08 ジミー・ラディアックとの対談①
コドリスの香草焼きの店も、遺物&薬草商店も。
その後半月の間かなり順調だった。
香草焼きの噂を聞きつけて、わざわざキルケットの反対側の東地区から買いに来る客もいたほどだ。
ちなみに遺物商店の方は、もはや西大陸全土から客が集まってきているような状態だった。
徐々に減ってはいるが、スキル付きの遺物はまだ何点も手元に残っている。
そんな中で、俺はミトラの結婚相手の件がずっと引っかかっていた。
だがそちらの話も、表向きは順調に進んでいるようだ。
ミトラの結婚の日は、2ヶ月後と決まった。
そしてその日はまさに、キルケット中央オークションの翌日だ。
「オークションは、貴族たちにとっては一大イベントだ。色々と忙しいそんな日の直後に当ててくるなんて、変なやつだな」
クラリスがそう言うと。
「ミトラの相手は、オークションにはあまり興味がないのかもな…」
と、バージェスが応じた。
バージェスは、ミトラの結婚相手がジミー・ラディアックだということを、多分知らないのだろう。
プリンを借金のカタにしようとしていた相手の貴族がジミーだと言うことは、バージェスも知っているはずだった。
というか、俺はバージェスからその話を聞いた。
そいつがミトラの相手だと知れば、バージェスの性格なら騒ぎ出しそうなもんだ。
ミトラは何も答えず、静かに食卓についていた。
手探りで食器やフォークなどの位置を探りながら、黙々と夕食を続けている。
俺たちがヤック村に行っている間。
ミトラはジミー本人、もしくはそいつの使者と会っていたのだろう。
その時にどのようなやりとりがあったのか…
それはミトラしか知らないことだ。
その、目隠しの奥で一体どんなことを考えているのか。
相変わらず、ミトラから表情のようなものは読み取れなかった。
→→→→→
そんな折。
ジミー・ラディアック本人がミトラに会いにこの屋敷を訪れるという話が、使者を通じてもたらされた。
俺とロロイとバージェスは、普通に部外者だ。
普通の顔をして居座っているが、本来はクラリスたちのお屋敷に住んでいてはいけない。
そのため、席を外して外に出ようとしたのだが…
「頼む! 緊張するからお前らも居てくれ」
というクラリスに引き止められてしまい、使用人のふりをして残ることになってしまった。
「アルバスが料理人で、ロロイが給仕で、バージェスは衛兵なのです」
「俺たち、あまりそういったものには見えないけどな…」
ガタイも良くて強面のバージェスならば、衛兵は納得できる。
だが、ロロイの給仕はさすがに無理がある。
…立ち振る舞い的に。
俺の料理人は、もはや意味不明だ。
キッチンで待機でもしてればいいのか!?
悪いが給仕は俺が担当して、ロロイには違う部屋で待機していてもらうことにした。
「どんな奴なんだろうな…」
クラリスは、のちに義理の兄となるであろう貴族に会うのに、かなり緊張しているようだった。
そして、ミトラが使者から聞いたという約束の時間を大幅に過ぎたころ…
ジミー・ラディアックは現れた。
現れたジミー・ラディアックは、4人の屈強そうな護衛を引き連れ、呼び鈴も鳴らさずにズカズカと屋敷に入り込んできた。
客人を迎えるにあたり、この屋敷は無施錠だったのでこちらはかなり驚かされてしまった。
一応衛兵役としてバージェスが引き止めようとするも、護衛らしき男に「何様だ!」と一喝されてしまう。
何様も何も、そいつは元聖騎士様だぞ…
さすがにバージェスも、場をわきまえてそんなことは言い出さないが。
「奴隷風情が。屋敷に衛兵を置くとは、随分と調子に乗ったものだな」
ミトラのいる応接の間まで上がり込み、そう吐き捨てた小男がジミー・ラディアックのようだ。
年齢は多分、バージェスと同じか少し上くらいだろう。
俺が思っていた通り、なかなかのクソ野郎な雰囲気をまとっている。
「ジミー様。今日は妹の前では乱暴なことはしないし言わないと…そう約束したはずではありませんか?」
ジミーの護衛により、威嚇するように左右から挟み込まれながら。
椅子に座ったミトラが抗議した。
「約束? なぜ私が、奴隷の女と約束などしなくてはならないのだ?」
「……」
相変わらずミトラの表情は読めないが、流石にムッとしているのが伝わってきた。
「奴隷は奴隷らしく、身の程をわきまえて主人の言うことにひたすら従っておれば良いのだ」
この時点で、すでにクラリスは飛び出して行ってジミーをぶん殴る寸前だった。
飛び出さなかったのは。自分で思い止まったのではなく、バージェスに横から腕を掴まれて動けずにいるからだった。
「おっと。すまんすまん、まだ正式に主人ではなかったな。あぁ、あと、『奴隷』ではなく『孤児』だったか。まぁいい、どちらも似たようなものだ」
「ジミー様…そのようなお話も、妹の前ではしないで欲しいと。そうお願いしてあったはずです。今日は和やかに。それが妹と共に本日の訪問を受ける条件だったはずです」
そう言ってミトラが抗議する中、ジミーの隣に控えていた青い髪をした護衛の男が、ジミーに何かを囁いた。
「ん? そうだな。奴隷とはいえ、ウォーレン家の血が入った女を……ジルベルト・ウォーレンの妹を買えるのだ。多少は話を聞いてやった方がいいか…。おっと、奴隷ではなく孤児だったか」
「買う……。だと?」
思わず俺がそう呟くと。
「この屋敷のものは、何も知らんのか?」
そう言って、ジミーは得意げに喋り始めた。
「この屋敷は2ヶ月後のオークションに出品されることとなっている。私が屋敷を買い取れば、行き場のない住人は、必然的に私の奴隷のようなものだ」
「ふざけるなっ!!」
バージェスに押さえつけられてるクラリスが叫んだ。
「クラリス! 鎮まりなさい!」
「できるかよ! なんで姉さんが奴隷みたいに扱われてるんだ!? 結婚して幸せになるんじゃなかったのかよ!」
そこで再び、護衛の男が何やらジミーに囁いた。
どうやら、この男がジミーのブレーンのようだ。
「ほう…お前がクラリスか。私がこの屋敷を買い取った暁には、ミトラ共々私のものとして私に尽くせ。まずはしっかりと調教し、その生意気そうな顔をめちゃくちゃにしてやろう」
「ジミー様…、それではお話が違います。妹はこの屋敷を出るということでお話ししていたはずです」
ミトラの抗議の声など。
ジミーは聞こえてすらいないように、全く意に介していない。
「それは私が決めることだ。なぜ私が奴隷の女の言うことを聞かなくてはならないのだ?」
この辺りで、バージェスの顔も相当険しくなってきていた。
「本日は。オークションによりいずれ私のものになるこのウォーレン家の離れ屋敷と、キルト・ウォーレンの庶子姉妹を見るために、わざわざ私自身が出向いてやったのだ。姉の目が見えぬというのが残念だが、どちらもなかなかに美しい。今からオークションの日が楽しみだ、ぐふふふ」
そう言って、ジミー・ラディアックはいやらしく笑うのだった。