです。ロロイのトレジャーハントはアルバスとクラリスとバージェスがいたからこそ、さらに最高になったのです。だから、回り道でもなんでも、クラリスのためならばするのです」
「そうか…」
俺は、思わずロロイの頭を撫でていた。
「な…何するのですか!?」
「いや…、なんかロロイが成長したなぁって思って感慨深くて…」
「意味が、よくわからないのです…」
「いいんだよ。とにかく、コドリス焼きの件、よろしく頼むぜ!」
「はい!なのです!」
出発前に、そんなやりとりをした。
トレジャーハントにしか興味のなかったロロイは、俺たちと関わる中で少しずつ変わってきているようだった。
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俺とバージェスが荷馬車広場に戻ると。
2人の看板娘が汗を流しながらコドリスの香草焼きを売っていた。
「アルバス! 売上は上々なのです! コドリスを売るのも、意外と楽しいのです!」
ロロイはご満悦で、満面の笑みでそんなことを言っていた。




