06 鑑定屋②
燃費の悪いスキルの同時発動で。
ロロイは、その場にへたり込んでしまった。
仕方がないので抱き寄せて…抱き上げた。
「あれ…」
ロロイの身体が思ったよりも軽く持ち上がってしまったので、ちょっと驚いた。
「うぅぅ…超!空腹なのです」
「少しだけ我慢してくれ、ロロイ。後でモーモー肉をたらふく食わせてやるから…」
とにかく、今は早急にここを離れるべきだ。
周りの店の店主たちは、商売仲間をぶちのめした俺たちを見て、次第に殺気立ち始めているようだった。
「ぐぅっ…」
そして、ガンドラと呼ばれた骨董屋の店主が早くも目を覚ました。
だが、まだ地面に横たわったまま何人かの店主に介抱されている。
そして…
「そいつらを逃すな! 盗賊団『黒い翼』の関係者だ!」
そう叫んだ。
「はぁっ!? なんだよ、その『黒い翼』って…」
どうやら。
俺には聞き覚えのないその盗賊団との関連を疑われたことが、骨董屋の店主が俺を襲った理由のようだ。
腕の中のロロイにも視線を向けたが。
ロロイも『わからない』という感じで弱々しく首を振った。
だが、その言葉を聞いた周りの店主たちの雰囲気は一変した。
目つきが変わり、すでに武器を構えているものまでいる。
「待て待て待て! 俺たちは、そんな盗賊団は知らない! いきなり襲われたから、応戦しただけだ!」
「うるせぇっ!」
「こいつら、ボコボコにしてやる!」
「裸にひん剥いて。それから磔だ」
俺の言葉は全く聞き入れてもらえなかった。
「お腹…空いたぁ…」
とりあえず倉庫に入っていた「モーモーの焼肉串」を取り出して、ロロイに渡した。
ロロイはそれを貪り食ったが、まだまだそんなものでは空腹は治らないようだった。
ロロイがこの調子じゃ、逃げることもままならない。
そしてマナで解決できるような雰囲気でもない。
つまりは絶体絶命だ。
その時。
「自警団が到着したぞ!」
「ガンツとオレットだ!」
銀色のパートメイルを着込んだ。自警団と思しき一団が、俺たちの前に走り寄ってきた。
「助かった。意味がわからないままいきなり襲い掛かられて、その上盗賊団に間違われて困っていたんだ」
そう言って俺が事情を説明しようとすると。
「父さん!?」
「お義父様!?」
その一団のトップと思しき2人の男女が、骨董屋のガンドラに走り寄って行った。
「貴様ぁっ!?」
「お義父様をこんな姿にするなんて…、ただ者ではありませんね!?」
「そいつらは、盗賊団『黒い翼』の関係者だ…」
「なにぃっ!?」
「我ら『キルケット西部地区自警団』の名にかけて、ここで必ず引っ捕えます!」
完全に血走った目で、剣を構える自警団の面々。
「……」
マジで勘弁してくれ。
自警団ですら話が通じないのかよ。
こうやって、根も葉もないところから噂が回って、いつの間にか完全にそういうことにされるんだろ?
これで俺とロロイが冤罪で磔とか、火炙りとか、死刑とかにされて。
後で『すみません、間違いでした』なんて話になっても、どうせ誰も責任取ってくれないんだろ?
なんか…
マジで腹立ってきたな。
「倉庫取出」
ロロイを下ろして、俺がそう唱えると。
自警団の2人が一気に飛び退った。
普通は、戦闘中に「倉庫」から取り出すのは武器か魔導書の類だ。
だから、彼らのその反応は正しい。
だが、俺が取出したのは「布切れ」だ。
俺は戦闘力ゼロだからな!
「とにかく、これを見てくれ」
そう、俺が出したのは『大商人グリルの手紙』だ。
「俺が、これを骨董屋の親父に見せたら。いきなり殴りかかられたんだ。それで、なぜか盗賊団との関係を疑われている」
望みをかけて。
とにかく俺は事情の説明に入った。
「これは、俺が正当な方法で手に入れた物だ。盗賊団だと疑うのであれば、きちんと理由を話してくれないか?」
『遺跡荒らし』が正当な方法かどうかは微妙に評価が分かれるところではあるが、古代遺跡のトレジャーハントは普通に認められているのだから、いいはずだよな?
「正当な方法だと!? いいか! その手紙は明らかに特級の遺物だ。その布も、インクも、現代は使われていない代物だ。俺には見ればわかる」
『理由を話せ』という俺の言葉に対し、ガンドラは本当に理由を話し始めた。
何気に律儀なおっさんだ。
「古代文字が読める状態で残っている2000年前の手紙。そして…差出人『グリル』。伝説上の人物が書いた2000年前の手紙なんざ。その辺の商人が持ってるような代物じゃねぇ」
「だからといって。それで俺たちが盗賊団と繋がってるなんて話にするのは、ちょっと突拍子もなさすぎやしないか?」
「はっ! まだしらばっくれる気か? いいか。この辺でそんな物を発掘できた可能性があるのは勇者ライアンのパーティだけだ! だから、今それを持っている可能性があるのは2年前にアース遺跡を攻略した『勇者パーティ』もしくは、1年前にその勇者パーティから所持品の大半を盗みだしたという盗賊団『黒い翼』の関係者だけだ!」
「いや、待て! ライアン達がアイテムを盗まれたって?」
「もう、これ以上話すことはねぇっ!!」
そう言って、ガンドラが武器を構えた。
俺が『その勇者パーティの元メンバーだ』とか言っても。この状況では信じてはもらえないだろう。
ライアン達がアース遺跡を攻略した時。
実は、国王より魔界ダンジョンの攻略を命じられている道中だったため、遺跡攻略はいわば寄り道だったのだ。
そのため、ゆっくりとキルケットに戻って遺物を売るようなことはせず、俺たちはそのまま西へと向かったのだ。
その後、モルト町ギルドにて。
ライアンが『青紋剣サミラス』をはじめとするアース遺跡からの出土品を披露した事で『勇者パーティが遺跡を攻略した』という噂が各地に広まった。
そしてアース遺跡群の最下層で手に入れた遺物は、そのままずっと俺の倉庫の中にあって。魔界ダンジョン攻略後にヤック村でライアン達に返すことになった。
その後ライアンたちが丸ごとアイテムを盗まれたとすれば…
ライアンたちが発掘したアース遺跡群の遺物は、ガンドラの言う通り通常のルートでは世に出回っていないことになる。
いやいやでもさ。
「仮にそうだとしても、勇者パーティか黒い翼から流れた品が、回り回って通常ルートで俺のところに来たって可能性も…」
「勇者パーティが遺物を売り出したって話は聞いていない。そして、黒い翼は盗品を売らない。だから、黒い翼に盗まれた物は2度と表の世界には戻ってこない!」
知るかそんなこと!
そんなアホみたいな盗賊団がいるのかよ!?
「そもそも、そんな言い訳じみたことを言い出す時点で、あんたは真っ黒だ!?」
自警団の面々は、
皆一様に武器を抜き、構えをとっていた。
もう、言葉による説得は無理そうだった。
ロロイが戦えない状態では。
もはや勝ち目どころか、逃げることすらできないだろう。
それでもとにかく。
ロロイだけでも、危害が及ばないようにしなくては。
「あんたら。こんな小さな女の子まで磔にするって!? そんなの悪党と変わらねえだろ!? いい大人が寄ってたかってそんなことして、楽しいのかよ!?」
ここはもう、常識に訴えかける交渉をしようとしたが、店主達の目つきは全く変わらない。
「そいつも盗賊団だろう!?」
「くっ…」
いつの間にか『関係者』から『盗賊団そのもの』にされてる。
何か、ほかにこの場を切り抜ける方法はないのかよ!
俺が全力で思考を巡らせている、その時だ。
「アルバスとロロイじゃねーか。そこで何やってんだ?」
そう声がして。
振り向くと、バージェスとクラリス(男装バージョン)がいた。
「バージェス…」
どうやら、クエスト帰りに商店街に立ち寄ったところのようだ。
さて。
話が余計にややこしくなるのか。
はたまた救いの一手となるのか。




