34 奴隷闘技場②
クドドリン卿の奴隷闘技場は、予告なしの当日開催にも関わらずかなりの人で賑わっていた。
ちらほらと空席はあるが、それでもこのサイズの闘技場をこの短期間の宣伝だけでほぼ満員の状態にまで持っていくというのはとんでもない集客力だ。
クドドリン卿は、今日のこの開催だけでさぞかしガッポリと金を稼いだだろうと思われる。
そして見る限り、観客の大半は街人のようだった。
クドドリン卿のチラシに詳しい催しの内容が書かれていなかったことを考えると、『血生臭いショーを見たいから来た』というよりも『とにかく興味を惹かれたから来た』といったところだろう。
中央大陸にあった『奴隷闘技場』の話は、勇者ライアンの土魔龍ドドドラス討伐譚と共に、最近名前だけはよく耳にするようになっていた。
だからここに集まっている街人達は、単純に中央大陸の貴族達の間で流行っていたという『奴隷闘技場』なるものに興味を惹かれ、クドドリン卿のチラシの限定感に煽らたということなのだろう。
「これが……奴隷闘技場か?」
「西征都市カラビナのものと比べると、少し無意味にだだっ広い感じだけどな……」
時刻はすでに12時を回っており、闘技場の内部ではすでに戦闘が繰り広げられていた。
今の戦闘区画はかなり遠い。
俺たちのいる側の客席とは反対側の石壁の下で、一人の魚人が二体のウルルフェスと戦っているようだ。
その細身で長身の魚人の男性は、両腕に魔術封じとスキル封じの手錠をされ、身体一つでウルルフェスとの格闘をさせられているようだった。
武器もなく、ひたすらに逃げ回っている。
そうしながらも、時折振り返ってはその長い手足でウルルフェスに一撃を入れていた。
一部の席からは「逃げろ逃げろー、逃げないと死んでしまうぞ」などというヤジと共に、下卑た笑い声が聞こえてきていた。
「これが……面白いのか?」
クラリスは、あからさまに眉を顰めている。
以前アマランシアから、アマランシアが奴隷闘技場で死闘を繰り広げる詩を聞いていたこともあり、クラリスは『奴隷闘技場』というものに対して並々ならぬ嫌悪感を持っているようだった。
詩の中のエルフが非道な目に合っていた様は、その血を引くクラリスとって他人事と思えなかったのだろう。
「大半の街人にとって、こんなものは面白くはないだろうな」
少し客席を観察してみて、それはすぐにわかった。
笑い声が起きるのは貴族席と思しき少し高い場所だけだ。
それ以外の場所にいる大半の観客達は、クラリスと同じくこの光景に眉を顰めているようだった。
というか、街人達からすると本当にこれの何が楽しいのかがわからないのだろう。
西征都市カラビナの奴隷闘技場は、完全に貴族向けの興行として開催されていた。
だが、今ここにいる人間のほとんどは普通の街人だ。
普通の街人がこんな風な殺戮ショーを楽しめるとは、俺には到底思えなかった。
これは……
ミストリア劇場の開催初日、俺がやらかした失敗と同じだ。
クドドリン卿は、完全に商売のターゲットを間違えている。
すでにある『闘技大会が開かれた闘技場』というネームバリューと、あえてなのかなんなのか内容をうまくぼかした宣伝チラシにより、初日の集客は大成功を収めているのだが……
どう考えても、これが長く続くとは思えなかった。
貴族達とは違い、たいていの街人は何かの拍子に壁の外に出ることがある。
だから『ウルルフェスに襲われて逃げ惑う』なんてことは、もしかしたら明日や明後日には自分や自分の親しい誰かの身に降りかかってくるかもしれない悲惨な出来事なのだ。
だからキルケットの街人達にとって、これは虚構や娯楽だと割り切って愉しみながら見れるような類のものではない。
今、目の前の奴隷魚人の身に降りかかっていることは、この街の街人にとっては身近すぎる。
こんなものを見て楽しめるのは……
『これがいつか自分の身にも降りかかってくるかもしれない』ということを、想像することすらできない阿呆共だけだ。
「たぶん、すぐに廃れる。こんなものがキルケットで流行るとは思えない」
クドドリン卿の奴隷闘技場は、予想通りに醜悪な内容だった。
クドドリン卿が何人の魚人奴隷を確保しているのかは不明だが、最終的には魚人が力尽きてウルルフェスに喰い殺されるところまでをやるのだろう。
そんなおぞましい光景を見せられるとわかっていて、それを金を支払ってまで見たいと思う街人がどれだけいるのだろうか。
「……」
クラリスからの返事はなかった。
とにかく、こうなってしまった以上動くなら夜だろう。
もしあの魚人がなんとかして今日一日を乗り切れば、夜の闇に紛れてアマランシア達が何らかの行動を起こすことが出来るかもしれない。
バージェスやクラリスを通じて、キルケット自警団にうまく手を回せばもしかしたら……
返事がないクラリスは、闘技場の試合を見つめたまま固まっていた。
「クラリス……?」
「なぁアルバス。あのウルルフェス達、なんか動きがおかしくないか?」
そう言って、クラリスはその戦闘を睨みつけ続けていた。




