11 『アーケンの悲恋歌』
エルフの上客の相手をした翌日。
俺とロロイがいつものように広場での行商を終え、ミトラの孤児院へと帰る途中のことだ。
広場から出てすぐの道端で、1人の吟遊詩人の女が詩を唄っていた。
目が合ったので俺は立ち止まり、軽く頭を下げた。
すると相手も俺を見て、唄いながら軽く頭を下げてきた。
「アルバス。知り合いなのですか?」
「あぁ。前に一度、護衛をしてもらったことがある」
その吟遊詩人の女の名は、アマランシア。
俺がモルト町から城塞都市キルケットに来る時に、バージェスやリオラらと共に護衛クエストを受けてもらった女性だ。
そして、その時に話半分でお願いしていた俺の商品の宣伝を後でちゃんとやってくれたらしく。
それがアルカナの薬草ペーストが売れ始めるきっかけにもなっていた。
俺にとっては、なかなかに恩のある相手だ。
「なぬぅっ! アルバスの『護衛』は、ロロイだけじゃなかったのですかっ!?」
なぜか驚き、そしてちょっとシュンとするロロイ。
「アルバスは『うわきもの』なのです…」
そして突然変なことを言い出したせいで、アマランシアの唄を聴きに集まっている聴衆からものすごく変な目を向けられてしまった。
「おかあさん『うわきもの』ってなぁに?」
「しっ、見ちゃいけません」
「誤解を招くような言い方はやめろ。ロロイと会う前の話だ」
俺も、何を言い訳してるんだか…
→→→→→
「ちょうど始まったばかりのところみたいだし、聞いていくか?」
「アルバスが聞きたいのなら…」
「アマランシアには、前に商売で助けられたことがあってさ。一応きちんと礼を言っておきたいんだ」
唄も聞かず、途中で投げ銭だけして去るっていうのは、歌い手に対して失礼ってもんだろう。
「じゃ、最後まで聞いていくのです。ロロイは、吟遊詩人の唄をちゃんと聞くのは、これが初めてなのです」
今どき吟遊詩人の唄を聴いたことがないというのも、なかなかに珍しい。
ロロイはトレジャーハントに明け暮れるあまり、そういう娯楽には一切触れてこなったのだろうか。
ちなみに今、アマランシアが唄っているのは『アーケンの悲恋歌』という演目だった。
内容は暗めだが、比較的有名な話だ。
途中から聞き始めて、なんとなく話について行けていないっぽいロロイに、俺は小声でここまでの話を説明した。
これは、ある街人の少年と、元貴族でありながら没落し、吟遊詩人をして生活をしている少女の話だ。
街角で詩を唄う彼女の元へ、家の仕事を抜け出して毎日のように通う街人の少年。
2人は言葉を交わすことはなかったが、実は互いに思いを寄せ合っていた。
「…というところまでが、ここまでアマランシアが唄った部分だろうな」
「ふぅん」
ロロイは、あまり興味がなさそうだった。
アマランシアの唄は続く。
『ビタル』という小型の弦楽器を、時に楽しげに、時に寂しげにジャカジャカとかき鳴らしながら、物語を紡いでいく。
好き合っていながら。
言葉を交わすこともなく、やがて運命に翻弄されて離れ離れになる2人。
そして時は流れ…
少年は商人として成功して美しい妻を娶る。
少女もまた、下働きに入った貴族家の跡取り息子に見初められ。貴族の妻として、再び貴族の身分を手にしていた。
「アルバス。2人とも別々の人と結婚してしまったのです。この2人は…この後どうなるのですか? この2人も結婚するのですか?」
「それは…このまま聞いてればわかるよ」
その後、旅先や行商先、オークション会場や舞踏会など、さまざまな場所で2人の運命は交錯する。
だが、決して交わることはない。
物語の2人の主人公たちは、必死に生きて必死に各々の幸せを掴むのだが。
すれ違い合う2人の姿を思って、聴衆には一抹の寂しさが残る。
それが、この話を悲恋たらしめている。
「とても…もどかしいのです! クラリスとバージェスを見ている時のような気分なのです…」
「……ちょっとわかる気がするな」
商人となった少年はいつしか、親から「決して手を出してはいけない」と言われていた、奴隷の売買に手を染めてしまう。
そして失敗して落ちぶれ、最後には妻も子供を連れて少年の元を去っていった。
そして話は少女の方へと切り替わる。
美しい貴族となった少女。
彼女は、日々の生活にこそなんの不満もないものの、どこかで虚しさを感じていた。
そしてふと目に止まった道端で。
懐かしい。かつて少女が毎日のように唄っていた詩を唄いながら物乞いをする男性に、少なくない額の金貨を与える。
ただの偽善。
そんなことで少女の虚しさが消えるわけでもなかった。
だが、実はその物乞いは、かつて互いに思いを寄せあったあの少年だった。
だが2人はまた、お互いに気づくことなくすれ違う。
少年はその金貨を元手に、再びコツコツと商売を始め、再び商人として成り上がっていく。
そしてついには、再び富と幸せを手に入れるのだった。
だが2人の物語は、そのまま交わることはなく。
義弟によって毒を盛られた少女の死をもって、その1つの終わりを迎えることとなる。
適正な容量で用いれば本来は薬であるはずのその毒を、少女の義弟に売ったのは少年であった。
「そんな…。そんな悲しい結末。あんまりなのです…」
少女の身体は荼毘に付されて灰となり、大空へと舞い上がる。
そして…
「あら旦那さま、頬に塵が…」
ある商人の頬に付いた小さな灰を、その若い妻が手で払い落とした。
そしてその妻が、商人のグラスに毒を入れるところで……悲恋はその本当の結末を迎えるのだった。
「『アーケンの悲恋歌』…悲しき運命に翻弄され続けた2人の物語。きっとあの世では結ばれることでしょう。最後までご清聴賜りまして、誠にありがとうございました」
最後の締めの言葉をアマランシアが述べた時。
聴衆は、しーんと静まり返っていた。




