44 元聖騎士と雷の帝王④
シュトゥルクの手から、雷槍ボルドーが投げ放たれた。
その槍は、轟音を鳴り響かせながら、凄まじい速度でバージェスめがけて真っ直ぐに飛んでいく。
対してバージェスは、逆手に持ち替えた大剣を闘技場の地面へと突き立てた。
『極大魔法剣! 天地神明陣!』
突き立てられた剣を中心に、光の亀裂が地面を駆け巡る。
そうして一瞬にして完成した魔法陣からは、次々と光の竜が生まれて上空へと立ち昇って行った。
シュトゥルクの投擲した雷槍が、バージェスが作り出した魔法陣の中を突き抜けていく。
立ち昇る光の竜を貫き、焼き尽くして消滅させながら、真っ直ぐにバージェスへと迫っていった。
やはり、未完成のバージェスの極大魔法剣ではシュトゥルクの槍は止められない。
荒く息を吐きながら膝をついたシュトゥルクは、その瞬間に勝利を確信した。
だが、一点解せぬことがあった。
「なぜ、斬撃ではなく魔法陣を使った?」
バージェスの極大魔法剣は、大剣を地面に突き立てて魔法陣を描く『対多人数』に特化したタイプと、魔法陣を纏わせた大剣で斬撃を放つ『対単体』に特化したタイプの二通りがある。
この場合、シュトゥルクの雷槍を止めるためにはどう考えても後者の方が適しているはずだった。
明らかに、バージェスは選択を誤っている。
「本当に、これで終わるような男なのか?」
誰にともなくそう呟いたシュトゥルクの目が、次の瞬間に大きく見開かれた。
「うおおおぉぉぉぉぉぉーーーーっっっ!!」
シュトゥルクの槍が迫る中、バージェスは光の魔法陣の中心で咆哮を上げた。
そして、地面から剣を抜き去ったのだ。
「なに……?」
「はぁぁぁぁぁーーー!」
大きく振り上げたその大剣に、バージェスが自らの火炎魔術を纏わせた。
光の魔法剣だけでは、シュトゥルクの究極奥義には打ち勝てない。
だから、自分の持つ二つの極大奥義を時間差で解き放ってぶつける。
それが、この死地でバージェスが生み出そうとしている新たな技だった。
本来ならば一撃ごとに意識を失うほどに消耗する技を、二発続けて解き放つ。
バージェスは、ここで新たなる限界を越えようとしているのだった。
「おぉぉらあああぁぁぁああああーーーーっ!」
とっくの昔に、いつ死んでも構わないと思っていた。
実際に死を覚悟した戦場だっていくつもあった。
そんな戦場を生き残るたび、そうしていくつもの死を見送るたびに……
バージェスは自分自身の中になにか虚なものが積み重なっていくのを感じていた。
だが、今は……
「新婚早々、そう簡単に死ねるわけねぇだろーが!」
バージェスが高々と振りかぶった大剣に炎が収束して、魔法の陣を模って剣にまとわりついていく。
そしてその炎に、さらに周囲に立ち登るの光の龍が混ざりあい、全く異なる光を放ち始めたのだった。
生み出した本人ですらも気づいていない、その新たなる力。
その光輝く合成属性は……
その名を『太陽の祝福』という。
古の物語に唄われる英雄が扱ったとされる、全てを照らし焼き尽くす最強格の古代魔術の一つであった。
「うぉぉぉぉおおおおおーーっ!」
獣のような咆哮を上げるバージェスが太陽を纏う大剣を振り下ろした。
バージェスの大剣とシュトゥルクの槍とがぶつかり合い、凄まじい衝撃波が周囲に広がっていく。
闘技場は、雷鳴を飲み込む太陽の光に包まれていった。
→→→→→
「ああ……、見事だ」
迫り来る光の奔流を間近に見据えながら、シュトゥルクがそう呟いた。
焼け付く衝撃波となって全身を突き抜ける魔法剣の力。
その力に飲み込まれながら、シュトゥルクはどこか満足していた。
「雷帝っ!!」
「やはり、俺では勝てない……か」
あの女が言っていたことは正しかった。
シュリョウは、初めからわかっていたのだ。
シュトゥルクの力では、バージェスに打ち勝てないことを……
「あ……あぁ……」
死を目前にしたシュトゥルクの前に、かつての妻と子の幻影が現れた。
シュトゥルクは、彼女らを一生かけて愛し抜くと誓った。
それなのに、シュトゥルクが家を離れたせい死なせてしまった。
成人した魚人族は絶対に抗うことができない『女王の唄声』に呼ばれたとはいえ、シュトゥルクはそのことでずっと自らを責め続けていた。
「こんな俺を、赦してくれるのか?」
妻と子と同じあの世に、今から自分も行けるのだろうか?
全身が焼きつくように熱い。
このままでは、あと数秒ほどでシュトゥルクの全身はバージェスの魔法剣によって焼き尽くされてしまうだろう。
でも、それでいい。
それで……
懐かしい二人に向けて伸ばしたその手の先で、シュトゥルクの指が炭化して燃え尽きていった。
「お前はっ!」
光の向こう側から、仇敵の声が響いてきた。
「なんのために俺を殺したかったんだ!」
「っ!」
その瞬間。
懐かしい二人の横に、シャリアートと五人の子供達の幻影が浮かびあがった。
隣り合うように、かつての家族と今の家族が立っていた。
みんながみんな、シュトゥルクに微笑みかけていた。
「俺を殺した先にっ! お前が本当にしたかったことがあるんだろっ!」
シュトゥルクの脳裏には、妻や子供達との心穏やかな日々が浮かぶ。
失ってしまったものはもう戻らない。
でも、まだ失っていないものもある。
再びそれを自分の手の中に取り戻すために……
今、自分は戦っていたのだった。
「すまない、メリア……」
かつての妻と子の姿がかき消えた。
「俺はまだ……、死ねないっ!!」
炭化していくその腕に、シュトゥルクはありったけの魔法力を込めた。
そして死に抗った。
死に抗って、前へと踏み出した。
「おおおおぉぉぉおぉおぉぉおおーーーっ!」
シュトゥルクの全身を光が突き抜け、眩い光を放ちながら夜空に消えていった。
→→→→→
「おぉ……、お……」
シュトゥルクの視界は真っ暗だった。
これが死というものなのか?
シュトゥルクは、ぼんやりとそんなことを考えていた。
そんなとき不意に聞こえてきたのは……
「ほら、やっぱりお前じゃ勝てなかっただろう? だってあいつめちゃくちゃ強いもん」
こんな状況でも笑いを含んでいる、あの黒衣の女の声だった。
→→→→→
「どんな戦場にでも一番槍で部隊を率いて突っ込んでいくくせに、いつも生き残る。その力は、やはり伊達じゃない」
眩い光でやられているバージェスの目は、いまだにちかちかと奇妙な光景を映し出していた。
遠のいていく意識を必死に繋ぎ止めていたつもりが、いつの間にか立ったまま気を失っていたようだった。
バージェスは剣を振り下ろした格好のまま、地面にめり込んだ大剣を身体の支えにしてその場に立ち尽くしていた。
「シャリアートは……?」
「傷を負ってはいるが大丈夫。今は気を失っているだけだ」
「そうか……」
「ところでシュトゥルク。本当にこの男を殺しておかなくていいの?」
そんな声が聞こえ、再び急速に意識が遠のいていった。
何が起きているのかは、よくわからない。
全身が気だるくて、思考がまともに働かなかった。
「お前の用事はシャリアートが済ませたのだろう? それに、今の俺にはもうそんな力は残っていない。お前の言う通り、この勝負に勝ったのは聖騎士だ」
「たとえ勝負には負けても、戦いに勝つのは最後まで生き残っていた方だ。お前が望むなら、私が代わりに手を下しておくけど?」
「……いらん」
「本当に? そんな情けをかけて後で後悔しない?」
「……」
「一言『やれ』って言ってくれるだけで……」
「……くどいぞ!」
「あらら」
「俺は失敗したが、シャリアートが成し遂げた。俺達は約束を守った。今度はお前が約束を守る番だ」
「もちろん、約束は守る。で、どこに行きたい?」
「ならば、あの場所に帰りたい。シャリアートと、子供達と……、俺たちの家に……」
「わかった。じゃあ、行こうか。あ、でもその前に……街の外でエルフ達を足止めしてるこれからのお前の仲間になる奴らにも、撤退の指示を出しにいってもいい?」
「……好きにしろ」
そして辺りが静かになり、バージェスは再び完全に気を失った。
どれだけそうしていたのか?
数分なのか、数秒なのか。
バージェスは意識の端で遠く、駆け寄ってくる複数の足音を聞いていた。
「早くっ! バージェスさんを!」
それよりも……
アルバス達のところへ……
シュトゥルク達の会話の意味するところはよくわからない。
ただ……
『俺は、お前を殺さなくてはならない』
シュトゥルクは、完全に自分の意志だけでバージェスを殺そうとしていたわけではなかったように思う。
おそらくは、何者かとの盟約があったのだろう。
バージェスを含む誰かを殺す代わりに、シュトゥルク達が何かを得るという盟約。
最後のシュトゥルクが会話をしていた相手が、おそらくはその盟約の相手なのだろう。
『俺は失敗したが、シャリアートが成し遂げた。俺達は約束を守った』
……成し遂げた?
……いったいなにを、だ?
なにか、とてつもなく良くないことが起きているような予感があった。
ただ、バージェスの意識はそのまま抗いようのない程の力で暗闇の中へと引きずり込まれて行ったのだった。
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【不確定なお知らせ】
明日は投稿できるかどうか未知数です!
順当に行けばアルバスのお屋敷での「シャリアート&首領」VS「アルバス陣営」の戦闘シーン導入部分、となるのですが……
この辺の改稿を土日に仕上げるつもりが、まさかの風邪でダウンしておりました。
そうです。一昨日の夜、翌朝の投稿予約するつもりが、そのまま深夜に投稿するというポカをやらかしたのも風邪のせいなんです!
なんとか区切りまで仕上げられましたら、投稿再開します!
できれば明日! ダメなら明後日! それがダメならせめて明々後日!
あまりにも不確定なお知らせで申し訳ないですm(_ _)m