31 「結婚を申し込みたい」
俺が、クリスに指定された建物へと赴くと。
そこにはクリスだけでなくロロイもいた。
なんとなく、話が見えたような気がしたが…
「クリス。話ってなんだ?」
俺は普通にそう尋ねた。
俺とロロイのパーティにクリスも入りたいというなら、何も拒む理由はない。
その場合、多分バージェスにも声をかけて、結局は今の4人パーティが継続になるだろう。
俺は、それでも全然構わなかった。
ただ、パーティの主目的が「クエスト/トレジャーハント」から「行商/トレジャーハント」に代わるだけだ。
「アルバス。あんたに相談があるんだけど…」
「パーティの件なら構わないぞ。元々俺が勢いで勝手に言い出したことなんだ。それで、お前達2人の仲を引き裂こうだなんて思っちゃいない」
「あ…、ああ……」
クリスは、なんかすごい渋い顔をしている。
「やっぱり…。本当に気づいてないんだな」
「?」
全く訳がわからない。
クリスとロロイがちょっといい雰囲気だってことなら、ちゃんと気づいているぞ。
「アルバス。…見てくれ」
そう言いながら、クリスは兜をとり。
その下の頭巾をも脱ぎ去った。
サラッと。
少し長めの髪の毛が垂れた。
かなり伸びてしまった髪を垂らしたクリスは、まるで女の子のようだった。
元々中性的な顔立ちなのもあって……かなり。
もう、ほとんど女の子。
「ん…、あれ…」
「あのな…、俺……」
クリスはそこで少しためた後。
「俺…、女なんだ」
と…
はっきりと。
そう言った。
ちょっと。
さすがにクリスが何を言っているのかわからなくて。
俺はしばらく固まっていた。
→→→→→
「剣士で女だと、腕力がないって言ってなめられるし。パーティ募集でも変なやつばかりが寄って来るんだ。だからずっと、男のふりして生活してたんだ」
結果的に、まさにその『変なの』の代表格みたいなバージェスに捕まってしまっているわけなのだがな。
『少年』剣士クリスは…
『少女』剣士クリスだったらしい。
しかも。
「名前も、本当はクラリスって言うんだけど。そのままだとすぐに女だってバレるから、一文字抜いてクリスって名乗ってたんだ」
少女剣士『クリス』は。
少女剣士『クラリス』だったらしい。
もはや、おれの頭は混乱の極みだった。
クリス、あらためクラリスの…
パートメイルまで脱いだ姿を見ると、身体つきまで含めて普通に女の子だった。
今の今まで、室内ですら装備付けっぱなしだったのはこのせいか…。
そう思って、改めて顔を見ると。
もう女の子にしか見えなかった。
お約束の『冗談よせよ』とか言いながら体を触るアレをやろうかどうか迷ったが。
クラリスのその見た目だけで、俺の頭は彼女のことを完全に『女の子だ』と認識してしまっていたので、さすがにできなかった。
ってか。
ずっと同じ部屋で寝泊まりしてたバージェスは気づかなかったのか!?
まぁ…
この遺跡探索でずっと一緒にいたのに気づかかったのだから。
俺も同じか。
「たぶん。一番最初にアルバスとバージェスに会った時の、アルバスの護衛をしてた吟遊詩人の女には気づかれてたっぽいな」
吟遊詩人のアマランシアが、クリスを『ちゃん』付けで呼んでたあれか……。
「……」
わかるかそんなもん!
そればかりか。
クラリスは更なる衝撃の告白を続けた。
「俺、もうすぐ16歳になって成人するんだ」
「おう…」
なんだこの流れは。
「そうしたら…」
「お…、おう」
「バージェスに結婚を申し込みたい」
「へ…?」
もうさ。
これ以上俺を混乱させないでくれよ。
「アルバスはあいつと仲良いだろ? ロロイが『アルバスなら頼りになる』って言ってた。できれば、協力してほしいんだ」
「……」
頭の整理がおっつかなくて、俺はしばらく呆然としていた。
クリスの『相談』ってこれか!!
「ロロイは前から、知ってたのです! 相談にものっていたのです!」
ロロイはめちゃめちゃ偉そうだった。
たまに2人でコソコソ出かけてたのは、そういうことだったらしい。
「あんたらと、こんなに長く関わって。こんなところまでくることになるなんて。初めは思ってもみなかったから…」
男のふりをし続けて。
今更どうやって言い出せばいいか思い悩んでいるうちに、こんなに日が経ってしまったらしい。
「別に、ここで今って訳じゃないんだ。ちゃんと生きて地上に戻れてからでいいんだ。アルバスは奥さんもいるし、そういうのは俺やロロイよりも詳しいだろ? だから! 頼む!」
「いや…、まぁ…」
「アルバスの時はどうだったんだ?」
「えっ……」
「結婚した時…」
「あ…、ああ…」
アルカナとは色々あって…
その勢いのまま、やることやりました。
ごめんなさい。
「とにかく。まずは女だってことを打ち明けないことには結婚を申し込むも何もないだろう?」
だが、クラリスは。
「今更、あいつにどんな顔して打ち明ければいいかわからねぇ!」
と言って顔を真っ赤にしていた。
結構可愛いじゃねぇかこの野郎。
俺相手には、割と簡単に打ち明けたように見えたけど。
きっと想いの強さが違うのだろう。
俺と、バージェスとで。
「……」
なんか腹立つな。
「参考までに聞くが。バージェスの何処が良いんだ?」
俺がそう聞くと。
「えっ…。優しいし、強いし、教えるのも上手いし、声も渋いし、顔も良いし。とにかく全部、すっげーカッコいいじゃん! あれで嫁がいないなんて、本当に信じらんねぇ」
とのことだった。
恋は盲目。と言うやつだろうか。
しかも、遺跡探索チームを組む前から。
そんな思いがあったと言うから驚きだ。
バージェスがロロイにご執心だったため。
ロロイには早めに「女だ」と打ち明けて先手を打ったらしい。
なかなかの本気度だ。
俺は、とりあえず協力することを約束したが。
正直どうしていいかさっぱりだった。
それよりも…
「えっ? バージェス!?」
「えっ? クリス!?」
って思った人。
……本当に、ごめんなさい。
→→→→→
それから毎日。
ロロイはクラリスと2人で地下都市遺跡を廻って、遺物の探索を行っていた。
たまに俺も混じったが。
あの日以来、バージェスの話題は出なかった。
そのバージェスは。
あまり遺物探索には興味がないみたいで、無尽太陽の近くの建物で、食い物をつまみながらダラダラと過ごしていた。
遺物の山わけも拒否するらしくて、俺の取り分は1/3に増えた。
ただ。一見するとだらけているだけなのだが…
そこは熟練の冒険者であるバージェスだ。
おそらくは、帰りの道に向けて体力を温存しているのだろう。
行き道よりも帰り道の方が危険だと言うのは、よく言われる話だ。
ノッポイたちと、再び遭遇する危険性も十分にあった。
ロロイは、自分の「倉庫」いっぱいの遺物を地下都市で拾ってきては、ガラガラとベースキャンプで取り出して俺の倉庫に移させた。
すでに、完全に『荷物持ち』扱いだ。
どんどんと俺の倉庫インベントリーに溜まっていく「ガラクタ」たち。
食器やら、陶器やら、鉄器やら、鉄屑やら、布切れやら、なにやらなにやら…。
俺には判別がつかないのだが、ロロイが「お宝」だと言うのだからきっとそうなのだろう。
地上に戻ったら。
ロロイから詳しく鑑定結果を聞き取って、見た目がガラクタであるこれらのアイテムをうまく売り捌く方法を考えなくてはいけない。
「錆びた聖拳アルミナス」ならば。
鍛冶屋に持っていって錆びを落せば、おそらくはちゃんと値のつく代物になるはずだ。
古代の遺物には特有のスキルなどがついていることも多いため、もしその類ならば相当な高値で売れるかもしれない。
また他の、ただの石の塊にしか見えないようなものも、きっとなんらかの方法で本来の価値を取り戻せるはずだ。
今からワクワクが止まらなかった。
→→→→→
ちなみにだが。
ロロイに紹介できそうな遺跡はこの西大陸にあと3つほどあった。
そしてうち2つには、俺も行ったことがあった。
聞けば、ロロイはそれら3つともいったことがないらしい。
トレジャーハンターを名乗ってるくせに、アース遺跡群以外の遺跡は行ったことがないと言うのだ。
「じゃ、地上に戻ってから。落ち着いたらまずは北のトトイ神殿跡地に行ってみるか。あそこは観光地みたいなもんで、アーティファクトもないし、売り物になりそうな遺物もほとんど取り尽くされてるとは思うけどな」
「行くです! アルバスはやっぱり物知りなのです! 頼りになるロロイのガイドなのです!」
そんな感じで、俺たちは地上に戻った後のことを話し合いながら、日々のトレジャーハントに明け暮れた。
そして。
最初に話し合って、探索期限と決めていた10日間を地下都市で過ごし…
大量の遺物を倉庫に収納して。
俺たちは地上への帰途に着いた。