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30 既知のこと

「邪魔したな。思いの外時間を取らせてしまった」


「良い。悪くない儲け話だ」


そう言ってジルベルトは何やら書類の確認を始め、俺はカルロと共に帰り支度を進めた。


「ところで……ミトラが妊娠したらしいな」


「……ああ」


俺がちらりとカルロの方を見ると、カルロが頷いた。


「それについては、ミトラ様の許可をいただいて私からお伝えいたしました。ミトラ様の体調に関することは、ジルベルト様との共同事業にも関わることですので……」


「ジルベルトにとっても甥や姪に当たるのだから、それを伝えること自体は何も問題ない」


だが、ジルベルトがそんな話をここでわざわざ話題に出すのは意外なことだった。

祝いの品でもくれるつもりなのだろうか?


だがその直後、俺の予想に反してジルベルトはとんでもない問いを投げかけてきたのだった。


「お前が突然そんな法律を作りたいなどと言って動き出したのは、ミトラやその子供のためというわけか……」


ジルベルトは、本当に何でもないことのようにさらりとその言葉を口にした。


だが、その言葉は裏にとんでもない意味を含んでいた。

一瞬、全く意味が分からず固まってしまうくらいには大きな問題だ。


「なぜ……、そこで『ミトラの妊娠』と『奴隷禁止法』の話がつながる?」


俺が絞り出せた言葉はそれだけだった。


普通の思考回路であれば、俺がそんな法律の成立を目指すと言い始めるのは、最近俺が懇意にしているエルフの一団とそれに関連した商売のためだと考えるはずだ。


彼らを使って新しい商売を進めていくにあたって、より基盤を盤石にするために俺はそんな法律の制定を目指している。


と、考えるのが普通の思考だろう。


もし、俺がその法律の成立を目指すことと、ミトラやその子供のことを結びつけて考えるような者がいるとすれば……

そいつは、ミトラがハーフエルフであること。そして、その子供がクォーターエルフとなることを知っていなくてはあり得ない。


そう、だからジルベルトのその質問は、本来はありえないはずの問いなのだ。


そんな俺の問いに対するジルベルトの回答は……


「俺はミトラの母に会ったことがある。……それで、話は通じるか?」


というものだった。


「っ‼︎」


その言葉で、俺はすべてを理解した。

つまり『話が通じた』のだ。


つまるところ、ジルベルト・ウォーレンは初めから全てを知っていた。

ミトラの母がエルフであり、ミトラやクラリスがハーフエルフであることを……

この男は初めから知っていたのだ。


ミトラとジルベルトの年齢差は、十五を超えているだろう。

それはつまり、ミトラが生まれた時にはすでにジルベルトは成人に近い年齢であったということだ。

そしてそこから、ミトラは十年近くもあのお屋敷で母親とともに暮らしている。


ジルベルトの父であるキルト・ウォーレン卿が当時熱を入れ上げていた義理の母が、いったいどういう女性であるのか。

ジルベルトが、そのことに興味を持つのはある意味で自然なことだった。


そしてその過程で、ジルベルトは父の囲っている相手がエルフ族の女性であるということを知ったのだろう。

あるいは、当時そのことは公然の秘密であったのかもしれない。


「その様子では、やはりお前も知っているのだな?」


ジルベルトは、核心には触れず。

慎重に言葉を選びながらしゃべっていた。

俺がそれを全く知らない可能性までを考慮しているのだろう。


何も知らない者がこの会話を聞いても、基本的には何もわからないはずだった。


俺は、無言のままで頷いた。

そのまましばらくの間、沈黙が流れた。


「……」


言葉が出ない。

それはつまり、ジルベルトが全てを知った上でミトラ達にあんな仕打ちをしていたということだ。


「それを、わかっていて……」


全てを理解して、俺は身体の底から沸々と怒りが湧き上がってきた。


「それを知っていて、あんたはミトラ達の屋敷を売り払ったのか?」


ミトラがハーフエルフであることを知っていれば、その瞳の秘密のことも当然予想が付くことだろう。あるいは、それを隠すために本当に目をつぶしたと考えるかもしれない。


そんなミトラがこの街で生きるには、隠れ棲む以外にないとわかった上で……

ジルベルトはミトラ達からあのお屋敷を取り上げようとしていたのだ。


「俺にとって、持ち続ける意味のないものだったから売った。ただ、それだけのことだ。そしてその相手がお前であったことは、俺にとっては非常に良い結果を生んだ。もしまた同じ状況になったとしても、合理的に、俺は間違いなく同じ選択をするだろう」


「くっ……」


魔物の如く無機質な感情。

いや、そもそもこの男からは『興味』以外の感情というものが感じられなかった。


「どうかしたか?」


「いや……、何でもない」


だが……

そんなことはずっと前からわかっていたことだった。


「そうだよな。あんたは、そういう奴だったよな」


この男に対し、感情に訴えかけるようなことをしてもまったくの無意味だ。

血を分けた肉親でさえも、不必要とあれば容易く切り捨てる。

そういう男なのだ。


「ああ。そしてお前は、そんな俺のことをよく理解している。だからこそお前はこの交渉を『情』などではなく『商売上の見返り』によって進めたのだろう?」


それは、全くもってその通りだった。

俺は最初から、ジルベルト(この男)に『肉親の情』などというものは期待してはいなかった。


「全くもってその通りだ。……熱くなって悪かったな」


嫌味たっぷりにそう言ってやったが……

おそらくそれはジルベルトに伝わっていないだろう。


「良い。俺もお前がそういう男だということを理解している。そして感情の面では互いに相容れないものだと理解しながらも、理性の面では互いを深く理解している。故に商売のパートナーとしては、非常に良い」


「……ああ、そうかもな」


しかし、肉親として付き合うには問題しかない(・・・・)男だ。

そしてやはり、俺の嫌味は全く伝わっていなかった。


「お前の生み出す商売の話はなかなかに面白い。今回は少し時間がかかることが想定される上、現段階ではどう転ぶか、どこまで伸びるかなかなかに読みづらい案件だ。だが、お前のやることだ。俺もそれなりに期待している」


そう、最後に少しジルベルトらしからぬ言葉が投げかけられて、この会談は本当に終了したのだった。



→→→→→



カルロと二人、ウォーレン家のお屋敷の敷地を抜け、無言のまま中央地区の通りを抜けた。

そして、キルケット内門を潜り抜けて西部地区へと戻った。


「なぁ、カルロ」


「何でしょうか?」


「お前も、知っていたのか?」


それはつまり『ミトラがハーフエルフだと知った上で、ミトラに仕えていたのか?』という質問だ。


「……私は、元々はジルベルト様やミトラ様の父君であるキルト様にお仕えしておりました。キルト様がサリーシャ様にお会いになる際にも、よく同行しておりました」


「……そうか」


「はい」


その事からも、カルロが以前からウォーレン家でかなり重用されていたことが伺えるというものだ。


真に信用に足る人物とは……

口にしてはならないことは、たとえどんなことがあっても口にしない者のことを言うのだろう。


カルロは、ミトラ本人にすら『自分がそれを知っている』という秘密を喋らなかった。

そのことを微塵も感じさせないままに、ミトラや俺と接し続けたのだ。


その口の固さ。

『喋るな』と言われた秘密は本当に墓場まで持っていくというその姿勢こそが、貴族の護衛や付き人を務めるにあたって最も重要な要素なのだろう。


「引き続き……、ミトラにはお前がそれを知っているということは黙っていて欲しい。ミトラにとっては、今はまだその方がいいはずだ」


「承知いたしました」


「エルフ達への指導の件、改めてよろしく頼む」


「そちらも、承知いたしました」


カルロの腹の底は、未だにほとんど見えない。

知れば知るほどに底が深い男だった。


「ミトラの母は、サリーシャというのか」


「……はい」


ウォーレン家の当主(ジルベルト)に指示された職務とあればカルロはどんなことでも完璧にやり遂げる。

その点においても、この上なく頼りになる男だった。



→→→→→



その後、白い牙の面々はカルロと俺の指導により、凄まじい速さで商売に関する知識を習得していった。


やはりカルロは教え方が非常に巧い。

ただ、やはりエルフとの文化の違いについての理解はあまりなかったため、その辺りは俺とアマランシアとで良い塩梅の落としどころを話し合うようにしていた。


そうして白い牙のメンバー達は、数日もしないうちに行商広場での本格的な物品販売を開始するまでに至った。


夜には俺とカルロからの講義、昼には実践というスタイルで、エルフ達はその商売に関する実力をメキメキと伸ばして行ったのだった。


まだまだ全てが荒削りで、覚えることは山ほどもある。

だが……

こうして、俺の手がける新しい商売『エルフの行商人』は本格的なスタートを切って行ったのだった。

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