09 ジミー・ラディアックとの対談②
ミトラの結婚の日がオークションの翌日というのはつまり…
前日のオークションでジミーがこの屋敷を買い取り、それによってミトラの行く末もまた、ジミーの自由にできるようになる日。
という意味だったようだ。
つまりは、この結婚は…
『大貴族の血縁の女を弄びたい』
という目的のため。
ジミー・ラディアックが勝手に話を進めているものだったらしい。
ジミーは、2ヶ月後のオークションにこの屋敷が出品されるということを聞きつけ。
2人の住処であるこの家を買い取ることで、そのままミトラとクラリスの自由を奪おうとしているようだった。
盲目のミトラは、住み慣れたこの家を離れることができない。
だからミトラは、それを受け入れた上でクラリスだけでも屋敷から外に出して自由にしようとしていた。
ジミーの目論みを全て分かった上で、クラリスにはこの結婚を幸せなものであるかのように装っていたのは、そのためなのだろう。
だが、そんなミトラの思いも虚しく。
ジミーは姉妹と屋敷をまとめて手に入れるつもりのようで…
今回の一件で、それらのミトラの隠し事はクラリスにバレてしまった。
「てめぇは、なんなんだぁぁあーーーっ!!」
怒り狂っているクラリスに危険を感じたのか、ジミーの護衛たちが一斉に剣を抜く。
対してこちらは、和やかな会談のつもりだったので全員丸腰だ。
また、地下迷宮でノッポイの部隊を相手にした時とはわけが違う。
ここは住宅街のど真ん中で。
そして、相手は貴族だ。
戦闘になって例えこちらが勝てたとしても。
貴族に手を出したりなんかすれば、お尋ね者となって結局はこの屋敷に住み続けることなどできなくなってしまう。
ジミーに飛びかかろうとするクラリスを、バージェスが床に押さえつけた。
さすがはバージェスだ。
年齢を重ねているだけあって、流石にここでジミーをぶちのめすわけにいかないことが、ちゃんとわかっているようだ。
元聖騎士として、王都でそういった貴族の横暴にも触れ続けてきたのだろう。
だが、バージェス自身もまた怒りを押し殺しているようだ。
ギリッと歯を食いしばり、静かな怒りに満ちた目で奴らを睨みつけていた。
「私は勝手に浮かれてた。姉さんが幸せになって、私も自由に生きられるって…。私は…心のどこかで姉さんのことを重荷に感じていたのかもしれない。最低だ…私、最低だっ!」
クラリスは、バージェスの下じきになって、ボロボロと涙を流しながら泣きじゃくっていた。
それを、ジミーは余興でも見るかなような目で見ていた。
「ひとつ、質問させてもらっていいか?」
俺がそうジミーに声をかけると。
全員の視線が、一斉に俺の方を向く。
だが、ジミーは小馬鹿にしたような目で俺を一瞥した後、何事もなかったかのように前に向き直った。
先程のは戯れ。
給仕ごときと会話するつもりなどないということだろう。
「そこの護衛の…青髪の男」
ジミー本人が相手では話にならないと踏んで、俺はブレーンの方に声をかけた。
「なんだ?」
とりあえず返事が来たので、会話をする気はあるようだ。
「この屋敷はミトラとクラリスの父である、キルト・ウォーレンの持ち物であるはずだ。オークションに出す出さないは彼の一存のはず…。本当に彼がこの屋敷を売り払うと言っているのか?」
奴隷とは言え。屋敷をひとつ与えるほどに愛した女との間に生まれた忘れ形見を、こうも簡単に切り捨てるのだろうか…
「本当に。何も知らんようだな」
ジミーの護衛の男はそう言って、キルト・ウォーレンが既に、遥か昔に死去していることを話した。
「そんな…」
クラリスは愕然としているが。
おそらくはミトラは、父の死を既に知っていたのだろう。
先程までとなんら変わらない態度で、そこに座っていた。
そしてここ数年の間は、暗愚な第一子が家督を継いでいたが、そちらも半年前に死去。
現在は、ミトラたちの父であるキルト・ウォーレンの第二子である『ジルベルト・ウォーレン』という男が、ウォーレン家の実権を握っているらしかった。
ミトラとクラリスの腹違いの兄に当たるジルベルトは。父の代から既に頭角を表しており、兄が実権を握っていた頃にも、実質的に家業全般を取り仕切っていたらしい。
そして、兄の死によってついに完全にウォーレン家の実権を掌握するや否や、不要な支出を片端から完全に中断させて回ったそうだ。
さらにジルベルトは、有用な技術を持つ家人達の給金を数倍に跳ね上げ、次々に重役に登用していった。
その一方で、やる気がなかったり、過去からの特権にあぐらをかいているような。ウォーレン家にとってマイナスとなると判断した家人たちについては、容赦なく給金をカットしたり、暇を出したりした。
そして、たった半年でウォーレン家の内部を大改革したのだそうだ。
そのため、彼は相当なやり手だとして内外でかなり評判が高いらしいのだが…
それは、ミトラとクラリスにとっては非常に悪い流れでもあった。
ミトラとクラリスへの援助が打ち切られたのは、半年前にジルベルトが実権を握ったこの流れの中でのことだ。
そしてジルベルトは、ただの無用の長物であり1マナも生み出さないでいるこのお屋敷についても。
いつまでも、会ったこともない妹たちのために無償で貸与し続けているのも馬鹿馬鹿しいと考え、今回のオークションに出品してさっさとマナに変えてしまおうとしているとのことだった。
「住んでる奴らに断りもなく…か?」
「申し訳ありませんアルバス様。私は、以前からその話を聞いておりました」
そう言ってミトラが話に割り込んできた。
ミトラは、父の死をずっと前から知っていたし。半年前からジルベルトの使者とも何度かやりとりをしていたそうだ。
「彼の提示する600万マナという大金が、今の私たちに支払えるはずもなく。妹共々ここを出るしかないと、途方に暮れておりました」
そんな折、クラリスがバージェスと出会った。
そしてクラリスは、バージェスの指導のもとでメキメキと冒険者としての実力を身につけていき、やがてクラリス自身が食うに困らない程度のマナを稼ぎ出すほどになっていた。
「だから後は私が、クラリスの足枷でなくなれば良かったのです。2人でこのお屋敷を追い出されてしまえば。1人で生きられない私は、きっとクラリスに迷惑をかけ続ける」
一縷の望みをかけていたというトレジャーハントでも、600万マナもの大金を稼ぎだすには至っていない。
「そしてそんな折、ジミー様からこのお話をいただいたのです」
ジミー・ラディアックが、ジルベルト・ウォーレンからオークションで屋敷を買い取り、そこで妻としてミトラを囲う。
それは、ミトラにとって願ってもない話だった。
オークションにて、ジミーが屋敷を買い取ることができれば、ミトラはここを出て行かずに済む。
つまりは、ミトラは住み馴れた屋敷に住み続けられる上、クラリスはミトラの束縛から解き放たれて自由になれる。
それはミトラにとって最高の条件だった。
だだし。
ジミー・ラディアックが、こんなクソ野郎でさえなければ。
だから、ミトラは覚悟を決めたのだろう。
幸せな物に見せかけて、この結婚を受け入れる覚悟を…
結婚後の自分の身は、もうどうなっても良い。
屋敷のついでとして、奴隷のようにマナで買われ、そして自分を『奴隷』と呼ぶこの男に踏みにじられるだけの人生だろうと。もうそれで良い、と。
「クラリスが幸せになれればもうそれで良いと。私はそう覚悟しておりましたので…」
だが…
ジミーがミトラの想像を遥かに上回るクソ野郎だったせいで、それすらも破綻してしまったということなのだった。
その話を聞いたクラリスは、静かに啜り泣きを始めていた。
「とりあえず、今日はもう帰ってくれないか? 今日、ミトラの顔を見るというあんた達の目的はもう果たしたんだろう?」
俺がそう言うと。ジミー達はあーだこーだとしばらく口上を垂れ流したあとで、やがて帰り支度を始めた。
ブレーンらしき青髪の男が、最後まで残って嫌な目でバージェスのことを見ていた。
「帰るぞ、ダコラス」
そして、主人であるジミー・ラディアックに呼ばれ、少し駆け足で帰っていった。
後には、泣きじゃくるクラリスと。
静かに怒るバージェス。
そして、何を考えてるのかわからないミトラが残されていた。
これは…どうやって収拾をつけようか。