17 結婚の申し込み
旅館の廊下にて、落ち込むクラリス。
風呂に入る前まではバンダナで髪を隠していたが、今は垂らしっぱなしだ。
「しばらくここに滞在するわけだし。チャンスはいくらでもあるさ」
「そそ…そうなのです。さっきはロロイが設定にのめり込みすぎて大失敗しちゃったけど、今度はちゃんとするのです!」
「2人ともありがとう。2人に責任はないよ。今までのことも含め、結局は私がちゃんとできなかったからダメだったんだ…」
さらに落ち込むクラリス。
「いや、俺たち2人がダメだった。クラリスはしっかりとやることやってたのに…」
今回は、ロロイもいけないが。
もたもたと予定通りの行動を取れなかった俺もかなり悪い。
普通に考えて、俺たち2人が失敗の原因だ。
そこへ、気絶から復活したバージェスがやってきた。
「ロロイちゃん。その…さっきはすまなかった」
裸をガン見したことを言っているんだろうが、今の俺たちの関心ごとはそれじゃない。
ちなみに俺もしっかり見てしまったが…
ロロイの方が全く気にしていないようなので、俺も気にしないことにした。
「ロロイは別にいいのです! それよりもバージェスはもっとちゃんとクリスを見るのです」
「?」
バージェスがクラリスを見た。
「やっぱり髪の毛が伸びすぎだな。まぁ、そういう路線なのは構わねえけど…」
「だから、私は女なんだって! さっきも言っただろ!」
クラリスが、再びそう言った。
「はぁっ? 仮にそうだとして、半年も同じ部屋で寝泊まりして、さっきは同じ風呂にも入って。それで俺が気づかないわけがないだろーが」
気づかないわけがあるんだよ!
「いつまでも馬鹿なこと言ってんじゃねーぞ」
そう言ってバージェスは、クラリスの股間を「がしっ」と掴んだ。
「ほれ、ちゃんとキ○タマがついて…」
そう言いながら少しまさぐって…
「……ない?」
そして、バージェスの顔が青ざめた。
地下遺跡では、俺がなんとか回避したその『お約束』を、バージェスが見事にしでかしてくれた。
「んなにィィィィイイイイッッ!?!?!」
「だから…私は…」
「ふぐぅっ」
「えっ?」
そして、バージェスは本日2回目の気絶をした。
きっと脳みそがオーバーヒートしたに違いない。
百戦錬磨の魔法剣士は、女の子に超絶弱かった。
「……」
「……」
「……」
俺たち3人は顔を見合わせた。
「作戦、第一段階完了……なのですか?」
「そうみたいだな」
→→→→→
俺たちは、気絶したバージェスを3人がかりで部屋まで運び入れ、バージェスとクラリスを2人きりにした。
あとは、バージェスの目が覚めた後で、クラリスからきちんと話をすれば良い。
最難関のカミングアウトが済んでいるので、あとはもうなるようになるだけだろう。
そして、1時間後にやっと部屋から出てきたクラリスは…
目を赤くして泣いていた。
「ダメだってさ…」
それだけ言って、外に走って行ってしまった。
「クラリス!」
ロロイがクラリスを追いかけて出ていった。
「バージェスが断った…ってことか」
バージェスにも選ぶ権利があるのは言うまでもないが…
俺としてはここまでクラリスに協力してきた手前、上手くいってほしかった。
「あいつ…」
ずっと若い嫁が欲しいとか言ってて、いざとなったら拒否するとか…
いったいなんなんだよ。
まぁ、たしかに。
いままでずっと男だと思って接してきた弟子が、実は女の子だと知って…
さらにはいきなり結婚とか申し込まれて戸惑うっていう気持ちも、わからなくはないけどな。
ただ、戸惑いがあるならせめて時間を設けるとか。いきなり断る以外にも色々あるだろーが。
「……はっ!?」
まさか…おっぱいか!?
おっぱい好きのバージェス的に、クラリスのそこが不満とか、そういう話か!?
プリンとアルカナを見てデレデレしていたバージェスの顔が浮かび、凄まじい殺意が湧いた。
そうなんだとしたら、ぶち殺してやるぞ。
…間違いなく返り討ちにあうだろうけど。
何せ俺弱いし。
「バージェス。クラリスの結婚の申し込みを断ったんだってな…」
せめてきちんと理由だけでも聞いてやろうと思って、俺は部屋に入ってバージェスに声をかけた。
「えっ…断った? 俺がか?」
「はぁっ!?」
「あれは断った。ってことになるのか?」
「はぁんっ!?」
ついつい変な声が出ちまった。
詳しく話を聞くと…
クリスが本当は女であることや、本当の名前が『クラリス』であることを打ち明けられ、さらには結婚まで申し込まれたバージェスは…
戸惑いのあまりしばらく黙り込んでしまったらしい。
それはまぁ、普通の反応だ。
「ちなみに、どのくらいだ?」
「30分くらいかな…」
「長っ!!!」
クラリスがどんな気持ちでその時間を過ごしたかは、想像に難くない。
そして、バージェスは…
「『まだ若いんだし。俺なんかよりもいい奴が現れるかもしれないから、もっとよく考えろ』って、そう言ってやったんだ」
「それで…?」
「いや…それだけだ」
「はぁ…」
そしてバージェスは、本当に『よく考えろ』と忠告しただけのつもりだったらしい。
よく考えた上で、クラリスがまだその気なら…
「拒否する理由は特にない…」
とのことだ。
「クラリスは、断られたって思って泣いてたぞ」
「えっ…」
「純情かっ!」
お互いに!
…頭が痛くなってきた。
「もう一度確認するけど。結婚の申し込みを断ったつもりはないんだよな?」
「ああ…」
「なら、俺からそう伝えておくぞ。だけど、後で自分でもちゃんと伝えろよ」
「あ、ああ…」
なんで俺が翻訳をしてやらなきゃならないんだ。
純情かっ!
俺はクラリスとロロイを探すため、薄暗いヤック村の道へと走り出た。
「あ! アルバス」
…旅館の入り口脇にいたので、2人はすぐに見つかった。
俺が今しがたバージェスとした話をすると。
クラリスはまた泣き出して……しばらくして怒り出した。
「あいつ! 紛らわしいんだよ!!」
「ちゃんと確認しない方も悪いだろ…」
「とりあえず。全部バージェスが悪いのです!」
「後で文句言ってやる!!」
「……」
まぁ、クラリス元気になったし。
それならそれでいいや。