45 拠点防衛戦①
というわけで。
いまだ未完ながらも、目処が立った気がするので再開です!
バージェスとシュトゥルクとの死闘から時は遡り……
闘技場の地下牢獄から黒衣の女が姿を消した頃。
アルバスのお屋敷のエントランスにいる魚人の子供たちが、一斉に鳴き声を上げ始めた。
→→→→→
「なんだ?」
「昨日と同じような様子ですが……、昨日よりも少し鳴き方が激しい気がしますね」
そうして俺達が様子を見に食堂から出て行ったのとほぼ同時に、二階からシュメリアが降りてきた。
「だ、旦那様……」
シュメリアの顔は、なぜか真っ青だ。
「どうしたシュメリア? 具合でも悪いのか?」
「旦那様……」
シュメリアの息が荒い。
足がもつれて、そのまま階段を転げてしまいそうな様子だった。
あまりにも様子がおかしいので、階段を登って近くまで寄って行った。
するとなぜかシュメリアの全身が小刻みに震えていた。
「どうした? 治療院へ行くか?」
「ちが……」
「?」
「ちがうん……、です……」
シュメリアがただならぬ様子なのはわかるが、それ以上のことは全くわからない。
シュメリアは真っ青な顔をして唇をわなわなとさせながらも、何やら言葉を選んでいる様子だった。
『吟遊詩人なんだから、言葉を使うのは得意だろう?』などという軽口を叩ける雰囲気でもない。
シュメリアのただならぬ様子を感じ取り、ロロイとクラリスも階段を上がってきた。
「なら、他に何か俺たちに出来ることはあるか?」
俺がそう言うと、シュメリアの呼吸が少しだけ落ち着いた。
そんなシュメリアの口から次に出た言葉は……
「今すぐに、魚人の子供達を外に解き放ってください」
というものだった。
「今すぐに?」
「今すぐにです!! そうしないと、大変なことが起きてしまうんです!」
一度そう言い始めたシュメリアはもう止まらなかった。
一同が呆気に取られる中、ひたすらに『大変なことが起きる!』と言い続けている。
突然のシュメリアの剣幕に、どう対応していいかわからずに全員がしばし固まってしまっていた。。
「解放したところで彼らには行き先がない。それに、クドドリン卿が奴隷闘技場なんて物を始めた今、無防備な魚人の子供を解き放つのは……」
俺が諭すようにそう言っても、シュメリアは同じ言葉を繰り返すだけだった。
「ダメなんです。今すぐにじゃないどダメなんです! そうしないと大変なことになってしまうんです!」
普通に考えたら、ここで彼らを逃した時の方が大変なことが起きる確率は高そうだ。
下手な場所に逃しても、結局は野垂れ死にか、それかもっと酷いことになる。
普通に考えたら……
魚人の子供達のためにも、しかるべき場所まで運んで、しかるべきタイミングを測って解放するべきだろう。
「今すぐにです! 今すぐじゃないとだめなんです!!」
だが、シュメリアは今ここですぐに魚人達を解き放てと言っている。
「……大丈夫なんです。とにかくすぐにでもあの子達を解き放たないとダメなんです!」
「シュメリア……?」
シュメリアは必死な様子だが、その言葉の内容はいまいち要領を得なかった。
簡単に言うと、意味がわからない。
シュメリアは吟遊詩人だ。
言葉を操り、人に物事を説明し、それを心に響かせることで日々の糧を得ている。
だから当然、その術には長けているはずなのだが……
そのシュメリアから、前後のつながりの意味がまったく取れない言葉が立て続けに出てくるということは……
「シュメリアは今、俺達には言えないような『何か』を知っているんだな?」
「ッ!!!」
シュメリアがハッとして口をつぐんだ。
やはり、シュメリアは確信に近い部分の『何か』を隠しながら喋っている。
だから、俺達にはシュメリアの言っていることの意味がわからないのだ。
「そうなんだな?」
「そ、それは……」
ドギマギして視線があちこちにウロウロする。
シュメリアは、明らかに動揺していた。
「なら、無理に話す必要はない」
「……えっ?」
シュメリアが、驚いて顔を上げた。
「とにかく、今すぐここで魚人の子供達を解放しないと、何か大変な事態が起きてしまうというんだな?」
「……はい」
ゆっくりと語りかけた俺の言葉に、シュメリアが頷いた。
「なら、そうしよう。ロロイもクラリスもアマランシアもそれでいいな?」
三人もまた、俺と同じで全く意味はわからないようだ。
だが、俺が強い口調でそう言うと渋々頷いた。
「……旦那様? ほ、本当に?」
俺は、再び頷いた。
正直言って、シュメリアがそんな主張をする意味は全くわからない。
全くもってわからなのだが……
「シュメリアは、そんな事で意味のない嘘なんかつかないだろう? シュメリアが『そうしないと大変なことが起きる』と言うのなら、まずはそれを信じてみることにするさ」
「旦那様……」
突然に、シュメリアの目から涙が溢れた。
ここで泣かれる意味もよくわからなかったが……
まぁ、いいや。
だが、次の瞬間。
シュメリアは……
「あっ! ……あああっ!」
と、玄関先を見ながら叫びはじめた。
「……シュメリア?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
泣き叫ぶシュメリアと俺たちの目の前で……
突然、お屋敷の玄関扉がバラバラに吹き飛んだのだった。




