39 対策会議
一方で、クラリスとアマランシアの方の会話は……
「とりあえず、闘技場の魚人とこの家の魚人の子供のことは、いったんは別々のこととして考えた方がいいと思うな」
クラリスが、アマランシアに対してそう意見していた。
「そうですね。確率的に考えれば、たまたま捕らえられた二組の魚人が親子である可能性というのは限りなく低いものですからね」
「となると、次に考えるべきは『闘技場の魚人をどうするか』っていうシンプルな話になるわけだ」
「それについては、時間さえかけられれば闘技場に忍び込んで魚人を解放することはそこまで難しい話ではないかと思います」
「でも……、問題はその時間がないことなんだよな」
「そうですね。その魚人が明日以降のいつまで生存しているかは、もはや我々が予測を立てられる範疇にありませんから」
なんとなくロロイと話していた内容と被るので、俺達もそちらに参加することにした。
「なぁ、アマランシア」
「はい、なんでしょうか?」
「そもそもの話だが、アマランシアはあの魚人を盗み出すつもりなのか? 彼はアマランシアにとっての同胞であるエルフ族ではないんだぞ」
俺がそう言って口を挟むと、全員の視線がアマランシアに集中した。
アマランシア達は『奴隷エルフ』を解放する盗賊団であり、『奴隷魚人』はまた別の話のはずだ。
だが、街中で奴隷闘技場の魚人の話を聞きつけたアマランシアは、さっそくその牢を破る計画を立てようとしているようだった。
もし昼間のうちに俺がアマランシアにこの話を振っていなかったら……
アマランシアは白い牙単独で事を進め始めてしまっていたかもしれない。
「確かに、我々エルフ族は『同胞であること』を非常に重視する傾向にあります。ただ……、カラビナの奴隷闘技場には、エルフのみならず様々な種族が奴隷として囚われていましたから……」
「……わかった。すまん」
どうやら、俺がアマランシアを誤解していたようだ。
エルフ族の同胞や一族に関する考え方はさておき、アマランシア達の『奴隷解放』にとっては種族の違いはそこまで重要ではないようだった。
「そうなると、やはりアマランシア達は『盗賊』としてあの魚人を奪うつもりなのだな?」
「……」
それについては、アマランシアは否定も肯定もしなかった。
だがまぁ、その沈黙はつまり肯定という事だろう。
もしそんなことをするならば、誰かに姿を見られるわけにも、少しでも痕跡を残すわけにもいかない。
『エルフが奴隷魚人を奪って逃げた』なんて話が出れば、真っ先にアマランシア達が疑われてしまうだろう。
「今進めている『エルフの行商人』は、俺達の共同事業だ。俺としては、共同事業を行っている商売のパートナーにはあまり危ない橋はわたってほしくない。……できれば俺は、力づく以外の方法で何とかしたいと思っている」
俺たちの共同事業である『エルフの行商人』を推し進めていくにあたり、『奴隷闘技場』などというものはさっさと潰さなくてはいけない。
その闘技場が存続することは、エルフ達の街中での活動にとっては障害となる。
それはもう、間違いのないことだ。
だが、ことを急ぐあまりにやり方をしくじり、エルフ達が強盗扱いを受けるような結果となってしまえば……
それもまた『エルフの行商人』にとっては致命的な痛手となってしまう。
「では、何か他に方法がありますか?」
「それを、昼間からずっと考えてるところだ」
ちなみに、今このお屋敷にいる魚人の子供達を買い取った時のような、金での解決は絶望的だった。
なにせクドドリン卿にとってのあの奴隷魚人は、すでに金の卵を産む客寄せコドリスとなっているのだ。
次回の興行でも莫大な利益をもたらすであろう奴隷魚人を、クドドリン卿がそう簡単に手放すとは思えなかった。
例えマナで買い取るような話に持って行けたとしても、おそらくその提示額はすでに俺の手負えるような額を遥かに超えてくるだろう。
「やはり、なかなか難しいですよね」
「ああ。ただ、糸口は絶対にどこかにあるはずだ」
もし……
今のこの街に『奴隷禁止法』なんていう法律があったとすれば、それは一発で解決できる問題だった。
『奴隷禁止法』により奴隷の使役が禁止されていれば、奴隷を使った闘技場の興行自体を取りやめさせることが出来る。
だが、現状そんな法律はキルケットには存在しない。
「ただ、例え『法律』という形ではなくとも、何らかの形でクドドリン卿が逆らえないような圧力を掛けられれば良いという話なんだ……」
だが、現状この街でそんな真似が出来るのは『ジルベルト・ウォーレン卿』か『トンベリ・キルケット卿』くらいのものだ。
ジルベルトがこの件について動くことはないだろう。
この件に関して、奴にとって動くメリットは一ミリもない。
『エルフの行商人』についての利益供与の話を絡めても『そのくらい自分で何とかしろ』などと冷たく言い放たれる光景が目に浮かんだ。
またトンベリ・キルケット卿に関しても、基本的にはここで彼が動く理由はないだろう。
後はまぁ『皇女シャルシャーナ』にもそれが可能かもしれないが……彼女は曲者過ぎる。
昼間の様子を見る限り、シャルシャーナはただただあの状況を面白がっている様子だった。
魚人の生き死になど、シャルシャーナにとってはどうでもいいことのように思えた。
「とりあえずは、ダメもとジルベルトとキルケット卿、それと皇女シャルシャーナを当たってみるか……。もしうまく交渉ができて上位貴族や皇族からの圧力がかかれば、クドドリン卿も何らかの路線変更をせざるを得ないはずだ」
「それで間に合うのか?」
そこで、クラリスが再び話に入ってきた。
「それは、やってみないことにはわからん」
場合によっては、あの魚人は明日の興行で命を落とすことになるだろう。
明日の開催がなければ、明後日か明々後日か……いずれにせよそれはそう遠くない未来の話だ。
そういう話になると、後のことがすべて運任せとなってしまう。
これについても、何とか俺の意志を介入させたいところだった。
他に、この件でのキーマンとなりうる者は……
「そうだな。もう一つ良い方法があったな」
というか、これが一番交渉の数が少なく、手っ取り早い方法かもしれない。
「アルバス、それはいったいどんな方法なのですか?」
「……クドドリン卿だ。つまりはクドドリンに直接交渉を持ち掛ける」
相手が応じるかどうかはさておき、だが……
シンプルに考えたら、闘技場の開催権を握っているクドドリン卿自身と直接交渉するのが一番話が早いはずだった。
もし直接の会談に臨めた場合、余りにも商才のないらしいクドドリン卿に対し、俺が闘技場の興行内容を代わりに裏でセッティングする『代案提供者』となることを提案するつもりだった。
もしそれがうまくいけば、あの魚人の生死を握る闘技場の開催自体に介入することが出来る。
『今日のことは全て、クドドリン卿に俺の演出の腕を認めてほしいが故だった」などど言ってすり寄れば……
今日の興行の大成功に味を占めたクドドリン卿が、この話に乗ってくる可能性は十分にあり得るような気がしていた。
奴の裏につくなど、あまりにも癪だが……
この際やり方は選んでいられない。
「では、我々はそれらがうまくいかなった場合の二の矢となりましょう」
アマランシアがそう言って、とりあえず今夜いきなり闘技場に襲撃をかけるような話はなくなってホッとした。
まったく……
ロロイといい、クラリスといい、アマランシアといい……
ライアンといい、ルシュフェルドといい、ジオリーヌといい……
なんで俺の周りにはこう、昔から血の気の多い奴らが多いんだろう。
血の気が多く、それぞれの信念に従って暴走する奴らを……
説得して、宥めてすかして、代案を提示して……
勇者パーティーにいた頃から、ずっとこんな感じだ。
ただまぁ、みんなにはいつも随分と助けられてもいるからな。
俺の役目は、全体のバランスやリスクの度合いを考えて、様々に調整していくことだろう。
だから、これでいい。
「それにしても、フウリ達は遅いですね。集合をかけてからもうだいぶ時間が経っているのですが……」
すでに真っ暗になっている外の様子を見ながら、アマランシアが続けてそう呟いた。
「どこかで寄り道でもしてるのか?」
「まさか。……彼らに限ってそんなことはありませんよ。そんなことがあるとすれば、それはもう普通に『トラブル発生』です」
「前のシオンの時みたく、ごろつきなんかに襲われてるかもってことか?」
「そろそろ様子を見に行くべきかもしれないですね……」
そうアマランシアが言った、その時……
エントランスにいる魚人の子供達が一斉に騒ぎ出し、大声で鳴き声を上げ始めたのだった。
 




