50 海原の召喚
「人魚の首飾りはぶっ壊したぞ! これでいいのかアルバス!?」
「こっちもぶっ飛ばしてやったのです!」
お屋敷の外から、クラリスとロロイの声が響いてきた。
クラリス達が人魚の首飾りを破壊して本人を拘束したことで、降り注ぐ水の矢もすでにやんでいた。
「シュメリア。どうだ?」
「はい……。人魚と子供たちを狂わせていた『唄声』は消えました。たぶん、もう大丈夫です」
「よし! 檻を開けに行くぞ」
それで、人魚の方は俺達と敵対する理由がなくなるはずだ。
そうなると、残る問題は未だ戦闘力の底が見えない首領の方だけになる。
例のアマランシアの短剣を使い、ロロイが一矢報いたようだが……
首領がそれで終わるような相手だとは思えなかった。
「シャリアートはやられたか。あいつ、結局誰も殺せなかったなぁ……」
そんな俺たちの前に突如として首領が現れた。
『時空転移』だ。
首領は片割れの人魚がやられても、未だに余裕たっぷりな様子だった。
アマランシアが俺達と首領の間に立ちはだかり、短剣を構えた。
「こうなったら……。後はもう、私が直々にやるしかないじゃないか」
そんな首領に対し……
背後からクラリスが斬りかかった。
「おらぁっ!」
「倉庫取出」
首領は、クラリスの方を見もせずに、右手を背後にかかげながら倉庫から何かを取り出した。
「その、剣は……」
首領が取り出したのは、一振りの剣だった。
首領は、その剣で背後からのクラリスの剣撃を受けたのだ。
振り向き様の首領の剣と、クラリスの剣とがぶつかり合い、鋭い金属音を鳴らす。
返す刃で追撃を放ちに行ったクラリスに対し、首領は『時空の魔石』を使用してクラリスの間合から逃れていた。
「危ない危ない……」
「剣士……な訳ないよな。後ろ向きのままで受け止められたのには驚いたけど、今打ち合った手応えはまるっきり素人だ」
「失礼なやつだな。……でも正解。私は剣士じゃない。この剣はこうやって使うんだ」
「みんな高台に上がって何かに掴まれ!」
首領が剣を掲げ、俺は夢中になってそう叫んでいた。
「あぁ、そうだ。アルバスは、この剣をよく知ってるはずだよね」
そう。俺はその剣を知っていた。
何故なら、元々それは俺の『倉庫』に保管されていたものだからだ。
首領が持つその剣は、名を『アダマンソード』という。
元、勇者ライアンの武器コレクションの一つで、ライアン達が討伐した『海原魔龍アダマンティス』の含魔石を核にして作り出された剣だ。
そして、今。最も警戒すべきは剣そのものではなく、そこに付与されている特異な真性魔術スキルだった。
もし、首領が『時空の魔石』と同様にあの剣のスキルを使いこなせるとしたら……、今はかなりまずい状況だった。
その剣のスキルには、それだけでこの場の形勢を逆転させるだけの力がある。
この女の『強さ』の根源は、膨大な数の伝説級の武具を所有していること。そして、それを完璧に使いこなせるだけの魔法力と技術を有していることだ。
「あはははは……。その顔、いいね!」
そして、首領はその剣のスキルを発動した。
首領が笑いながら剣を掲げると、周囲の宙空から次々と水流が生じ始めた。
その水流が一瞬にして壁となり、俺たちの視界を埋め尽くしていった。
「『海原』が来るぞっ! 全員高台に避難しろ!」
その真性魔術は、現代の言葉には対応するものが存在しなかった。
そのため、効果を確認したルシュフェルドによって、その魔術は『海原召喚』と名付けられた。
その効果とは……
『魔術を発動させたその場所に、海原を出現させる』こと。
それは、その効果を言葉通りに理解することさえも難しいような、次元の違う超魔術だった。
「この一帯が、海になるぞっ!!」
俺がそれを言い終わるかどうかのうちに、周囲の空間に激流が渦を巻き始めた。
とんでもないほどの量の海の水が、一瞬にしてその場に召喚されていく。
こんな街のど真ん中で……、一体何を考えてるんだ。
戦慄する俺の目の前で……
高笑いする首領の声と共にさらなる戦慄の光景が繰り広げられていった。
「そんな……、馬鹿な……」
結論。
お屋敷の二階から見下ろす俺の眼下に、海原は生じなかった。
その代わり……
お屋敷の空に、海原が出来ていた。
「な……、なんなんだよあれ!」
クラリスもまた、呆気に取られてそう叫んでいる。
無理もない。
俺だって、意味がわからない。
あの剣についているスキルの異常さを知っている俺でさえ、目の前のこの光景は理解を超えるものだった。
本来ならば、召喚された直後に地面に落ちて周囲を濁流で押し流すはずの巨大な海原。
それが今、暗い夜空を覆い隠すようにして空中に浮かび上がっていた。
それは、とてもじゃないが現実の光景だとは思えなかった。
「あははははは! やっぱりすごいねこれ!!」
首領の手には、『アダマンソード』と共に『水魔龍ウラムスの含魔石』が握られている。
召喚された海原は、首領の魔法力とあのウラムスの含魔石の力によって上空へと巻き上げられ、そこで上下逆さまになった『海原』を作りだしているのだった。
「いまだスキルが不安定な未加工の状態でこの力! ああっ! こっちもなかなかすごい!」
首領は、アダマンソードによって召喚した海原を、水魔龍の含魔石によって操っているようだった。
控え目に言って……
魔龍と同格かそれ以上の魔法力がなくてはできるはずがないような芸当だ。
「さて、私のはシャリアートのやつとは次元が違うよ?」
「アルバス様!! 私の後ろにっ!」
「極大水魔術・雨……」
そんな首領の言葉と共に、お屋敷に、再び水の矢が降り注ぎ始めたのだった。
→→→→→
「くっ……」
「さすがに相手が規格外すぎますね」
同じ系統の魔術でも、術者が変わるとここまで差が出るのかというほどの違いだ。
いや、その差は術者によるものだけではない。
先程までの人魚は、何もないところから水の矢を発生させて放っていた。
それに対して今、首領の頭上にはすでに膨大な量の魔法力で生成された海原が広がっている。
首領の放つ水の矢は、その無尽蔵とも言える海原の魔法力から削り出す形で放たれているのだ。
その魔術は、どれだけ降っても尽きることなどないように思う。
とんでもない能力値を持った魔術師が、さらに万全の下準備を終えた状態で魔術を解き放ってきているのだ。
首領の『強さ』は単純なものではない。
数々の特級スキルのついた武具を所持し、それを場面に合わせて使い分け、使いこなすことで成り立っている。
とんでもなく、戦いが『巧い』のだ。
それは、下手をしなくてもたった一人で並の騎士団一個大隊を相手にできるような力だった。
今やアマランシアは完全に防戦一方だ。
先ほどまでよりも小さく強く展開した火炎の魔術で何とか水の矢の攻撃を防いではいるが、追い込まれているのは明白だった。
真正面からの魔術の物量戦では間違いなく勝ち目がない。
実際の打ち合いならいざ知らず、アダマンソードによって首領が海原を従えた今、首領は完全にアマランシアを圧倒していた。
とはいえ、アマランシアもまた元々は真正面からの物量勝負で戦うようなタイプではない。
煙霧魔術によるかく乱を行いながら、隙をつくような戦い方を得意とするはずだった。
その戦い方は、奴隷闘技場で格上の魔獣達を相手にしながらも生き残りつづけた経験から得たものだ。
それでアマランシアは、完全に格上だったアルミラを相手にして幾度も食らいつき、戦い続けたのだ。
だが、今、アマランシアは……
俺達のせいで、身動きが取れない。
首領の超魔術と、真正面から向き合うことを余儀なくされている。
俺達の存在がアマランシアの戦闘の足かせになっているのは間違いなかった。
かといって、ミトラとシュメリアの二人を連れてどこかに避難するというのも、現状では無理がある話だった。
ロロイとクラリスもまた、各々頭上の海原へから降り注ぐ水の矢への対応を余儀なくされていた。
ロロイは地面を、クラリスは空中を、それぞれに必死に走り回りながら水の矢の連撃から逃げ回っている。
「うっ……りゃああぁぁぁぁーーーっ!!」
ロロイが拳を振るい、首領の周辺の水流が弾け飛んだ。
「まだまだーーっ!!」
次々と連続攻撃を放つも、ひらひらと飛び回る首領には当たる気配がない。
先ほどの一件で、ロロイの遠隔打撃もまた首領に『かわすべき攻撃』と認識されてしまったようだった。
「うーん、距離があるとやっぱりタイミングが少し遅いのです。もっと近づかないとダメなのですかね……。でも、さっき短剣使っちゃったから、たぶんもう近づかせてくれないのです」
クラリスもまた水の矢の間を縫って再び上空へと駆け上がる。
そして、全ての元凶である首領へと再び立ち向かっていった。
「うらぁぁぁーーっ!」
「ざーんねん」
だが、クラリスが近づけば首領は逃げる。
そのたびにクラリスが首領を追っていくのだが、周囲に渦巻く水流や海原のせいで、思うように身動きを取ることができない。
首領の操作によって迷路のようになった水流の中を、クラリスが必死に走り回る。
「あれ、そっちは行き止まりだよ?」
「うるせぇ! 斬ればいいんだよ!」
『闘気剣』『俊足』『魔障壁』
持ちうる全ての技術を駆使して全力で戦うクラリスだが、徐々に動きが鈍くなり、疲労の色が濃くなっていった。
状況はかなり厳しいものだ。
今も凄まじい勢いで降り注ぎ続ける水の矢は、その勢いだけでお屋敷の周辺を湖のような状態にしていた。
周辺の家屋にも、被害が出ているようだ。
お屋敷全体がギシギシと悲鳴のような音を上げ、徐々に足場が傾き始めた。
「アルバス様!! マズイです! これ以上は建物が持ちません!」
身を寄せ合う俺たちの頭上に、アマランシアの焦った声が響いてきた。
「屋敷が、崩れます!」
「っ!」
そして次の瞬間……
俺たちのいるお屋敷の二階部分の床が崩れ、俺たちはそろって一階へと落下した。
「ミトラッ! シュメリアッ!」
目の前がぐちゃぐちゃにかき回され、上下の間隔が消失する。
訳が分からないままに、俺たちは崩壊するお屋敷の瓦礫に飲み込まれて行った。




