12 宣伝のお礼
小さな拍手から始まり、やがて道端には大きな喝采が沸き起こった。
最後の一文は、俺の知る『アーケンの悲恋歌』にはなかった。
『きっとあの世では…』のくだりは、
おそらくはアマランシアが独自に付け加えたものなのだろう。
詩は、歌い手独自のアレンジによってさまざまに変化する。
『アーケンの悲恋歌』は、何度聞いても切ない気持ちになる詩であるが。アマランシアの語りはまた格別だった。
ぐいぐいと物語に引き込まれ、気付けば物語の登場人物に感情移入して、悲しみや息苦しさまでもを感じてしまう。
聴衆からは、時折啜り泣くような声も聞こえてきていた。
護衛としてかなり優秀であったアマランシアは、吟遊詩人としても相当な実力があるようだった。
「う…うぅ…」
そして俺の隣では、ロロイが鼻を啜って涙を流していた。
「吟遊詩人の唄う詩…初めでぢゃんど聞いたのでず。胸がぎゅーってなって、なんが、もう涙が止まらないのでずぅ」
初めて聞くには、いきなりヘビィな演目だったかもしれない。
アマランシアの絶妙な語りで物語に引き込まれ、ロロイは思いっきり感情移入して凄い顔になっていた。
吟遊詩人が唄う詩には、もっとポップで耳触りのいい冒険譚なんかも沢山ある。
むしろそっちの方が主流だ。
「もっと他にも、ロロイの好きそうなトレジャーハンターの話とかもあるからな。また吟遊詩人を見かけたら聞いてみような」
そう言って、俺はロロイの肩をポンと叩いた。
ロロイは俯いて泣きながら「うんうん」と何度か頷いた後で、突然跳ね起きて叫んだ。
「でも。やっぱり悲劇は良くないのです! クラリスとバージェスを、一刻も早く結婚させるのです! あの2人をこのまま放っておいたら多分、今のアーケンの悲恋歌みたいな感じになるのです!?」
「へっ?」
「こうしてはいられないのです! すぐにクラリスと作戦会議なのです!」
そう言って、バビューンいう擬音が聞こえそうな速さで走り去っていってしまった。
おいおいおい…
俺を残して行くなよ!
頼むから1人で先に帰らないでくれよ。
とはいえ、俺もここでアマランシアに用事があるから、すぐにはロロイを追いかけられない。
今でも懐にある30万マナ(俺+ロロイの取り分)を超えるマナが、ちょっと…いやかなり不安だ。
仕方がない。
手短に済ませよう。
→→→→→
「アマランシア…」
俺は、興行の後片付けをしているアマランシアに声をかけた。
「あら、商人のお客様。歌い手にはお手を触れないようにお願いしますね」
浅黒い肌と、キラキラと光るいくつかの装飾品。
そして、まるで踊り子のような衣装を身に纏っているアマランシアが、ちょっとおどけた感じでそんなことを言ってきた。
良かった。
あっちは俺のこととか忘れてたらどうしようかとかと思ってた。
「冗談を言うな。ただ、礼を言いにきたんだ」
「何かありましたっけ…?」
小首をかしげるアマランシア。
あれ…やっぱり俺、忘れられてる?
「俺の薬草が、アマランシアのおかげで売れた。ちゃんと宣伝してくれたんだってな」
「あれは…、たまたま目の前で傷を負った冒険者の方に塗って差し上げただけです。あの薬は本当によく効きましたので、それは私ではなくあの薬本来の力ですよ」
よかった。
ちゃんと覚えててくれたみたいだ。
「それでも。アマランシアがきっかけを作ってくれたことに変わりはないさ」
「では…、その感謝のお気持ちは。マナに変えてこの中へ…」
そう言って、投げ銭を回収する箱を示した。
…相変わらずちゃっかりしてる。
「アマランシアは、しばらくこの街にいるのか?」
200マナを箱に入れながら、俺はアマランシアにそう尋ねた。
額はロロイの分も含めて、思っていた金額の倍にしておいた。
アマランシアは俺が入れた金額を見て深く一礼した後、話を続けた。
「そうですね。中央オークションが終わるまでは、この辺りにいようかと思っています」
どうやら、キルケットオークションの最中に、余興として吟遊詩人が公演を行う時間がいくつかあるらしい。
そしてその公演役に選ばれると、吟遊詩人としての箔も付くし。貴族たちとの繋がりが持てる可能性なども含め、後々なにかと儲かるのだそうだ。
そのために、貴族やオークション関係者の目にとまりやすそうな場所で、今からこうして興行に励んでいるということらしい。
吟遊詩人の世界も、色々と大変なんだな。
アマランシアは、もう少し内門近くの場所に移ってからもう1演目唄うつもりらしかった。
「アマランシアならやれるよ。俺のパーティのメンバーが、アマランシアの唄をかなり気に入ったみたいだ。ぜひまた聞かせてくれ」
俺は、アマランシアにそう言って。
足早にその場を後にした。




