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35 奴隷闘技場③

「クラリス……?」


「なぁアルバス。あのウルルフェス達、なんか動きがおかしくないか?」


クラリスの目は、この距離でもウルルフェスの動きを正確に捉えて観察していたようだ。

観客達の反応を中心にして闘技場を観察していた俺とは違い、クラリスはここで行われている試合の方を中心にして内容を観察していたようだ。


「おおかた獣使いに調教されているんだろう」


「いや、そういうんじゃなくて……、なんかそもそもの生き物としての動きがおかしい気がする」


冒険者として、数々のモンスターを討伐してきたからだろう。

クラリスは、そこにいるウルルフェス達の動きに何かしらの違和感を覚えたようだった。


クラリスに言われてよくよくその動きを観察してみると、確かに何かがおかしかった。

なんというか、動きに均整が取れていない。


「あれは……」


「あれはたぶん『亡骸操作(ネクロズム)』のスキルだね」


言いかけた俺の後ろから、突然に別の声がした。

俺が振り返ると、そこにいたのは『大商人シャルシャーナ』だった。


「……あんた誰?」


振り向いて怪訝な顔をしたクラリスを慌てて制した。


「シャルシャーナ様、なぜこんなところに?」


「なんか面白そうなことしてるから見に来た感じ。まぁ、うん……。正直言ってあまり流行(はや)らなそうだね」


シャルシャーナは、この闘技場について俺と似たような感想をいだいているようだった。


「……でしょうね」


「ところで、私がここにいる理由はもう一つあるんだけど……当ててられる?」


「そうですね……、上の席(貴族席)にいるよりはここの方が見やすいとかですかね?」


だだっ広い闘技場をぐるりと囲んだ観客席のさらに一段上に貴族用のブースがある。

クドドリン卿の、闘技場設計上のミスだろうが……どう考えてもそこからだと闘技場の場内が見えづらい。

普通に闘技場を見たいなら、貴族席なんかに行くべきじゃない。


そういう意味で、とりあえず思い浮かんだことを答えた。


「あはは。まぁまぁ正解」


シャルシャーナは、そう言って少し楽しそうに笑い始めた。


それを見て、クラリスが小声で「誰だよこの女。まさかアルバス……」なんて言い始めた。


「違う違う。この人はだな……」


そう言って、慌てて俺はクラリスに、相手が『皇女殿下』であり、さらには『この国一番の大商人』であるという事を説明した。


クラリスは「マジで? どうなってんだよアルバスの人脈!?」と言って驚愕していた。

なれそめだとか先日の出来事とかは面倒なので割愛した。


「『亡骸操作(ネクロズム)』についてはアルバスも知ってるみたいだけど。あれはたぶんその類のものだね」


「それで『亡骸操作(ネクロズム)』って、何なんだ? ……ですか?」


「モンスターの亡骸に自らのマナを流し込み、そこに意識を飛ばして操るというスキルだよ」


「そ、そんなスキルがあるのか!?」


クラリスは、目玉をひん剥いて驚いていた。


「俺はライアンのパーティーにいる時に、獣人国で似たようものを見たことがある」


その時は、獣人族の『調教』のスキルによって使役されていた魔獣が、首を斬られて亡骸となった後もしばらくの間動き続けていた。


今目の前で動いているウルルフェスは、確かにその時に見た亡骸魔獣と同じような動き方をしているようにも見える。

なんというか……、壊れているのことに気づかずに、無理やりに紐か何かで吊り動かされているような動きだ。


ただ、その時に魔獣を操っていた男はルシュフェルドに吹き飛ばされてもうこの世にはいないはずだ。

ちなみに亡骸魔獣達は、ライアンの剣技で身動きも取れないほどにバラバラにされていた。


「ふざけたスキルだよ」

「なかなか面白いスキルだよね」


俺とシャルシャーナが、ほぼ同時にそのスキル関する真逆の感想を口にした。


「ふぅん。アルバスはそう感じるんだ?」


「……そうですね。生命に対する冒涜にあたるかと思います」


きっぱりとそう言い切った俺を、シャルシャーナが面白そうに見つめてきた。

そして、再びゆっくりと口を開いた。


「じゃあさ。アルバスの親しい人……例えば護衛の内の誰かが死んでしまったとして。それを生き返らせることが出来る薬があったら……、アルバスは買うかい?」


「……買うでしょうね」


なんとなく、誘導尋問を仕掛けられてからかわれているような気がした。

この後に来る展開もだいたいは予想できる。


だが、変に整合性を取ろうとしたり、取り繕うようなことをするつもりはなかった。


「でもさ、亡骸を動かす亡骸操作(ネクロズム)のスキルが『ふざけたスキル』で『生命への冒涜』だというのなら、死者を生き返らせることもまた『生命への冒涜』ではないのかい?」


続くシャルシャーナの問いは、完全に俺の予想通りの物だった。


「そうだな」


「じゃあその上でもう一度聞くけど……。親しい人が不慮の死を遂げたとき、やっぱりアルバスはその人を生き返らせたい?」


「生き返らせたい。たとえそれが生命への冒涜であっても……。人間なんてしょせんは自分勝手なもんだ。それを『信念がない』と嗤うのなら、それでもいい」


「……うん、そうだね。私は笑わないよ」


俺の答えをどう思ったのかはわからないが、シャルシャーナは少しだけ楽しそうだった。


「で、この前の続き。水魔龍の含魔石(がんませき)を、売ってほしいんだけど」


「いや、あの石は……」


「その石なら、少し前に『黒い翼』っていう盗賊団に取れれちゃいましたよ?」


言い淀む俺の代わりに、クラリスがそう答えた。


「……ふぅん。でもさ、たとえばアルバスがそいつらに偽物を渡した可能性とかは? 全部アルバスの狂言の可能性は?」


「……アルバスがそんなことするはずないだろ? 確かに渡したところを私は見てないけどさ。アルミラとかいう化け物みたいな相手に襲われて命懸けだったんだぞ」


「まぁ、無いっていうんならしょうがないな」


シャルシャーナは、納得したのかしてないのかよくわからない感じでうんうんと頷いていた。



→→→→→



そんな話をしているうちに、魚人とウルルフェスの戦闘がだんだんと俺たちの近くに移動してきた。


間近で見たウルルフェスは、すでに身体のあちこちが傷だらけだった。

足が曲がり、まともに走れてすらいない。

そして、その目はすでに光を失っていた。


そうなると、やはり俺やシャルシャーナの読み通り『亡骸操作(ネクロズム)』のスキルを使って動かしているという事でまず間違いないだろう。


そのウルルフェスのあまりの異常さに、こちら側の客席の観客達は会話も忘れてそれを凝視していた。

さっきから反対側の客席にいる観客たちが、ほとんど声を発せずこの光景を凝視していたのはこういう事だったのか……


「……」


俺達の見ている前で、魚人の男が反撃に出た。

重点的にウルルフェスの足を狙い、その動きを封じていく。

幾度となく打撃を受けたウルルフェスの足にはダメージが蓄積され、すでにまともに走ることができなくなりつつあるようだ。


先程から魚人の男が、逃げ回るようにしてヒット&アウェイの戦法をとっていたのはこのためだったのだろう。


魚人の男の攻撃で徐々に四肢に深刻なダメージを負っていった二体のウルルフェスは、やがてその場でのたうち回るだけになったのだった。


亡骸操作(ネクロズム)によって操られた亡骸は、身体が動く限りは獲物を追い続けることができる。

不死者のごとくいつまでも動き続ける敵を前にして、それを仕留めるためには……

まずは足を狙い、その動きを封じてしまうべきだと判断したのだろう。


「あいつ、かなり強いな」


クラリスが呟くようにそう言った。


「……ね、相当に場数を踏んで戦い慣れしているよね」


スキルと魔術を封じられ、さらには素手での戦闘を余儀なくされた状況下で二体のウルルフェスをほぼ無傷で討伐するなど、確かに化け物じみた所業だ。


しかも、相手のウルルフェスは不死だ。そんな不死のウルルフェスを倒す方法を思いついて実行する判断能力まで含めて、かなりの修羅場を潜り抜けてきた戦士であることは明白だった。


そんな奴が、どうしてクドドリン卿などに捕まったのだろうか……?


「おーっと! これは番狂せだ! なんと、奴隷魚人がウルルフェスを倒してしまったぞ!」


司会者と思しき男が、煽るように状況を説明し始めた。

それと同時に、何人かの客が立ち上がって出口の方に歩き出した。


区切りのいいところまでを見たので、そろそろ帰ろうということだろう。


「待って待ってお客さん! 今ここで帰るのは勿体無いぜ! 何せ次の魔獣は超有名なア・イ・ツ! 数ヶ月前、このキルケットの冒険者達を恐怖のどん底に陥れた最恐最悪の特級魔獣なんだぜ!」


「なっ……」


その言葉を聞いたクラリスの目が、ガラガラと開き始めたゲートの方に釘付けとなった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 皇女であるシャルシーナが『第三次魚人戦争』の発端を知らないとは思えないけど、今回の件に対して即止めないというのはキルケットで湾口都市バレルドの悲劇を再発しても問題ないということなんだろ…
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