03 アース遺跡群
モルト町を出立してから2日目。
俺たちのキャラバンはアース遺跡群に差し掛かっていた。
モルト町と城塞都市キルケットとを結ぶアース街道とは。そもそもがアース遺跡群の一部であり、その遺跡群のど真ん中を突っ切る形で通っている。
多少の手は加えられているが。
基本的には数千年前に敷設された石造りの道を、そのまま使用している。
アース遺跡群は、いまだにその全容が解明されていない広大な遺跡群だ。
地上に見える遺跡群だけでなく。その地下には何階層にも及ぶさらに大規模な地下遺跡が眠っている。
元々は地下2階層までの遺跡だとされており。完全に採掘され尽くしたと考えられていた時期もあった。
だが数年前、勇者ライアンのパーティにより。
地下3階層へと続く岩の亀裂が発見され。その奥からはさらに大規模な地下遺跡群が発見された。
そしてライアンのパーティは。古代人が神下ろしの儀式に使ったとされる剣「青紋剣サミラス」を始めとした、古代の遺物の数々を発見して帰還した。
それからというもの。遺跡は再び、富と名声を求めるトレジャーハンターたちで溢れかえったそうだ。
とはいえ。
今の俺には無関係の場所。
トレジャーハンター的な仕事で一山当てるというのは、チート主人公のやり口だ。
俺みたいな戦闘力ゼロの商人は、せいぜいトレジャーハンターが掘ってきた遺物の中から値打ち物を見つけ、安く買い叩いて、高く売り払うくらいだ。
遺跡なんてものは、物陰が多くて困るだけ。
野盗や亜人型モンスターたちの根城になりやすい廃墟が無数に存在するその地区は、俺にとってさっさと通り抜けたいだけの危険地帯だった。
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実際俺たちのパーティは、何度もモンスターの群れに襲われた。
ここに生息しているモンスターは。
一角ツノで灰色の毛並みの小型四足獣ウルフェス。と、暗い緑色の肌をした小型の亜人種ゴブリンだ。
共に、群れを作って行動することが多く。
ウルルフェスやボスゴブリンと言った上位種が混じることもある。
トレジャーハンターのパーティも含め、それなりに人通りのある街道ではあるが…
奴らは物陰に身を潜め、そこから突然襲いかかってくる。
その度に、バージェス、アーク、アマランシアが。俺とリオラを中心にした陣形を組み、モンスターたちを蹴散らした。
マジで頼りになる護衛たちだ。
実力の足りていない初級〜中級の冒険者パーティなどが。ここでモンスターの不意打ちにあって全滅させられたというのはよく聞く話。
特に、ゴブリンをはじめとする亜人種のモンスターは、女冒険者の大敵だ。
生きたまま根城に連れ込まれ。ただで殺されるよりも、酷く辛い目に遭わされることもあると聞く。
大体みんな知ってると思うから詳しくは説明しないが。まぁそういうことだ。
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暗くなってしまったので、移動を中断して野営することにした。
昼間のうちにアース遺跡群を抜け切ることができなかったため。ここは遺跡群のど真ん中だ。
支援魔術師リオラの術で、周囲に三重の魔障壁を張り巡らせてある。
さらには感知罠魔術を同時発動させ、外敵が魔障壁に触れるとすぐにリオラにわかるようになっているらしい。
そのおかげで。
俺たちは、安心して薪木をたき。
夕食を取ることができた。
本当に頼りになる護衛だ。
俺、一応雇い主だけど。
何もしてなさすぎて申し訳ないので、せめて夕食くらいは調理して振る舞うことにした。
ヤック村の西に広がるガラド山脈で取れた。
白黒ブチの中型草食四足獣、モーモーの肉をスライスして、山菜と一緒に鍋で煮込んだ。
その料理は、メンバーたちになかなか好評だった。
「大商人アルバスのキャラバンが行くよー♪ 西の果てから東の果てまでー♫どこまでもー♪」
夕食を終え。
吟遊詩人アマランシアがそんな詩を唄ってくれた。
古の大商人の歌を、名前だけ俺に変えてご機嫌をとってきているのだ。
「悪いが。クエストの報酬は増えないぞ」
俺がそう言うと。
アマランシアは詩をやめ。悪戯した子供みたいに、舌をぺろっと出して笑った。
やっべぇ。可愛い。
「その代わり…」
俺は、アマランシアの前に100マナの入った封霊石を置いた。
「あら…。報酬は増えないんじゃなかったんですか?」
「これは、今のご機嫌取りの対価じゃなくて。吟遊詩人としての君に対する投げ銭だ。君の声は透き通っていて、聴いていてとても心地よかったからな」
いつか。
勇者ライアンが、そんなことを言って吟遊詩人を口説いていた。
その時のセリフをそのまま使ってみた。
別に、口説くつもりはなかったが。
吟遊詩人として、声を褒められるのは悪い気はしないだろう。
ちなみに100マナというのは。
街中で吟遊詩人が唄う時の、投げ銭相場の10倍だ。
「ありがとうございます。頂いておきます」
「ちなみにだが。俺の主な商品は、ヤック村の薬草だ」
大体俺の意図を理解したのか。
アマランシアがうなずいた。
「キルケットに着いて。機会があったら宣伝しておきますね。…お客さんの聞きたい詩を唄うのが吟遊詩人ですから」
このパターンは、あまりやる気がないパターンだな。
「気が向いたらでいいよ」
とはいえ、強要はできない。
古来から、吟遊詩人と商人は持ちつ持たれつの関係だ。
吟遊詩人に金を積んで、商売内容の宣伝をしてもらうというのは、商人界隈ではよく使われる手だった。
それをあからさまにやらせるような商人もいるらしいが。それだと吟遊詩人の生活全般の面倒を見るレベルの金が必要になる。
アマランシアの言う通り。
聴衆の聴きたい詩を唄い。その対価として聴衆から投げ銭をもらうのが吟遊詩人だ。
たいして興味のない商人の商売の話を延々と聞かされて。それに投げ銭を払うような奴は稀だ。
だから、宣伝ばかりやってると吟遊詩人としては商売あがったりの状態になるのは言うまでもない。
だから、アマランシアのスタンスは正しい。
そして、俺を良い気分にさせてちゃっかり100マナをせしめてるあたり。客の聞きたい詩を唄う吟遊詩人としても、なかなかの腕利きなのは間違いなかった。
「アルバスてめぇっ! アルカナという妻がありながら、何してやがる!?」
なぜか、バージェスはご立腹だった。
「あら、奥様がいらしたのですね」
「ああ、俺の薬草は、妻が育てたものだ」
おかげで話題が広がった。
「ぐぬぬぬ」
ご立腹のバージェスは、アマランシアの前に200マナを置き。
「君の声は透き通っていて、とても聴き心地が良い」
髭面の中年オヤジが。歯を見せながらナイスな顔つきで……俺のセリフを丸パクリしていた。
そして、『魔法剣士バージェスを讃える詩』を唄ってもらってご満悦になり。
さらに100マナを追加で払っていた。
ちょろすぎるだろ、お前。
「あの娘は、やはり俺に惚れてるな。何せ俺を見つめながら俺のための詩を唄ってくれたんだぜ」
だから。
それが吟遊詩人なんだって。
バージェスに言っても無駄そうだったので。
とりあえずは放っておくことにした。
明日はおそらくアース遺跡群を抜け、
昼前には城塞都市キルケットに着けるだろう。
モルト町のような小さな町での商売ではない。
お客が何百倍もいる、大都市での商売だ。
どデカく当てれば、どデカい儲けが待ってるはずだ。
アルカナとの、約束。
そして、俺自身の子供の頃の夢を叶えるために。
絶対にやってやる。
俺は、胸が高鳴るのを感じていた。