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36 奴隷闘技場④

以前、クドドリン卿は俺から二体のルードキマイラの亡骸を買い取っていった。

その時は、当然のことながらクドドリン卿はそれを解体して武具などに加工するのだと思っていたのだが……


クドドリンの陣営に『亡骸操作(ネクロズム)』のスキルを持った者がいるのならば、話は全く変わってくる。


「……」


クラリスの睨みつけるような視線の先。

鉄のゲートを潜り抜け、一体の魔獣が現れた。


全身を覆う黄色い鱗。

橙色の立て髪。

ゴツゴツとねじれた角。


そう……、ルードキマイラだ。


「そういうことか……」


あの段階で、すでにクドドリン卿はこれを狙っていたのだ。

キルケット中にその名が知れ渡っているルードキマイラは、奴隷闘技場で強力なボス魔獣として登場させればこの上ない集客効果を生む。


観客席の安全が保障されているのならば……

明日以降は、このルードキマイラ見たさに闘技場に足を運ぶ客すらいるかもしれない。


「さぁさぁ、哀れな魚人の命運は今度こそ尽き果ててしまうのでしょうか? それともこの試練すらも乗り越えて、彼は生き延びることが出来るのでしょうか?」


帰りかけていた観客達の目も、いまや闘技場に釘付けだ。


のそのそと不恰好な歩みで前へと進むルードキマイラの姿に、客席からはすでに悲鳴すら響いている。


魚人の男が、ルードキマイラの方へと向き直った。

そして拳を握りしめ、姿勢を低くして真正面から睨みつけた。


彼は戦う気だ。

というか、それ以外に生き残る道はない。


だが、いかに彼が強力な戦士だったとしても、武器もなくスキルや魔術も封じられていてはさすがに勝ち目がないだろう。

雷撃を操るルードキマイラは、物理打撃で勝負ができるウルルフェスとはわけが違う。

おそらく、彼はこれからなぶり殺しにされる。


マジで、クドドリン卿は初日から奴隷を殺して終わりにしてしまうつもりなのだろうか?

今そこにいる魚人の男以外にも、まだまだ他の奴隷がいるという事なのだろうか……


「ギャォォォーーーーン」


思考を巡らせる俺の視線の先で、凄まじい咆哮と共にいきなりルードキマイラが雷撃を放った。

魚人の男は、それに反応して避けようとする動作をしたものの、結局は避けきれずに直撃を受けてしまった。


全身を痺れさせた魚人は、それでも必死に後ろに下がって距離を取ろうとしていたが……

痺れた足が思うように動かずにその場に倒れて転がった。


そんな魚人に対し、ルードキマイラがゆっくりと歩みよっていく。


「くっ……」


クラリスが唇を噛み、歯を食いしばった。


「んん? キミ、何か考えがありそうな顔だね」


そんなクラリスに、シャルシャーナがおかしそうに声をかけていた。


「こんなふざけたショー。私が全部ぶち壊しにしてやる!」


「へぇ。具体的には、どうするの?」


「私が……、ルードキマイラを倒してくる」


「……」


煽るだけ煽った挙句、シャルシャーナは少しニヤつきながら無言になってしまった。

対して、クラリスは徐々に目つきが鋭くなり、次第に呼吸が深く静かになっていった。


「クラリス……?」


マジで、やるつもりなのか?


「ごめん、アルバス……」


「あまり、面倒は起こさないで欲しいんだけどな……」


「うん。……だからごめん」


クラリスは、完全にやる気だ。


「……勝てるのか?」


「それは、約束する」


「本気なら……なるべく目立って乱入して、落ちた後は思い切り全力で暴れてくれ」


俺の中では、その方が後々話を治めやすくなるような見立てがあった。


「目立てとか、そんなこと言ったって……」


「それじゃあ、あっちの彼と話してみたら?」


今にも闘技場の中へと飛び出しそうなクラリスに対し、シャルシャーナが司会者席の方を指示した。


「ひょっとしたら、ついでに下に降りる許可とかもくれるかもよ?」


「……行ってくる」


そう言って、クラリスは司会者席の方へ向かって走り出してしまった。


止めようと思えば止められたかもしれない。

けど、まぁ……

クラリスが言った通りの演出をしながらルードキマイラを倒すことさえできれば、あとは何とかなりそうな目算が俺の中にあった。


そして、クラリスをからかって焚きつけたシャルシャーナは、随分と楽しそうにクラリスの背中を見送っていた。


「……」


こいつはたぶん、ジルベルトと同じだ。

自分の興味のあることに対してはとんでもない執着を見せるが、それ以外のこととなると全てどうでもいいと思っている節がある。


大商人皇女殿下は、なかなかの曲者な様だった。



→→→→→



「ふっっざけんなぁぁぁーーーっ!」


そして、クラリスは闘技場に響き渡るような大声で叫びながら貴族席と視界席に向かって走り寄っていった。


「あんたらが面白おかしく眺めてるこれはっ! バージェスやエルフ達がいなかったら、今頃はあんたら自身の身に降りかかっていたことなんだぞっ! 冒険者の中には、実際にこいつに襲われて死んだやつだって何人もいる! それを! あんたらは……」


そして、そちらの方に向かってさらなる大声を張り上げた。


「おやおや。これはこれは、どちら様でしょう? 可愛らしいお嬢さんですね。血生臭い戦場に咲いた可憐な花といったところでしょうか?」


司会者が適当な口上を垂れて、アドリブでクラリスの言葉をかき消そうとしていた。


「あんたらは、なんでこんなのを演劇か何かのようにして楽しめるんだよっ⁉︎」


「そういうあなたも、楽しんで見に来ているではありませんか?」


「二度と来るか馬鹿やろー! とにかく今すぐあれをやめさせろ!」


「口の悪いお嬢さんですねぇ。そんなに止めたければ……、あなたが止めてくれば良いのでは?」


司会者が、クラリスを小馬鹿にしたようにそんな言葉を口にした。

今は街娘のような姿をしているクラリスのことを、まさか特級の冒険者だとは思っていないのだろう。


期せずして、シャルシャーナの言っていた通りの展開となっていた。

そして、俺の頼んだ通りにかなり目立ってもいる。

俺の隣では、シャルシャーナが口角を吊り上げてニヤリと笑っていた。


「もちろん、その場合の命の保証はできませんけどね……」


そう、司会者が言い終えるよりも先に……


「今の聞いたぞ……。いいんだな?」


そう言って、クラリスは闘技場の中央へ向かって走り出した。

そして、そのまま一息に柵を跳び越えて闘技場の中へと飛び降りていった。



「どうした?」

「誰か落ちたぞ!?」

「司会者と話してた女の子が、下に落ちた!」


観客席が大いにどよめき始めた。


ルードキマイラの近くに飛び降りたクラリスは、今日は防具を付けていない。

腰に水鏡剣シズラシアを携えてはいるが、その服装だけを遠目に見れば、普通の街人の少女だ。


着地の際の衝撃を、足に纏わせた鉄壁スキルによって完全に相殺していることなど、観客達は誰一人として気づいていないだろう。


誰がどう見ても無謀。

次の瞬間には、クラリス(あの少女)はルードキマイラによってズタズタに引き裂かれてしまう。


そんな未来を想像してか、どよめいていた観客席はやがてシンと静まり返った。


そして……

ルードキマイラが目の前のクラリス(新たな獲物)に向き直ると、観客席からは怒声と悲鳴が鳴り響いた。


「誰か、あの子を助けろ!」

「いやぁっ! 見たくないっ!」

「衛兵は? 自警団はいないのか!?」


ルードキマイラが、クラリスに飛びかかろうとして身構えた。

そして次の瞬間、ルードキマイラの咆哮と共にクラリスに向けて雷撃が放たれた。


それと同時に観客席からは絶叫のような悲鳴が響き渡り、完全にパニック状態に陥ったのだった。


三重トライ魔障壁(プロテクション)!」


対して瞬時に三重の魔障壁(プロテクション)を展開したクラリスは、迫りくるルードキマイラの雷撃を完全に防ぎ切っていた。

戦いに臨んだクラリスは、落ち着き払い、完全に戦闘モードだった。


クラリスの三重の魔障壁(プロテクション)と、ルードキマイラの雷撃とがぶつかり合って大きく弾けると同時に、クラリスは俊足スキルを発動しながら横に跳んでいた。

クラリスが地面を転がる。


そしてルードキマイラが向き直る間も与えずにクラリスが投げはなった一本の投げナイフは、まっすぐにルードキマイラの左目へと向かっていった。


おそらくは闘気剣のスキルで切れ味を強化してあったのだろう。

投げ放たれたナイフはルードキマイラの左目に当たり、そこに深々と突き刺さった。


ギィィィイオオオォォォーーーッ!!


観客達の悲鳴が残る闘技場内に響いたのは、クラリスではなくルードキマイラの絶叫だった。


その衝撃の光景を目の当たりにして、観客席からの悲鳴は一気に止んでいった。


「なんだ?」

「今、いったい何が起きたんだ?」


そしてクラリスは……

観客達が固唾を飲んで見守る中で、ゆっくりと腰から水鏡剣シズラシアを抜き放ったのだった。


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