09 エルフのお客様①
そんなある日。
ガンドラの一件から2週間ほど経った頃。
俺とロロイがいつものように荷馬車広場で遺物売りをしていると、広場の中央の方が何やら騒がしくなり始めた。
そっちから歩いてきた客を捕まえて話を聞いてみると、どうやら「エルフ」がいるらしい。
「エルフ…?」
「ロロイはエルフを知らないのか?」
「知らないのです」
「まぁ、あまり胸糞のいいもんじゃないよ」
「?」
エルフというのは。
ファンタジーでは言わずと知れた存在だが…
この国では奴隷だとされている。
元々、この西大陸にはエルフたちが暮らしていた。
だが、アウル・ノスタルシア皇国の前身であるノルン大帝国がこの西大陸に侵出した時。
現地に暮らしていたエルフ族を迫害し、次々とその生活圏を奪っていったのだ。
エルフ達は激戦の末に大陸の西の端まで追い込まれ、そして戦いは人間側の勝利で終結した。
それが200年ほど前の話だ。
この大陸には、そんな暗い歴史がある。
その後も一部でかなりの抵抗が続いたようだが。
戦いに敗れたエルフ達の大部分は捕らえられて人間の奴隷となり。
奴隷商人によって売買されて見せ物にされたり。
男女問わず、奴隷として人間たちの性の捌け口にされたりした。
そして多くのエルフは西大陸に定着した人間との混血化の道を選ばされ、徐々にその数が減っていったのだった。
また人間側についても、この西大陸生まれの人間は、ほぼ全員に祖先のどこかでエルフの血が混じっているだろうとされている。
現在は、一部の金持ち貴族のお屋敷に囲われてる奴隷以外で、エルフの外見的特徴を有している、いわゆる『エルフ』を見かけるような機会はほとんどないといっていい。
ごくたまに、どこかの隠れ里から降りてきたエルフが目撃されたりということがあるらしいが…
基本的にはそういうことは珍しい。
「鎖もつけていないエルフの娘が、普通に街を歩いてるんだよ」
通常、貴族に囲われている奴隷であれば、手枷や足枷をつけられて遠くへ逃げられないようにされているが…
そのエルフは何もつけていないという話だ。
つまりはどこぞの貴族に囲われていたり、奴隷商人が管理している奴隷ではなく。隠れ里などから出てきたエルフだということだ。
「あんた商人だろう? とっ捕まえて売り飛ばせばかなりの額のマナが手に入るぜ」
「……」
「まぁさっき俺が見た時、すでに何人かのごろつきに取り囲まれてた。かなり綺麗な娘だったがなぁ…。可哀想に、ありゃ明日にはお貴族様の奴隷か変態相手の見せ物だ」
そんなわけで、一騒ぎが起きているらしい。
「アルバスも行くのですか?」
「行かねーよ。俺は奴隷売買なんかに手を出すつもりはない」
「それでこそアルバスなのです」
「いや、普通だろ?」
エルフだって、れっきとした人だ。
人を売り買いするなんて、あまりにも酷い話だろう。
あのクソ野郎の勇者ライアンですら、奴隷売買のような真似はしなかった。
それどころか、結果的に奴隷解放の様なことをしたこともあった。
しかし、この国ではいまだに奴隷エルフの売買が認められて、それがまかり通っていることもまた事実なのだ。
そんなこの国において…
そもそも街中に姿を現したこと自体が、そのエルフの失策だとしか言いようがなかった。
→→→→→
その騒ぎはなかなか収まらなかった。
例のエルフが、よほど強く抵抗しているのだろう。
そんなことなら、初めから人間の街のど真ん中になんか姿を現さなければいいのに…
そんなことを考えながら俺が店番を続けていると、その騒ぎの中心が徐々に近づいてきた。
そしてついには、俺の店の前まできてしまった。
周囲を数人のごろつきに取り囲まれながら、そのエルフは悠然と歩いていた。
ゆったりとした。魔術師のような白いフード付きのローブを着ている。
銀色の髪、尖った耳、そして翡翠色の瞳。
その3つのエルフの特徴を逆に誇張するかのように、口から鼻にかけてを白い布で覆い隠している。
「隠すところが違うだろ…」
思わず小声でそう呟いた。
エルフが街中で隠すなら、まずは髪と耳と目だ。
その服の後ろについてるフードをかぶれ。
そんなんだからこんな騒ぎになってんだろーが!
「うらぁぁあっ! 隙ありぃ!」
その時、ごろつきの1人が木の剣を振るってエルフに飛びかかっていった。
隙を見つけて叫ぶあたり、まともな剣術の心得があるとは思えないが…
真剣を使わないのは、傷を付けたら奴隷としての商品価値が下がるからだろう。
だが、木剣でも当たればただでは済まない。
「あっ! 危ない!?」
ロロイが思わず声をあげて、飛び出そうとした。
だがそのエルフは。
逆にごろつきに向かって跳びながら、ごろつきの木剣を手にしていたナイフの峰で受け流し、ひらりと身をかわしながらすれ違った。
「最後の忠告です。これ以上私に付きまとうなら……死んでいただきますよ?」
3人のごろつきを背にして、エルフが悠然と言い放った。
その口ぶりは冷静で、本当に余裕がありそうに聞こえた。
このエルフが、エルフとしての特徴を隠しもせずに街中に姿を現した理由。
それはもしかして、自分の戦闘力に相当の自信があるということなのだろうか?
冷たい目でごろつきを見つめるそのエルフに、俺は少し背筋がぞくっとした。
ごろつきたちはなおもエルフを取り囲みながら、その隙を窺っている。
「こいつを捕らえて奴隷商人に売り飛ばせば、しばらくは遊んで暮らせるぜ…」
先程の身のこなしといい、どう見てもエルフの方が格上だ。
だが、ごろつきたちはマナに目が眩んで、正常な判断が下せなくなっているようだ。
「まだやる気なのですね? 忠告はいたしましたよ…」
エルフは、そう言って手にしていたナイフを腰の鞘に収めた。
「覚悟ができているようなのでかまいませんよね? では早急に死んでください」
そして、右手を前に突き出した。
「中火炎魔術・三柱」
突き出したエルフの右の掌から炎がほとばしり、瞬時にごろつきたちの顔が引き攣った。
「このエルフ。魔術を使うのかっ!?」
「当たり前でしょう? エルフ族の戦士は、魔術に長けているものですよ?」
ほとばしる炎が3つに分かれて解き放たれ、3人のごろつきの足元に着弾する。
そして、そこから巨大な火の柱が立ち上り、ごろつきたちの全身を焼いた。
「ぎゃぁぁあああー!」
悲鳴を上げる3人のごろつきたち。
すぐに火柱はおさまったが、ごろつきたちの体に引火した火はまだ消えていない。
このまま放っておけば、間違いなく命に関わるだろう。
先程エルフが『死んでいただきます』と言っていたのは、完全に本気だったということだ。
そして、エルフが再び右手を前に突き出した。
とどめを刺そうとしている?
そう感じた俺は、思わず叫んでいた。
「ここは商売をする場所だ。人殺しなら別の場所でやれ!」
「あら。私がごろつきに取り囲まれていても、見て見ぬ振りをしていらしたのに?」
「うっ…」
それを言われると痛い。
俺自身の戦闘力はほぼゼロだから、そういうところでイケイケ主人公みたいな真似はできないんだよ。
「あんたはそこのごろつき共よりも話が通じそうだ。だから声をかけた。…もう、勝負はついてるだろ?」
今すぐに火を消したとしても、ごろつきたちはしばらくは歩くことさえできないだろう。
ましてや、わざわざとどめを刺す必要なんかない。
「そうですね…。私は殺戮者ではございませんので」
そう言いながらも、エルフは再び魔法を放った。
「待……」
「小水流魔術・雨」
エルフの掌から今度は水流がほとばしり。
空中に立ち昇った後、火だるまになって地面を転がるごろつきどもに雨のように降り注いだ。
そして、瞬く間にその火を消し去っていく。
「これで……よろしいでしょうか?」
もしかしてこのエルフ。
とどめを刺すんじゃなくて、初めからこうするつもりだったのか?
ごろつきたちはかなりの重傷で、白魔術師の治療費は高額になるだろうが…
とりあえず一命はとりとめていた。
そしてそのエルフは、翡翠色の瞳で俺のことをじっと見つめていた。
「……」
もしかして俺、このエルフを怒らせちゃったのかな。