05 鑑定屋①
1個目の遺物が売れてからというもの、俺たちに少しいい流れが来ていた。
遺物が、大体1日に1〜2個くらいのペースで売れ始めたのだ。
しかも…
より多く売っているのはロロイだ。
「これは、古代の石包丁なのです。古代にも金属はあったのですが、それは貴重なものだったため、石から削り出した道具がたくさん使われていたのです。野菜や果物くらいなら、今でも切れるのです!」
俺が吹き込んだそんな講釈で、古代包丁が数本売れていった。
ただ、買って行った商人達は、ロロイの講釈に心動かされたからというより…
「ふぉぉおおおーーい! また売れたのですぅぅーー!!! ロロイの遺物ーーー!!」
遺物が売れるたびに目をきらっきらさせながら叫ぶ看板娘を、アトラクション感覚で面白がっているだけだという節もあった。
だが、売れてることに変わりはない。
看板娘様々だ。
→→→→→
そして俺たちは、荷馬車広場での遺物売りと並行して。正式なアイテム鑑定を行える鑑定士の情報を集めていた。
同業者との交流は大切だ。
ロロイの叫び声も、いい交流のきっかけになっていた。
そんな感じで荷馬車広場の同業者から聞きつけたいくつかの情報の中から、俺は特に良さそうな情報を選んで行動を起こすことにした。
『キルケット西部地区の内門近くに。頑固者だが、それ故に信頼のできるアイテム鑑定士がいる店がある』
そういう話だった。
その鑑定士は骨董屋と武器屋を営んでいて、キルケットの商業組合で過去に組合長を務めたこともある顔役だとのことだ。
クセは強そうだが、なんとなく信頼が出来そうな鑑定士だと感じた。
しかも、キルケット西地区の内門近くというのは…
要は俺たちが寝泊まりしているミトラのお屋敷がある区画だ。
灯台下暗しとはこのことだな。
「そいつに、一度会ってみるか」
「賛成なのです!」
→→→→→
そしてその日。
俺たちはくだんの鑑定士がいる店を訪れていた。
「ロロイ。店の売り物は倉庫には入れるなよ」
ロロイの「鑑定」スキルは。
アイテムをロロイの「倉庫」にしまうことで発動する。
だが当然、店に陳列されているアイテムを「倉庫」にしまうのはご法度だ。
入れてしまったら、その時点でもう盗人だ。
自警団に突き出されても文句は言えない。
それは常識なのだが。
ロロイの一般常識の欠如具合からして、一応注意しておかないと不安だった。
店主らしい、がたいのいい初老の男性からの視線がかなり厳しめなので怖い。
彼が、頑固者だという話の鑑定士だろうか?
とりあえず、見た目はかなりいかつかった。
ちなみに、本来の正式な「鑑定」というのは、ロロイのものとはかなり異なる。
本来の「鑑定」は…
魔導書などに使われる特殊な魔術が施された紙を用意して。その上に、対象となるアイテムを乗せてスキルを発動することで行われる。
そうすると、その紙にアイテム名が焼き刻まれるのだ。
この焼印は古代文字で刻まれ、他の方法では真似ることができない特殊なものだ。
そして、それがそのままアイテムの鑑定結果の証明となり、最後にその紙に鑑定者が内容の現代語訳の記入と、サインを入れることで正式な鑑定証となる。
これが本来の「アイテム鑑定」だ。
アイテム名と鑑定者のサインが入った「鑑定証」を添えることで、名称不明アイテムはその本来の価値を知らしめることができるようになるのだ。
場合によっては、そこにさらに「スキル鑑定」の結果を付け加えたりもする。
やり方は「アイテム鑑定」と同様だ。
これらが。
価値の高いであろう遺物を、しっかりとした値段で売るために必要不可欠な要素だ。
→→→→→
「色々あるのです…」
ロロイは、骨董屋の遺物たちを興味津々で眺めていた。
『猟の壁画の破片』
『商人の壁画の断片』
『鉄器の刃』
『微宝玉』
この店は、アース遺跡で発掘された『遺物』の他に、通常の『武具』も扱っていた。
さらには『アイテム加工』や『武具研磨』。
他に『アイテム鑑定』『アイテムスキル鑑定』等を請け負って生計を立てているようだった。
今の俺たちに必要な要素が一通り揃っている。
「アイテム鑑定を頼みたいのだが…」
俺は、一通り店内を見て回った後で店主にそう声をかけた。
するとその初老の男性は、鋭い目線を俺に向けてきた。
「物は…どれだ?」
「倉庫取出」
俺がそう唱えて「倉庫」から取出したのは『大商人グリルの手紙』だ。
初めに見せるものとしては少々強めだが、これへの対応でこの店主の性質がある程度推し量れるはずだ。
「他にも何点かあるのだが。まずはこれの鑑定を頼みたい」
「ほう……」
店主はその布切れを一瞥した後。
「あんた。これをどこで手に入れた?」
そう尋ねてきた。
俺から何かを探ろうとしているようだ。
「それをあんたに言う必要があるか? スキルによるアイテム鑑定なら、アイテムの出自情報などは必要ないだろう?」
頑固者とのことだが。
さぁ、どう出る?
しばし、沈黙のまま視線が絡み合った。
店主は、ジロジロと。
俺…そして少し離れたところで店内を物色しているロロイを見まわした。
少し、嫌な視線だ。
そして店主が口を開いた。
「悪いが、うちではこれは扱えねぇな」
そう言って。
出した遺物を回収するようにと、手をしっしっと払った。
鑑定って…断られることとかあるのか!?
俺は『大商人グリルの手紙』を倉庫に収納した。
「何か問題でもあったのか?」
俺がそう尋ねた次の瞬間。
店主が突然カウンターを乗り越えて、俺に掴みかかってきた。
「なっ…!」
全く警戒していなかったわけではないが。
何の前触れもなく掴みかかられ、そのまま俺は盛大に店の外まで投げ飛ばされてしまった。
「い…てぇ…」
下手すりゃ死ぬぞ。
俺はめちゃくちゃ弱いんだから。
腕とか折れてないだろうなぁ…
「アルバス! 大丈夫なのですか!?」
ロロイが店から飛び出して駆け寄ってきた。
そしてロロイは、同じく店から出てきた初老の店主と、俺との間に立ち塞がった。
ロロイはすでにいつものカイザーナックルを装備している。
また、3倍以上も体格差がある相手に対し、素のままでは不利だと本能的に悟ったようだ。
「剛力発動、アンド、鉄壁発動」
ロロイは、燃費が悪すぎるが故に地下では一度も使わなかった、その2つのスキルの同時発動を行った。
よほど怒っているか、よほど相手が強いと見たかのどちらか。あるいはその両方だろう。
「ロロイの『荷物持ち』の、アルバスに何するのですか!? アルバスは弱いんだから、死んじゃったらどうするのですかぁっ!?」
怒りの理由が、俺の心をグサグサと抉る。
たけど、とにかくロロイはもうやる気満々だった。
「戦闘スキル持ちか…。なかなか良い組み合わせを持ってるじゃねぇか。それだけに、悪の道に誘い込まれているのが不憫でならねぇ」
骨董屋の店主もまた。
右手にガントレットをはめて、完全に臨戦体制だ。
「あぶねぇ」
思わずそう呟いてしまったが。
もしさっき、あのガントレットで殴られていたら普通に致死ダメージだったかもしれない。
「2人とも待て…。いきなり戦闘になる理由がわからない」
かなり人通りのある通りなので。
通行人たちが何事かと俺たちを遠巻きに眺めていた。
「この人がアルバスを襲った。ロロイはアルバスの『護衛』なのだから…、ロロイにはそれだけで十分な戦う理由なのです。なにか事情があるなら、とりあえずぶちのめした後で聞くのです」
そう言って、ロロイは前へと飛び出した。
誰だよロロイにこんな物騒な対応を教えたのは…。
クラリスしか思い浮かばなかったから、後でがっつり文句を言っておこう。
「とぉおりゃぁぁーーっ!」
ロロイは一気に間合いを詰め、ガントレットのガードの上から店主に拳を叩きつけた。
「ぐぅっ! おおっ!」
店主は、ロロイの一撃をまともに食らって数メートル先まで吹っ飛ばされた。
店主との体格差を考えると。
ロロイの「剛力」スキルによるパワー強化は、通常の「2倍強化」をはるかに超えているのかもしれない。
「やるじゃねぇか嬢ちゃん! おりゃぁっ!お返しだっ!」
そう言って掴みかかってくる骨董屋店主を、バク転しながらヒラリとかわし。ロロイはそのまま下から突き上げるような蹴りを放った。
そしてロロイの蹴りは見事に店主の顎をとらえ。店主はそのまま吹っ飛んで地面に転がった。
どうやら気絶したようだ。
「とりあえず、ぶちのめしたのです。ロロイの勝ちなのです!」
どこで格闘術を習ったのかは知らないけれど…
やはり強いな、ロロイ。
「何だったんだ、いったい…」
遺物の鑑定を頼んだだけで、いきなり襲いかかられるとは…
もしかして、遺物を奪おうとしていたのか?
『頑固者だが信頼できるアイテム鑑定士』なんじゃないのかよ…
噂ほど当てにならないもんはないぜ。
「何だ何だ」
近くの店から、次々に人が出てきた。
「骨董屋のガンドラさんが。客の女の子と喧嘩して…一瞬でのされちまった」
「あのガンドラ爺さんがか!?」
早くも噂になりつつある。
俺はロロイの手を引いて、さっさとその場を去ろうとしたのだが…
「ううっ…。お腹空いたぁ…のです」
ロロイはへたり込んでしまい、もう自力では動けなくなってしまっていた。