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52 盗賊が奪って行ったもの

『人間を殺せ』


耳元でそうつぶやき続ける『唄声』は消えていた。


それでも……

たとえその唄声が消えても……


人間を……、殺さなくては……


シャリアートの頭の中には繰り返し繰り返しその言葉が渦を巻いていた。


あの女と約束したのだ。

商人アルバスの護衛を殺せば……、子供達とシュトゥルクと共に、この街から逃がしてくれる、と。


そのためだけに今、シャリアートは戦っているのだった。


だがその戦闘は、シャリアートの想像をはるかに超えて厳しいものだった。

アルバスの護衛だという少女たちは、その見た目からは想像もつかないほどの戦闘力を有していた。


その上、なぜかずっと手を抜いている節さえあった。

こちらが全力殺しに行っているのに、あちらはなかなかこちらを殺しに来ない。


『殺さずに弄んで、奴隷にする気なのだ。……やはり、人間は殺せ』


その呟きは、首飾りの『唄声』か、シャリアートの記憶から来る妄想か……


シャリアートの戦争時の記憶。

その時感じていた『人間の最も警戒すべき点』は、様々な搦め手を使う『狡猾さ』と、その『数』だった。

殺しても殺しても、次から次へと湧いてきて、あの手この手でシャリアート達を捕えようとしてくる。それこそ、数日間休む間もなく追い回されたこともあった。


真正面から戦えば勝てるはずの敵を相手にして、その罠に嵌り、何人もの仲間たちが傷つけられ、捕らえられ、殺されていった。


一対一では魚人に敵わないくせに、あの手この手で魚人を罠に嵌め、殺していく狡猾な種族。

殺しても殺してもわいてくる、ひたすらに数の多い種族。


幸か不幸か、戦争中に皇国の精鋭部隊とは鉢合わなかったシャリアートにとって、人間とはそういうものだった。


だから、その気になれば一人や二人殺すことなど造作もないことだと思っていた。


だが……

今日相手にした人間は、異常なほどに強かった。

確かにこれは、シャリアートだけではとうてい太刀打ちできない相手だ。

そして、そんな人間がひしめいている街からの脱出には、やはり黒衣の女の力を借りるしかない。


間違いなく、あの女にはそれが出来る。

あの女との約束を果たしさえすれば、その先には元の平穏な日々が待っているはずなのだ。


だから、なんとしても負けるわけにはいかなかった。

なんとしても、黒衣の女のサポートがあるうちに人間を殺さなくてはならなかった。


でも……、ダメだった。


シャリアートの戦闘力を底上げするアイテムとして、黒衣の女から渡された首飾りは確かにシャリアートの魔法力を飛躍的に上昇させた。

だが、それにより思考力が鈍り、一時的に子供達のことすらも忘れてしまっていた。


そしてその首飾りが破壊されるとともに、抗いようのない気だるさがシャリアートの身体を襲ってきたのだった。


光の壁に捕えられ、そのままシャリアートはピクリとも身動きが取れなくなってしまった。


このままでは、約束が果たせない。

約束が果たせなければ、シャリアートの望む子供達や夫との安寧の日々は、もう二度と帰ってはこない。


『殺す……、なんとしても殺す……』


『誰でもいいから殺す‼』


『人間を殺す!』



クラリスの魔障壁(プロテクション)の中で、シャリアートがカッと目を見開いた。


その時……

首領の魔術によって魔障壁(プロテクション)が破壊され、シャリアートは頭から地面に落下した。


首領の魔術は敵味方関係なく降り注ぎ、シャリアートの身体までをも血みどろにしていった。


割れるように痛む頭と、血みどろになった身体を抱えながら、シャリアートは唄声を使って叫んでいた。


「子供達! 直ぐに迎えにいくからね! 人間を……殺したらっ!! 直ぐに行くからねっ!!」



→→→→→→



その時、空が突然明るくなった。

太陽の如き明るさの一筋の光が空へと立ち昇り、街全体を明るく照らし出していた。


その光に照らされたシュメリアが、突然に目を開けた。


「ダ、ダメェっ!!!」


そう言って叫びながら、シュメリアが突然立ち上がる。

そして、ミトラを押しのけながらその上に覆いかぶさったのだった。


「シュメリアッ!? ……っ!!」


そんなシュメリアの身体に、横から飛んできた水の矢が次々と突き刺さっていく。


「なっ!!!」


鮮血が舞い、シュメリアとミトラが地面を転げていった。


「人……魚……」


視界の端に、血走った目で俺達を睨みつける人魚の姿が見えた。

それと同時に。キーンという耳鳴りがした。


暗示をかけていたという首飾りは壊れたはずなのに……、なぜ!?

この人魚は、初めから自らの意思で俺達を殺そうとしていたというのか?


さらなる追撃を放とうとして身構えた人魚が、ロロイの遠隔打撃で地面に叩きつけられた。


「ミトラ! シュメリア!」


悲鳴のような俺の叫びと共に、俺の目の前に首領が転移してきた。


「おいシャリアート! アルバスは、殺すなよっ!」


そう言って、首領はなおも起きあがろうとしている人魚に向かって手をかざす。

すると次の瞬間。人魚はもがき、悲鳴を上げながら倒れ伏したのだった。


「人間を……、殺したわ……。これで……」


そして、人魚は白目を剥きながら気を失った。


「まぁ、そうだな。一応、これで今の殺しはお前の功績、か」


そんな首領に対し、ロロイの遠隔打撃がヒットした。


更にクラリスとアマランシアが肉薄し、それぞれの武器で首領を斬りつける。

だが……、首領は再び転移して三人の追撃から逃れていた。


俺は、その隙にミトラとシュメリアの元へと走り寄っていった。



→→→→→



ぐったりとした様子で床に倒れるシュメリアに、ミトラが必死に呼びかけている。


「シュメリア……? ねぇ、シュメリア!」


ミトラは、完全に取り乱していた。

半狂乱となり、髪を振り乱して叫んでいた。


「シュメリアが……、シュメリアのマナが消えていく!」


「っ!」


この状況下において『大丈夫だ』などとは、とても言えなかった。

すぐさまアルカナの薬草を使う準備に入ったが、シュメリアの全身は至る所が血みどろで、どこにどういう傷があるのかすらも全く分からないような状態だった。


「……」


シュメリアが、焦点の定まらない目を開けた。


「シュメリア!!」


ミトラが震える手を伸ばす。

だが、その手はシュメリアに触れることができないままに宙を彷徨った。


「ミトラ様……、ごめん、なさい……。私がもっと早く全部喋っていたら……、こんなことに……は……。お屋敷も、こんなことになって……しまって……、ごめん……、なさい……」


「嘘、そんな……。シュメリアのマナが……」


その先は、言葉にならなかった。

わなわなと震える唇で、ミトラが言葉にならない言葉を紡ぐ。


「シュメリア、が……」


その言葉は何処か(うつろ)で、全く現実感を伴っていなかった。


シュメリアは……、もう……



→→→→→



「死んだ……か」


「っ!」


『時空の魔石』によって転移してきた首領が、いつの間にかシュメリアを挟んだ俺達の反対側に立っていた。

そして、首領は口元に笑みを浮かべながら、どこか楽しそうにシュメリアの死を告げたのだった。


「従者……か。死ぬのは、護衛のどちらかになる予定だったんだけどな……」


そんな首領の後ろから、アマランシアとロロイが飛び出してきた。


「……でも、こいつら思ってたよりもだいぶ手強いからなぁ」


「……」


無言のまま振るわれたアマランシアのナイフを、首領は『時空の魔石』による空間移動でかわした。


「おらぁっ!」


だかその首領の転移先では、すでに攻撃態勢に入っているクラリスが剣を振り下ろしていた。


「んっ……マジ?」


絶妙なタイミングで繰り出されたクラリスの剣が、移転直後の首領の肩を捉えた。

その黒衣が、ジワリと滲み出てきた血で濡れていった。


「凄いな……。こっちまで私の転移先を先読みしてくるか……。前に、最弱とか言って悪かったよ」


「くっ! 浅いかよ!」


クラリスの剣撃を肩に食らいながら、首領は再び転移した。


「ふふっ。斬られるなんて、いったい何年ぶりだろう。ライアンですら、この私には傷一つつけられなかったっていうのにね。油断、と言えばそうなんだけど……」


そして、再び消えた。


「ど、どこへ行った?」


「あっちか?」


「……こっちだよ」


数秒後、再び瓦礫の上に現れた首領は、いつの間にか人魚を小脇に抱え、魚人の子供たちをくるんだ網をその手に持っていた。


「潮時だ。……認めよう。お前達の戦力は、総力でも、個々の力でも、私の予想をはるかに超えていた」


ロロイ、クラリス、アマランシアの三人が、首領を取り囲んでじりじりと距離を詰めていく。


「逃げるのか? 結局、お前の目的はなんだったんだ!?」


意味のわからないことばかり言って、好き放題に暴れ回って……

それで、結局最後は魚人の子供達を連れて帰るだけなのか?


いったい、何のために……

なんのためにシュメリアをこんな目に……


黒いフードを深く被り、最後までその素顔を見せなかった首領の口元が……、ニヤリと笑った。


「ばいばい……。またね……」


そう言って、首領の姿が掻き消えた。

本当に、奴らは完全に引き上げていってしまったようだった。


上空に浮かんでいた『海原』は、首領が消えると同時に消失し、キラキラと輝く魔法力の残骸へと変化した。


今考えるとあの『アダマンソード』のスキルは、おそらくはアーティファクトの機能に近しい物だ。

どこか別の場所から()び出した莫大な魔法力を、一時的に海原に変換してぶちまけるというのが、おそらくはあのスキルの正体なのだった。


だからこそ、その『海原』は用が済めば消え失せる。

落ちてこなかったのは、少しだけ助かった。

俺は、少し現実感のないぼんやりとした頭で、そんなことを考えていた。


「なんなんだよ……、あいつらいったい何がしたかったんだよっ!!」


クラリスの怒号にこたえる者はいない。

後には、周囲の家の街人達があわただしく走り回る音と、すすり泣くミトラの声が響き渡っていた。


今日、黒い翼が奪っていったものは……

『魚人の子供達』と『シュメリアの命』だった。


皆が皆、この状況に戸惑っていた。

受け入れることが出来ないまま、茫然自失していた。



→→→→→



そのままどれほど時間が経っただろうか?

たぶんそんな大した時間ではなかったように思う。


「お、いたいた」


その時。

俺の、瓦礫の山になった俺のお屋敷を脇目に見ながら、門から一人の女が近づいてきた。


「遠目に見て、空が凄いことになってたから来てみたんだけど……、近くで見ても、これまた物凄いことになってるね」


その女は、シャルシャーナだった。

シャルシャーナは以前会った時とは異なり、皇女や大商人といったその肩書きにふさわしい、相当に豪華な着物を着こなしていた。


その服装は、戦いの直後で傷だらけで汚れまみれの俺達、そして戦場跡地の如く破壊されたお屋敷の光景と見比べて、あまりにも場違いだった。


「ところでアルバス。今からここで、私と商談をしないかい?」


そしてシャルシャーナはさらに場違いな、そんなことを言いはじめたのだった。


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