16 混浴にて
「ふぃ〜、やっぱり薬草風呂は落ち着くな…。アルバス。俺たちまで宿賃を無料にしてもらっちまって悪いな」
「気にするな。その代わり、帰り道の護衛は3割引で請け負ってくれ」
「だはは。ちゃっかりしてやがるぜお前は。まぁ、ウシャマがいる分移動はかなり早かったし、それもあってモンスターに襲われる頻度もかなり減ってたからな。確かにあの額はもらいすぎだ」
俺とバージェスの2人は、アルカナが俺たちのために用意してくれた、VIP向けの浴室で薬草風呂に浸かっていた。
「3人だけずるいのです! ロロイも裸の付き合いをするのです!」
と言って部屋でロロイが騒いでいて。
クリスがそれを思い止まらせるための説得をしていて遅れている。
…という設定。
そう、設定だ!
つまり俺たちの計画は、すでに始まっているのだ!
ロロイの一件でバージェスをうまく誘導し、俺とバージェスの2人だけで先に風呂に浸かっている。
この後は、俺が「のぼせた」と言って早めに上がり。バージェス1人だけが残った風呂にクリス、改めクラリスが俺と入れ違いで入るという流れだ。
これら全てが、アルカナの提案する作戦だったのだ!
我が妻ながら、とんだ策士だぜ!
「久しぶりに熱い湯に浸かったせいで、少しのぼせたみたいだ。悪いが先に上がるぞ」
そう言って、俺は作戦通りに湯から上がろうとした。
「そうか…じゃあ俺も上がるかな」
「いや、バージェスは好きなだけ入ってろよ」
「ん? しばらくここに滞在するんだから、入りたけりゃまたいつでも入るさ」
「いや…バージェスはもう少し入ってろ」
「?」
くっ…そんな馬鹿な。
早くも作戦続行に支障が出てきた。
「もうすぐクリスも来る。1人で入らせるのは可哀想だろ? それに、ひょっとして説得に失敗してたら、ロロイも一緒に来るかもしれないぞ?」
我ながら見苦しい。
ここでロロイを餌に使うのも、かなり気が引けた。
だが仕方がない!
全部、作戦続行のためだ!
クラリスのためだ。
「確かにな!? ロロイちゃんが来るなら、俺はいつまでだって待つぜ!」
バージェスは早くも鼻息が荒くなっている。
この変態野郎め。
「い、いや…」
ロロイをそんなふうな目で見るなよな!
あれは妹枠か、もしくは娘枠だろう!?
そして俺は、バージェスに促されて再び湯に浸かり、そのまま出るタイミングを逸してしまっていた。
「まぁ、ロロイちゃん云々は冗談だよ。…なぁ、アルバス」
「なんだ?」
俺、一刻も早くここから出ないといけないんだけど…
「クリスのことだけどよぉ。お前、キルケットのオークションが終わったら行商の旅に出るんだろ? だったら絶対にあいつも連れて行けよな。…クリスとロロイちゃんのこと、お前だって気づいてるんだろ?」
つまりバージェスは、クリスとロロイが恋仲になりつつあると言っているのだ。
「……」
いや、俺も前まではそう思ってたけどさ。
クリスとロロイがいい雰囲気だとか思ってた時期もあったけどさ。
それは、違うんだよバージェス!
クリスはクラリスで。
女の子で。
そしてあんたのことが好きなんだよ!
「最近、クリスがたまに夜中に部屋を抜け出してるんだ。…たぶんロロイちゃんと会ってるんだろうよ」
バージェスは、少し寂しそうに天を仰いだ。
正解だ!
正解なんだけど……
根本的には不正解だ!
「俺は万年キューピッドだなんて言われてるけど、それで損してるだなんて思ったことはないんだぜ? 若い奴らが夢を追いかけてる姿を見てると、本当に純粋に応援してやりたくなるんだよ」
「バージェス…」
バージェスの兄貴!
なんでそんな良い奴になっちまうんだよ!
もう変態なんて言わないからさ!
いや。ロロイは諦めてくれて良いんだ。
でも、クリスあらためクラリスは…
あー! 言いたい!
ここで全部言ってしまいたい!!
「どうした、アルバス?」
1人で悶える俺を。
バージェスが不思議そうに見ていた。
→→→→→
「バージェス、アルバス。…入るぞ」
そこで、クラリスの声がした。
「ま…」
俺が「待て!」と言う前に、ガラガラと入り口の扉が開く。
待て待て…
計画と違うだろ!
俺がいるうちに入ってきちゃダメだろ。
たぶん、なかなか計画通りに風呂から上がってこない俺に痺れを切らしたんだろうけどさ。
「おう! やっときたか。アルカナの薬草風呂は最高だぞ!」
視線は向けず、バージェスがクラリスに声をかけた。
そしてバシャバシャと湯で顔を洗ったり、香りを嗅いだりして薬草風呂を堪能している。
今は薬草風呂はいいんだよ!
クラリスの方を向け!
ちなみに、今のクラリスは身体の前側にタオルを垂らして色々と隠しているようだった。
『ようだった』というのは…まぁ、俺はあまりクラリスの方を向けないからな。察してほしい。
「じゃ、俺はそろそろ…」
「待てよアルバス。せっかく男3人で裸の付き合いなんだ。クリスが入るまでそこにいろって…」
手を掴まれて引き止められ、上がるのを阻止されてしまった。
クラリスは状況を理解したのか、そのまま湯に浸かってきた。
そして、俺、バージェス、クラリスの並びで湯に浸かっているという、なかなかにヤバい状況が出来上がってしまった。
ちなみに薬草風呂の湯は濁っているので、浸かっていれば身体は見えない。
「どうだクリス? ロロイちゃんはちゃんと説得できたのか?」
「あ、あぁ。問題ない」
クラリスはガチガチに緊張している。
そりゃそうだ。
今からの計画を考えれば当然だ。
「じゃ、3人揃ったし。俺はこの辺でお先に…」
「まぁ待て」
「……」
バージェスめ!
俺を上がらせろ!
「遺跡探索…。あれは楽しかったなぁ。なんだかんだ言って、俺も久しぶりにワクワクしてたんだぜ」
今はそんな話どーでもいいんだよ!!
「バージェス! ちょっとこっち見ろ!」
意を決したクラリスがバージェスに声をかけた。
クラリスは、身体は湯に浸かったままなのだが…
伸びた髪が濡れて垂れて、もう見た目は完全に女の子だ。
少なくとも、俺にはそうとしか見えない。
「お前…」
その姿を見たバージェスが絶句する。
「髪が伸びすぎだな。女の子みたいになってるぞ」
くっ…! まだダメか!
そして…
「俺、いや私は……女なんだ!」
完全に勢い任せだが、クラリスがついに言った。
「あーはいはい。お前たまに変なこと言い出すよな」
「……」
バージェスゥゥぅーーー!!
いや。
気持ちは痛いほどわかるんだけど!
俺も始めは全然信じられなかったんだけど!
「…わかった。証拠を見せる」
そして、バシャッ!と、水音を立てながら、クラリスが勢いよく立ち上がった。
ちょっと性急な気もするが、クラリスは動かぬ『証拠』を見せつけていやがおうにも信じさせる最後の手段に出たのだ!
だがしかし。
恥ずかしさのあまり声が小さすぎて、バージェスにはよく聞こえていなかったらしい。
「ところでアルバス。さっきのパーティの件だが…」
なんと、バージェスは俺の方を向いて話をし始めてしまった。
そのため、クラリスの最終手段は不発。
バージェスぅぅ!!
なんてタイミングの悪いやつなんだ!
ってか、バージェスを挟んで反対側にいる俺は。バージェスに話しかけられて思わず顔を向けた先で、思い切りクラリスの裸を見てしまったじゃないか。
…完全に女の子だった。
俺は慌てて目を逸らして、クラリスは慌ててまた湯に浸かった。
完全に俺の存在が邪魔になっている。
早くここから出なくては。
だが…
情けないことに、ちょっと下半身に血が集まり始めているので出るに出られなくなってしまった。
「バージェス! 証拠見せるからこっち向け!」
今度はさっきよりも大きな声を張り上げて、再びクラリスが立ち上がって、女である『証拠』を見せようとしたその時…
「裸の付き合いなのです!!」
聞き慣れた元気な声がして、ロロイが身体を隠しもせずに浴室に乱入してきた。
もう少しなのに!
これ以上状況をややこしくするな!!
「作戦は完璧に遂行されたのですね!?」
立ち上がっているクラリスを見て、ロロイが感動の声を上げた。
だが、バージェスにはクラリスは見えていない。
ロロイをガン見だ。
「ロロロ……ロロイちゃん!」
バージェスがめちゃめちゃ慌てだし…
「ロロロ…ロロロ…」
そして…
「ぐふぅっ!」
という断末魔の呻き声を上げ、真っ赤な顔をしながらぶっ倒れてしまった。
『完璧に遂行』どころか『完全に失敗』だ。
「だぁぁぁーーーっ!!!」
「ごめんなさいなのです。アルバスまでなかなか出てこないから。全部完了して3人で楽しく裸の付き合いをしているのだと思ったのです…」
状況を理解したようで、ロロイがシュンとした。
「あー…」
「うー…」
それからしばらく、なんとも言えない沈黙が流れた。