04 クラリスの野望
始めて遺物が売れた日の夜。
ミトラの孤児院の食堂で、俺たちは5人で食卓を囲んでいた。
俺、ロロイ、クラリス、バージェス、ミトラの5人だ。
ちなみにクラリスは、布のバンダナで髪を持ち上げて隠して男を装っている。
俺にはもはやその姿も女の子にしか見えなかったのだが、バージェスは全く気づいていない様子だった。
この日の夕食は、俺が作ったコドリスの塩焼きと、雑穀を野菜と共に鍋で煮込んでふやかした粥だ。
コドリスは淡泊な味だが、慣れてしまえばまぁ悪くない。
だが、元の肉の味が薄くてついつい塩をかけ過ぎてしまうので、味付けの調整が難しかった。
夕食後もひたすら、ミトラとバージェスに向かって同じ話を繰り返すロロイの横で、俺はクラリスに66マナを手渡した。
今日売れた遺物の代金である200マナの1/3だ。
バージェスが分け前を放棄したので、俺とロロイとクラリスで三等分することになっている。
端数の1マナは、まあ販売手数料だとでも思ってくれ。
「ありがとう」
クラリスがそう言ってマナを受け取り、腰のマナ入れ袋にしまった。
「しかし、遺物ってなかなか売れないんだな」
「なんだ。いきなりうん十万のマナが転がり込んでくるとでも思ってたのか?」
こういうことには、準備と順序ってもんがある。
「気を悪くしないでくれ。単純にそう思っただけだ」
そう言って、クラリスは黙り込んだ。
そう言えばクラリスは、遺跡探索で地下に入る直前に『半端じゃない額のマナが欲しい』とかって言ってたな。
「クリスは、なんか買いたいもんでもあるのか?」
別に、俺が首を突っ込むようなことではないだろうが。単純に世間話の一つとして聞いてみた。
「ああ。俺はさ、この屋敷を買い取りたいんだ」
クラリスがそう言うと、ミトラがみじろぎしてクラリスの方に顔を向けた。
ミトラは、幼い頃の事故によって盲目となったらしい。
そしてその事故の傷を隠すため、目から額にかけて目隠しの布を巻いていて。そのため表情がほとんど読み取れなかった。
いつの間にか、ロロイとバージェスも話をやめてこちらの話に耳を傾けている。
クラリスによると、この孤児院は本当は孤児院ではなく。ある貴族の離れ屋敷なのだそうだ。
「お前らなら、いまさら喋ったところで問題ないだろうから言うけど…。俺と姉さんの母親は、キルケットのとある貴族の妻だったんだ。正式な妻ではなかったみたいなんだけどな」
その母親は、奴隷の身分だったらしい。
だが買われた先で貴族に見染められて囲われることになり、そこでミトラとクラリスを産んだのだそうだ。
この国では、奴隷は結婚制度の外側の存在とされている。
クラリス達の母親がその貴族と正式に結婚していなかったというのは、そのためだろう。
だから、本来であれば。
例え実の父親が貴族であろうと、奴隷の母親から生まれたクラリスやミトラは、奴隷ということになるのだが…
大貴族である父の力により、2人は奴隷の身分から解放されて『孤児』だと言うことにされたそうだ。
そして、孤児の2人が住むこの屋敷は「孤児院」と呼称されるようになったという。
本当に孤児を集めて面倒を見るための施設ではないため。今でもクラリスとミトラの2人だけで、この大きな建物に住んでいるということだった。
「この家は、その貴族が母さんのために用意した離れ屋敷なんだ。俺はもうよく覚えてないんだけど、昔は使用人なんかもいたらしい」
だが、クラリスたちの母親が病気で死ぬと。
ぱったりとその貴族は屋敷には来なくなった。
やがて使用人たちも本家に引き上げていき、残されたのは盲目のミトラと幼いクラリスの2人だけ。
それでも、毎月使者を通じてわずかばかりの援助が続き、貧しいながらもなんとか食べるのには困らない程度の生活ができていたとのことだった。
「だけどその援助も、半年前に無くなった」
そして生活に困ったクラリスが、ギルドクエストを受けて少しでもマナを稼ごうと奮闘していたところ。俺が護衛付きでキルケットに到着するところと出くわしたらしい。
「何で仕送りがなくなったのかとか、あっちの状況は全然わからない。もしかしたら、忘れ去られてこのままなし崩し的に住み続けられるのかもしれないけど。この屋敷がまだその貴族の持ち物であることに変わりない」
だから、いつかその貴族に明けわたさなくちゃならない日が来るかもしれない。
クラリスはその時までにマナを貯めて、その貴族からこの家を買い取りたいとのことだった。
「俺はもう。バージェスのおかげで冒険者としてやっていける自信がついた。だけど、姉さんはそうはいかないからさ。住み慣れたこのお屋敷に、なんとかしてみんなで住み続けたいんだ」
『みんなで』という中には、ひょっとしたらバージェスも入っているのかもしれない。
「なるほど。ちなみに買い取るとしたら、相場はいくらなんだ?」
「600万マナだ」
「そうか…」
と言いつつ、俺は内心ビビっていた。
それはたしかに、半端じゃない額だ。
冒険者が普通にクエストをこなしていて溜められるような額じゃない。
かなりの腕があるうえで、節制しながらなりふり構わずクエストを受け続けて、数年がかりでどうにかやっと…というレベルだろう。
この孤児院がある場所は、比較的キルケットの内門に近い。その上、ここは周囲の家々よりもかなり敷地が広い。
だから、その価値はかなり高めに見積もられているのかもしれない。
「あぁ…だから、ロロイのトレジャーハントの話に乗ったんだ。たとえ命の危険があったとしてもそれで一発大きく当てられれば、一気にマナが稼げるかもしれないと思ってな」
「なるほど…」
結果的に、その賭けの結果は大当たりだったというわけだ。
ちなみにその600万マナと言う大金は。
俺1人で質素な暮らしをすれば、30年くらいは働かなくても暮らしていけるレベルの金額だ。
「アルバス。俺の取り分は1/3だぞ」
「わかってるよ」
「でも俺、マジで店番には向いてない…」
「それは、たしかに…」
力があり余ってしまうのだろう。
クラリスはジッとしながら客を待つような商売には、全く向いていないようだった。
そのくせ、いざ客が来た時の対応が上手いわけでもない。
「遺物売りは俺とロロイに任せて、クラリスは今まで通りバージェスとギルドクエストでもやってた方が良いかもな…」
俺の「倉庫」に蓄えた食料と水は、『孤児院で世話になってるうちは必要があれば払い出す』と言う話で、最後は俺とロロイがもらっていいことになっていた。
倉庫スキルのないバージェスとクラリスにしてみれば、分けられても腐らせるだけなので困るのだろう。
『大量の食料』+『ここの宿賃』との交換条件だと思えば、クラリスの分まで店番をするくらいならば逆に儲かってるくらいだ。
遺物は、どちらにしろ売るのだしな。
「バージェスの別の用事も一旦片付いたみたいだし。悪いけど…、明日からはそうさせてもらう」
「遺物売りの方は、ロロイたちに任せるのです! クリスはバージェスと一緒がいいのです!」
それを聞いて少し慌てるクラリスと、「?」マークを浮かべるバージェスなのだった。
→→→→→
クラリスが目標額である600万マナを貯めるには、3人での総額が1,800万マナになる必要がある。
だが、地下都市遺跡から持ち出した遺物を全て売り払えたとしても、総額1,800万マナもの額を稼ぎ出すのはさすがに無理だろうと思う。
遺物に付与されているスキルによっては、ひょっとしたら総額で600万マナくらいならば、まだ稼ぎ出せる可能性はあるが…
それでクラリスがこの屋敷を買い取るには、俺とロロイがマナの権利を放棄しなくてはならない。
この屋敷の所有権に関しては、クラリスとミトラの問題だから。俺やロロイが自分の取り分を放棄するのは間違っていると思う。
俺には俺の目的がある。
クラリスの目的はクラリスのものであって、俺とは関係ない。
まぁロロイは。
ロロイの目的は俺と違って、マナを稼ぐことよりも遺物を売ること自体だから。
ひょっとしたら稼いだマナは全部クラリスにやってもいいとか言い出しかねないけど。
少なくとも俺は、自分の取り分を放棄するつもりは全くなかった。
「また何か手伝って欲しい案件ができたら声をかける」
「ああ、わかった」
→→→→→
「ミトラのためだったら、俺もできる限りの援助はするぜ」
バージェスがマナ袋を取り出しながら、クラリスにそんなことを言い出した。
そういえばバージェスは、ミトラにご執心だったな。
「やだよ。バージェスには色々と感謝はしているけど。あんたに借金するのとかは…なんか怖い」
「あぁっ!? どー言う意味だそりゃ?」
「そのまんまの意味だよ!」
そのやりとりを見ながら、俺とロロイは顔を見合わせた。
クラリスが女だと知らなければ『変態の魔の手から姉を守ろうとする弟の図』なのだが。
本当は、クラリスはバージェスに頼るのが嫌なんだろう。
『マナ目当てでバージェスに近づいた、なんて思われたくない』
とか、そういう思いがあるのかもしれない。
ミトラのためにマナを稼がなくてはならないという思いと、バージェスに惹かれる思いとの狭間で、きっと揺れているに違いない。
「今は、一緒にクエストに行ってくれてるだけでいい。俺も姉さんも、それでめちゃくちゃ助けられてるから」
「そうか」
そんな会話が交わされて、話は終わったようだった。




