05 キューピッド・バージェス
「助かった。機会があったら、ぜひまた頼む」
キルケットの外門に到着し。
人の往来を避けて横にそれた場所。
そこで俺は、護衛の4人に残金の6,100マナずつを支払った。
聞けば、4人ともしばらくはこの街を拠点にする予定だとのことだ。
また何か頼み事をする機会も、あるかも知れない。
「ついでに、これも取っておいてくれ」
と、俺はアルカナが作った薬草ペーストの入った小瓶を、それぞれに手渡した。
痛み止めと血止めの薬草の混合ペーストだ。
4人とも、俺の意図はすぐに理解したようだ。
要は「機会があったら宣伝してくれ」ってことだ。
少年剣士クリスは。
上級の護衛クエストを終え、少なくない額の報酬を受け取る冒険者達を、羨望の眼差しで見上げていた。
そして戦士アークと、支援魔術師リオラの夫婦が去り。
吟遊詩人アマランシアが去った。
別にパーティを組んでいるわけではないので、護衛クエストが終われば後腐れなく別れるのは普通のことだ。
その場に残されたのは。
俺と、バージェスと、クリスの3人。
「ほらよ。お前も解体するの手伝え」
バージェスは、俺が「倉庫」から出したウルフェスの亡骸を解体するのを、クリスに手伝わせようとしていた。
「なんのつもりだよ!? 施しなんか受けねぇぞ!」
クリスがキッとバージェスを睨みつけならが叫ぶ。
そんなクリスを、バージェスが凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。
「甘ったれてんじゃねぇぞ!! クソボウズッッ!!!」
その、突然のバージェスの大声に。
俺ばかりか、キルケットの外門を通る通行人たちもが、一斉にバージェスの方を向いた。
「いいか!? てめぇ1人でなんでもできると思うな!? ここは、てめぇみたいな駆け出しのペーペーが1人で生きていけるほど生ぬるい世界じゃねーんだよ!?」
バージェスは語る。
自分の知る数々の冒険者たちの末路を。
ゴブリンに襲われて行方しれずとなった、冒険者になりたての麗しい女剣士。
ゴブリンに襲われ。そして数日後に巣穴の奥から救出され。その後自ら命を絶った若い女僧侶。
ゴブリンに襲われて……
「みんな、可愛いかったのに…。なんで…くぅぅ……」
「バージェス。その辺にしとけ」
なんか、話が変な方向に行きかけていたので。
普通に止めた。
「新人冒険者なんざ。パーティを組んでまとまっていたって、しょっちゅう全滅して行方不明だ。ましてや、お前みたいなへなちょこのガキが1人でクエストなんざ。死にに行くようなもんだぜ」
「だからって、他にどうしろって言うんだ!? パーティ募集は、実績や実力のある奴から売れていくんだ。俺は駆け出しだし。スキルも無い。魔術も使えねぇ。ガタイも良くなけりゃ筋肉もない。そして剣も我流。そんな俺みたいな奴がどうやって……」
「それがわかってるならせめて。変な意地なんか張らずに。年上からの施しは素直に受け取るもんだぜ」
そう言って。すでに解体を終えたウルフェスの毛皮10枚を、クリスに差し出した。
「俺はしばらくここに滞在するつもりだ。使いっ走りに出来るようクソガキとパーティでも組んで、快適に過ごすのも悪くねぇと思ってる。そいつが、キチンと俺に頭下げてくるならな。ついでに気が向いたら、冒険者としても多少は仕込んでやろうと思ってるよ」
クリスの目が。
一瞬で涙で潤んだ。
「お願い…します」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
2人はそのまま。
冒険者ギルドへと、依頼品の納品に向かって行った。
→→→→→
2人が去った後。
俺は。
バージェスが捨てて行った皮の剥がれたウルフェスから、ひたすらツノを取り外していた。
ちなみに、バージェスが皮を剥いだのはきっちり10体。
全11体あったうちの1体は、全く手付かずで残っていた。
置いていったということは、俺がもらっていいということだろう。
あいつは、本当に素材に頓着がねぇな。
まぁ、俺は儲かるからいいけど。
腕のいい冒険者あるあるだ。
腕っ節が強くて実力があれば、ちまちまモンスターの解体をしてるよりも、ギルドの依頼の数をこなした方が儲かるのだ。
そしてそんなところで作業をしていると。
色々な話が耳に入ってきた。
「さっきの、バージェスだよな?」
「キルケットに、戻ってきてたのか…」
聞こえてきた噂話を総合すると。
『キューピッド・バージェス』
魔法剣士バージェスには。かつてキルケットに滞在していた頃、そんな二つ名がついていたらしい。
→→→→→
「面倒見のいい兄貴肌」
「若い冒険者に声をかけ、兄貴分として面倒を見る気のいいやつ」
「あのバージェスに声をかけられるとは。今の若いのはめちゃくちゃ運がいいな」
ただの、年下女子好きの変態くそ野郎だと思っていたが…
そんな一面があるとは、全く知らなかった。
「若い女冒険者をパーティに引き入れるのに、イケメンの若い男冒険者がいると、可愛い子が引っかかり易いって言ってたらしい」
「知ってるぜそれ。バージェス理論ってやつだ」
「……」
前言撤回。
商人アルバス。バージェスに騙されかけるとは何たる不覚。
話によると。
そんな感じで若い男女の冒険者を自分のパーティに引き入れ。時に優しく、時に厳しく、兄貴分として見守る風を装い。
その実…
自分が、その若い女冒険者とムフフな関係に至ることを狙っているらしい。
だが。
本人が奥手すぎるせいで、いつも決め手を打てず。
結局、パーティ内の若いもの同士でくっついてしまう。
そして毎回。恋仲になった2人はバージェスの元を巣立っていくらしい。
そんな感じで。
バージェスパーティの、パーティ内恋愛から始まって結婚へと至ったカップルは、ゆうに5組を越えるとか超えないとか。
そして着いた二つ名が
『キューピッド・バージェス』
本人は37歳にしていまだに独身。
そしてたぶん童貞。
哀れ過ぎて、少し涙が出てきたところで。
ウルフェスの解体を終えたので、俺もキルケットへと入った。