23 逃げるか行くか
俺たちは、アース遺跡地下3階層の迷宮を順調に進んでいた。
「次は右の部屋だ。真ん中の箱には触れるなよ。まぁ、そんなあからさまな罠にかかる奴なんているわけ……って、ロロイ!」
ふらふらとその箱に惹きつけられ、危うく手をかけそうになっていたロロイを制した。勘弁してくれ…
「ここは一本道だが、絶対に端を歩け。中央部分は罠がある」
ライアン達と通った時のことが、頭の中に次々と浮かんでくる。
勇者ライアンの第一夫人であった支援魔術師のフィーナ。
そして彼女の天賦スキル「光精霊の加護」
それは、常時オートで発動しており、身の回りに潜む危険が黒いもやとなって見えるというものだった。
フィーナはそのスキルで迷宮の罠を次々と看過し、パーティを危険から守っていた。
その時のフィーナの言葉が、俺の頭に次々と浮かんでくる。
「次は…待て!」
3人が立ち止まる。
「そこの先の部屋。…何かいる」
部屋の中から、少し明かりが漏れ出していた。
こちらの松明を消し、影から覗き込んだ。
すると、ゴブリンと…
その奥に人がいるのが見えた。
おそらくは、ノッポイの手のものだろう。
入り口にいた冒険者達を思えば、とても相手が友好的な奴らだとは思えないが。
「ゴブリン……と、冒険者か。魔障壁で粘ってるみたいだな」
後ろから、バージェスも覗き込んでくる。
「どうする?」
そのバージェスの問いは…
無視して先へ進むか?
もしくはゴブリンとやり合ってでも、助けるか?
と言うことだ。
「俺はただの荷物持ちだ。戦いの方の判断はバージェスに任せる」
少なくとも。
バージェスは俺よりも正確に、クリスやロロイの力量を把握しているだろう。
バージェス自身の戦闘力も、俺は全てを知っているわけではない。
こちらの総力とモンスターの総力とを見比べて、俺よりも確実で正確な判断が下せるはずだ。
「ゴブリンの数が多すぎる。…戦力的には分が悪いな。中のやつには悪いがここは…」
そう、言いかけて…
「女の子がいる。あれは、、絶対に可愛い! 俺はあの子を。ゴブリン共にやらせるわけにゃいかねぇ! 必ず助ける!」
前言撤回だ。
「こっちのパーティにも女の子がいるぞ。お前それを……」
「リオラとアークだ」
バージェスが、小さな声でそう言い直した。
「なに?」
「初めのは冗談だ。あそこにいるのは、お前がキルケットに行くときに護衛で雇ってた2人だ。覚えてるだろ?」
「あ、ああ……」
「あの2人。実は俺とは、以前からの顔見知りなんだ。そうとわかったら、見捨てられねぇ」
「そうか……」
俺にはよく見えなかったが……。
とにかく、前言撤回の撤回だ。
おそらくは、キューピッド・バージェス関連だろうか……。
「どうする? ゴブリンとはいえ、あの数の相手はかなりしんどいぞ」
それどころか、下手すりゃこっちまで全滅する。
それは、先程バージェス自身が言っていたことだ。
俺は、戦闘では役に立たないし。
それどころか、護衛が必要だから逆に足を引っ張る。
「お前ら3人は無関係だ。俺のエゴで危険にゃ巻き込めねぇよ」
とはいえ。
実質的なパーティの戦闘力の要であるバージェスが倒れれば、もう同じことだ。
残りの3人だけでこの迷宮を攻略できる気はしない。1体でも迷宮の魔物を呼ぶ罠を発動させた瞬間に、全滅確定だ。
「バージェスがやるって言うんなら、俺たちもやる」
「クリスの言う通りなのです!」
話し合いの結果、全員でかかることになった。
だが、バージェスはやはり自分が1番の危険地帯に飛び込むことを決め。そういう作戦を提案してきた。
具体的には…
まず、俺たち3人が囮となってゴブリンを誘い出して逃げる。
そしてその隙に。身を隠していたバージェスが手薄になった巣に突っ込み、中のボスゴブリン5体を片付ける。
そういう算段になった。
「上位種のボスゴブリンを片付けられれば。統率力が衰えて群れの規模が縮小する。そうなれば、追跡の手は弱まるし、巣のゴブリン共も散り散りになるはずだ」
あまり聞いたことのないゴブリンの習性だったが。バージェスが言うのであれば、そうなのだろう。
→→→→→
そして。
バージェスが通路上の横穴に身を潜め。
俺たちは部屋の入り口から少し離れて待機した。
ゴブリンを誘い出す声を出す役は、ロロイだ。
大きく息を吸い込んで……
「ああああーー!!! ゴブリンの巣穴ーーー!! 怖いーーー!?」
声だけは大きく。
セリフは棒読み。
だが、効果はてきめんだ。
部屋の中から一斉にゴブリンが飛び出してきた。
「うわっ! 本当にきた! アルバスどーしよ?」
「逃げるんだよっ!」
ロロイをしんがりにして、次にクリス。そして俺がやや先行する。
今しがた来た道を、一気に駆け戻る。
目指すは、昨晩の寝床にした小部屋。
昨晩同様、入り口を瓦礫で塞いで。
隙間から入り込んできたゴブリンを各個撃破しつつ、バージェスが戻るか、ゴブリンが散るまで籠城すると言う作戦。
本当に、危険極まりない。
ただでさえ少人数のパーティを、二手に分けるのも悪手だし。
ゴブリンの巣穴を突いた上での籠城など、愚策もいいところだ。
だが。
あの2人はバージェスにとって、そんな悪手を踏んででも救い出したい相手だと言うことなのだろう。
「アルバス! 追手が!」
「まずいな。もう追いつかれたか?」
外のゴブリンと同じ足の速さなら、普通に逃げ切れるはずだが。
「なんとか逃げ切るぞ!?」
「違うのです! 追手が、来ていないのです!」
ハッとして振り返る。
たしかに。
もう追手のゴブリンはいなかった。
「な…なんで?」
「バージェスは?」
「くっ…」
クリスが戻ろうとするのを、俺は思わず手を掴んで引き止めていた。
ここにゴブリンの追手がいないということは…
バージェスが今、あの場にいたすべてのゴブリンを相手にしているということだ。
そこまで数が増えれば当然。
ボスゴブリンを狙って殺して回るなど、不可能に近くなる。
また、たとえボスゴブリンを倒しきれたとしても…
残りのゴブリンが多すぎれば、バージェスは……。
「たとえ低級の魔物でも、あの数のゴブリンは脅威だ。死にに行くようなもんだぞ!」
「だからって! バージェスを見捨てるってのかよっ!?」
クリスがムキになってくってかかってくるが、こっちはこっちで命がかかってる。
「覚悟できてんのか?って聞いてんだ。後で『こんなはずじゃなかった』なんて言ってビービー泣くなよ」
「当たり前だ!」
そう言って俺の手を振り払い、クリスは元来た道を駆け出した。
「ロロイも行くのです! アルバスは弱いからそこで待ってるのです!」
4人しかいないパーティを3分割してどーすんだよ。
「どうせ、俺1人じゃ何もできねーからな」
というか、俺1人の状態で複数のゴブリンと遭遇したら普通にやられて死ぬかもしれない。
「無理無理…」
俺も、2人の後を追って走り出した。
その瞬間。
バージェスがいる方から…
眩い光と共に、凄まじい轟音が響いてきた。