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40 闇夜の雷鳴

その場所は、闘技場の奴隷収容区画。

その時刻は、夜の闇が街を包み込んだ頃。

アルバスのお屋敷で魚人の子供達が騒ぎ出すより、ほんの少し前。


黒衣に身を包んだ一人の女が、地下牢に囚われているシュトゥルクの前で不敵な笑みを浮かべていた。


女の周囲には数名の衛兵が倒れており、それぞれにか細い呻き声をあげている。


「なんで、やらなかった?」


黒衣の女のその問いかけは、牢の中にいる一人の魚人に対してなされていた。


いつものように突然現れたその女は、瞬く間にその場にいた衛兵を無力化した。

そして、うめき声をあげて抗議する彼らを二人ほど重ねて椅子がわりにし、悠々と足を組んで座っているのだった。


「周りの人間達が叫んでいたあの娘の名前は、ちゃんと聞こえていたんだろう?」


「……」


再度の問いかけにも、牢の中の魚人は無言だった。


「前にも言ったと思うけど……。商人アルバスの主な護衛は、バージェス、ロロイ、クラリスの三人だ。昼間の闘技場では、この中でも最も戦闘力が低いクラリスが、お前の目の前で無防備な背を晒していたんだよ?」


「……油断している者の背を討つ趣味はない。俺は予定通りに今からここで暴れ、やってきたバージェスを殺すだけだ」


「それならそれでもいい。でも、本当に大丈夫かい?」


「それは、どういう意味だ?」


「んん? そのまんまの意味」


「……俺の力が見たいのではなかったのか?」


「お前が元聖騎士(バージェス)に勝てるって言うんならそれでいいよ。私としては、アルバスの側近の誰かが死んでくれればそれでいい」


その首領の言葉は、まるで『お前では勝てない』と言っているかのようだった。


また、そんな首領の要求について……

前回の時は『味方に引き入れたいから、手を貸す』から『手を貸してほしければ、力を見せてみろ』に変わった。

そして今回の女の要求は『アルバスの側近を殺せ』に変わっていた。


「……本当に、言うことがころころと変わるやつだな」


「私は、なにも嘘は言っていない」


「ふさけているのか?」


「ふざけてなどないさ。その時々において、いつも私は本気でそう思ってる」


「……ならば余計に性質(たち)が悪い」


「あはは、そうかもね。でも、これが私だ」


そんな女の言葉を聞き、シュトゥルクは呆れたようにため息をついたのだった。


「さて。じゃあ、そろそろ始めようかシュトゥルク。シャリアートの方の準備(・・)も、もう出来ている」


「お前に言われずとも、わかっている」


シュトゥルクは、そう言って両手に嵌められた腕輪を叩き折った。


「そのダミーの腕輪。よく出来ているだろう?」


「知らん。……俺は、本物をはめられたことがないのでな」


人間に捕まれば否応なく嵌められるという『スキル封じの腕輪』と『魔術封じの腕輪』だが、戦争時もシュトゥルクには無縁のものだった。

同胞に付けられたものを外から叩き折ったことならば何度かあったのだが……


「へぇ、今どき珍しい。じゃあ、今度はダミーじゃなくて本物をはめてみるかい?」


「……」


無言のシュトゥルクにギロリと睨みつけられて、女が肩をすくめた。


そして女は「倉庫取出デロス」と唱え『倉庫』から一本の長槍を取り出した。


雷槍ボルドーだ。


その槍を、女は差し出されたシュトゥルクの手に渡して握らせた。


「さぁ、思う存分暴れろ! 私の望みを、叶えておくれ」


「約束を、(たが)えるなよ?」


「ああ。こう見えて、私は約束したことは必ず守る」


そう言って、首領は闇夜に消えていった。


「……」


雷槍を握るシュトゥルクの手が帯電し、闇夜に雷鳴が鳴り響く。


闘技場地下牢の鉄格子は、一瞬にして焼き切れていた。



→→→→→



「団長! ガンツ団長! 闘技場で魔獣が暴れています!」


その知らせは、すぐに西部地区自警団の本部にもたらされた。


「街中への被害を抑えるため、オレット副団長が入口を封鎖して中の制圧に向かいました。ただ、魔獣のほかに魚人などまでいるようで、闘技場内部はかなり混乱した状況のようです」


「っ!」


すぐさま飛び出そうとしたガンツの腕を掴み、バージェスがガンツを止めた。


「俺が行く。オレット達のことと現場での初動は俺に任せろ」


「しかし!」


「お前はこの地区の自警団長だろう? だったら全体を見て、この事態そのものの収拾に努めろ。巡回中の自警団員と非番の奴ら全員を緊急招集して、最悪の事態に備えるんだ!」


「……」


「街人を守るのが、自警団だろうが! 闘技場から街中に魔獣が解き放たれたら、とんでもない数の犠牲者がでる。それを防ぐために、今は人手がいる! オレットだってそのために戦ってるんだろーが!」


「は、はい!」


バージェスに拳を当てられ、冷静さを取り戻したガンツが声を張り上げた。


「ロットとビーの小隊は俺と一緒に非番メンバーの緊急招集を行う。緊急招集の基準は、予備隊まで含め全員だ! イーの小隊は各種装備品の現場への運搬を担当してくれ! 残りの小隊はバージェスさんと共に闘技場の増援だ」


「先発増援部隊はすぐ出るぞっ! 二分以内で準備を完了しろっ!」


「はい!」

「わかりました!」


バージェスとガンツの掛け声で自警団員達が一斉に走り出す。


戦いの夜の始まりだった。

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