12 これからのこと
「じゃあアルバス…このまま俺とクラリスでコドリスの香草焼きを売り続けながら、お前とロロイちゃんで遺物を売ったとして。それでどのくらいの売上になる見込みだ?」
バージェスが、当然の疑問を口にした。
これから2ヶ月後のオークションに臨むにあたって、現在の手持ち以上に重要になるのが「それまでに稼ぎ出せるマナの額」だ。
「そうだな。これからオークションまで休みなく店を出したとして、コドリス焼きで稼げるのは、40〜50万マナくらいだろうな。遺物の方は、どんどん売れて行って品揃えが悪くなれば、やはり売れ行きは落ち始めるだろう。だから見込みとしては100〜150万マナくらいだ」
「思ったより行けそうじゃないか!?」
クラリスが、少し興奮気味にそう言った。
仮にここからの商売が全て順調に行ったと仮定すれば。
今の俺たちの手持ちと合わせて、オークション開始時点で525万マナが手元にある状態になるということだ。
そこにオークションに出品する商品の分が上乗せになれば、600万マナにはまず間違いなく手が届くだろう。
「そうなると、やはり1番の問題はオークションの順番だな」
その525万マナに、どれだけのマナが上乗せされた状態でこのお屋敷の競売に臨めるか。は、その順番にかかっていた。
俺は、事前にガンドラからキルケット中央オークションの形式について色々と聞き出していた。
それによるとオークションは、大まかに「事前登録」と「当日の競売」とに分けられるらしい。
事前登録の流れとしては…
① 出品する商品をオークション本部に登録する。
②オークション本部が競売順を決定する。
となる。
競売順については、俺たちにはオークションの当日に発表される。
そして当日の競売の流れとしては…
①今回のオークション用に用意した資金を全て、オークション本部に預ける。
②参加者は決められた出品の順番に従って、預けた資金の範囲内でオークションを行い、オークションでの売買実績に応じて大会本部に預けたマナが増減する。
③残額と競り落とした商品の払い出し
という感じだ。
俺たちがより多くのマナを手にした状態で、俺たちの本命であるこのお屋敷のオークションに臨むためには…
俺たちの出品する遺物が、このお屋敷より早い段階で売りに出される必要があった。
仮にお屋敷の競売順が1番始めだった場合は、もうアウトだ。
その時点の俺たちは、この後の商売がうまく行っても、525万マナしか手元にないことになる。
ベストな状態になるためには、先に遺物を売り払い、手持ちのマナが増えた状態でお屋敷の臨めるようにしなくてはならない。
「ガンドラの方から大会本部に働きかけてもらおう。数万マナで本部の人間を買収できるなら、そういうことも視野に入れる。これは運を天に任せるような案件じゃない」
全員が、大きく頷いた。
→→→→→
「ところでその、出品する遺物は全部でいくらくらいになる試算なんだ?」
そう、クラリスが尋ねてきた。
当然、それもかなり重要な部分だ。
「そうだな…」
実は、オークションへの出品商品の登録は。登録が開始される「オークション開催3ヶ月前」の時点ですでに済ませていた。
俺は、ガンドラを通じて3枠の出品枠を得ることができていたため。その枠をフルに使って選び抜いた遺物をセットで売りに出すことにした。
1つ目は、
『古代の公爵ガロン卿の装備品武具の数々』
歴史書に名を残すガロン卿の装備品で、全身の武具が一通り揃っている。
特殊なスキルこそついていないものの。コレクション用としては垂涎ものの逸品だろう。
これは、セットで200万マナは下らないとの見立てをしていた。
2つ目は、
『聖拳アルミナス(遠隔攻撃・風/打)』
武器に付く戦闘用のスキルとしては最高峰である「遠隔攻撃」、および「風属性付加」のスキルがついている。
そちら方面に疎い貴族達にとっても。現在世界に十数個しか存在していない「遠隔攻撃」スキル付きの武具というのは、その珍品としての価値が理解しやすいだろう。
こちらは、1個でも200万マナはくだらないとの見立てをしていた。
そして最後に、
『大商人グリルの手紙と、グリルが妻のサリィに贈った宝飾品の数々』
吟遊詩人の詩に唄われる大商人『グリル』が実在したという証明でもある直筆の手紙。
そして、そのグリルが妻に贈ったと考えられる宝飾品の数々は、今、ガンドラの手によって当時の姿を取り戻し、煌びやかな光を放っている。
光物や珍品が好きな貴族達の収集欲を刺激する、最高の逸品たちだ。
こちらは、セットで350万マナは下らないとの見立てをしていた。
全て売り切った状態で屋敷の競売にのぞむことができれば、俺たちは750万マナほどのマナを追加で手にしていることになる。
現在の手持ちである325万マナ。
そして、これからオークションまでの期間にうまくいけば稼ぎだせる予定の200万マナ。
さらに、オークション出品商品の売上として得られる予定の750万マナ。
合わせれば1275万マナだ。
「いけるぞアルバス!」
クラリスは息切れを起こすくらいに興奮していた。
「これなら、本当にこの屋敷が買い取れる! やったな姉さん!」
飛び上がって喜び、ミトラにしがみつくクラリス。
ミトラは、ちょっと困ったように口元を歪めていた。
「安心するのはまだ早い」
水を差すようで悪いが、俺はそう言って口を挟んだ。
これで浮かれていると足元をすくわれかねない。
「なんだって?」
クラリスが怪訝な顔をする。
「相場の600万マナを大きく超えて、倍すらも超えるんだ。これならもう間違いなく…」
「それは、ジミー・ラディアックが価格で競ってきた場合を想定していない。オークションの順番もそうだが、相手がムキになってマナを吊り上げてきた場合、その額は青天井になる」
さらには、手持ち以外の全ては『うまく行けば』の額だ。
少しのアクシデントやかけ違いで、簡単に減ってしまうだろう。
「じゃあ…どうしろって言うんだよ!?」
「俺がここから、さらに他の商売を考える。10万マナでも、50万マナでも、追加で稼ぐための方法を考える。鍵は、行商広場が閉まった後の18時以降だ。その時間を使ってさらに追加のマナを稼ぎだせる商売を、何とかして…考え出す」
「……」
ほとんど喋らないミトラを含め、みんながじっと俺の方を向いていた。
「…どうした?」
「いや…、これほどアルバスのことを頼もしく思ったのは初めてだったから」
「そうか? 俺はいつも通りだぞ」
いつも通り。
商人として儲けることを考えているだけだ。
「とにかく、明日から再始動だ。オークション順の件と、新しい商売の件。もちろん、遺物売りとコドリス焼きもこれまで通りに売上を立てていかないといけないから、もうめちゃくちゃに忙しくなるぞ」
俺が言うまでもなく、バージェス、クラリス、ロロイの3人はやる気に満ち溢れていた。
ミトラは結局、最初から最後まで一言も発しないままそこに座り続けていた。
彼女が何を考えているのかは、結局全然わからないままだった。




