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31 シュメリアと魚人の子供達


そんなある日の夜。

俺はミトラの部屋を訪ねようとしていた。


特に約束などはしていなかったので、もしかしたらミトラはもう休んでしまっているかもしれない。


コンコン……


ミトラの部屋の前に立ち、その扉を軽くノックした。

ノックは重要だ。

前に一度、ノックをせずに入って怒られているからな。


「……」


扉の向こうから、返事はなかった。


やはりもう寝てしまっているのかと思って引き返そうとした瞬間、その扉が静かに開いた。

だがその中から出てきたのは、シュメリアだった。


「シュメリア?」


「すみません旦那様。ミトラ様はもうお休みになられてしまってます」


「……ミトラが寝たのか?」


「えっ? ……はい。お休みになっています」


「そ、そうか……」


正直言って、一瞬言葉に詰まるほどには驚いた。

ミトラが他人の前でそんな無防備な姿をさらすなど、なかなか考えられることではなかったからだ。


寝ているうちに眼帯を外されたり、そうでなくとも寝相でズレてしまったりしたら『失明した事故の傷を隠すために眼帯をしている』という嘘がバレてしまう。

そしてその嘘の先には、ミトラが最も隠したい出自に関する秘密がある。


「『断崖の姫君』の詩を唄って欲しいと言われまして、ベッドの脇で唄わせていただいているうちに……お休みになってしまいました」


ミトラは、よほどシュメリアのことを信頼しているのだろう。


いつかはシュメリアにも、ミトラの秘密をばらす時が来るのかもしれない。

なんとなくそんなことを思ったが……、それはミトラが決めることだろう。


「今夜は少し冷えるな。……シュメリアも暖かくして寝るようにな」


「はい。ミトラ様へも、一枚多くお布団をご用意しました」


時刻は比較的遅い時間だが、シュメリアはこれから風呂に入るらしい。


全てにおいてミトラやお屋敷のことを優先するせいで、シュメリア自身のことはいつも後回しになっているようだ。

本当にこちらが申し訳なくなるほどに、ミトラのことばかりを気にかけている。


そしてそれは、自分を不幸な境遇から救い上げてくれたミトラへの感謝から始まり、そこから徐々に絆を育んでいったことからくるものだ。

ミトラの側もまた、シュメリアをただの付き人以上の存在として思っているようだった。


「いつも、いろいろとありがとうな」


「お子様も生まれることですし、私もこれまで以上に頑張ります! あっ、そう言えばさっき、ミトラ様のお腹を触らせていただいたら、何かが少し動いたような気がしました!」


さすがにまだ動かないだろうとは思ったが……

そんな野暮なことは口にせず、うれしそうなシュメリアの背を見送った。



→→→→→



その後しばらく商人ギルド関係の書類などを片付けてから執務室を出ると、ちょうど風呂から上がったシュメリアが魚人の子供たちに食事を与えているところだった。


「サマーよりもハマンチェの方が好きみたいですね。味付けはちょっとだけ海をイメージして薄い塩味をつけてみたんだけど……どうかな?」


シュメリアは、言葉が通じない魚人の子供達に共通言語で色々と話しかけながら食べ物をやっているようだ。


ギーギー


意味は通じでいないはずだが、シュメリアの言葉に合わせて魚人の子供達は何やら鳴き声をあげていた。


「そう? おいしい? よかったぁ」


ギーギーギー

ギー


「まだ欲しい? ちょっと待っててね。あと少しなら残りがあるから……」


ギーギー


「あまり食べ過ぎないでよー。明日また買ってくるけど……そんなに一気に食べられると、私のお給料がなくなっちゃう」


言葉の通じない魚人の子供たちに対し、シュメリアはかなり楽しそうに話しかけていた。

魚人たちも、シュメリアには随分と慣れてきているようだ。


「魚人たちの食べ物を買うんなら、お屋敷の(マナ)を使ってくれて構わないぞ」


「ひゃあっ! だだだ、旦那様! い、いつから見てました!?」


二階の踊り場から、柵越しに一階の玄関ホールに向かって話しかけたら、シュメリアは飛び上がらんばかりに驚いていた。


「割と最初の方からだ。ずいぶんと楽しそうに魚人たちに話しかけていたな」


「わ、私……何か変なこと言ってましたか?」


「ん? 特に変じゃなかったけど……」


「……」


「魚人の子供たちの世話までさせてしまってすまないな。本当に、いろいろと助かってる」


「……いえ、私が好きでしていることですから」


そう言いながら、シュメリアはそそくさと調理場の方に引っ込んでいった。


食事の世話に、排せつ物の処理。

最初は四六時中話しかけて警戒心を解こうとしたり、その後もいろいろと声をかけて会話を試みようとしてみたり、最近ではたまに触れあってみたり……


こちらから何かを指示したわけでもないのに、シュメリアは本当によくやってくれていた。


「あっ、シュメリア。もう一皿魚を用意するなら、今度は俺があげてみようかな」


「えっ、大丈夫ですか?」


「んー、たぶんな」



というわけで、その数分後。

シュメリアが用意した新しい魚の皿を、俺は魚人の子供達の前に差し出していた。

シュメリア(いつもの人間)ではないからだろうが、魚人の子供達はしばらくの間その皿に手を出そうとしなかった。


「さっきのと同じハマンチェだぞ。……もしかしてもう腹一杯か?」


だが、やがて一人が素早く近づいてきてそれを齧ると、他の魚人達も一斉に群がってきて魚を齧りはじめた。


「おー! よしよし。シュメリア姉さんが作ってくれた飯は美味いか?」


ギーギー


「そーかそーか、そりゃあ何よりだ」


さきほどのシュメリアをまねて、いろいろと話しかけてみた。


ギーギー


「俺もシュメリアの作るご飯は好きだからな」


ギーギーギー


「んー……」


なんとなく会話ができている気がしないでもないが……

普通に考えたら全く伝わっていないんだろう。

こちらも、彼らが何を言っているのかはまったくわからない。


また、魚人の子供達のギーギーという鳴き声に合わせて、たまに耳がキンキンすることがある。

それが、以前バージェスの言っていた『唄声』というやつなのだろうか?


もしかしたら、魚人の子供達同士では今この瞬間も何らかの会話がなされているのかもしれない。


「さっぱりわからん」


やはり、未だにまともな意思の疎通は図れないようだった。

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