表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
283/316

28 魚人(上陸)

サウスミリアの港に近い浜辺にて、浜に打ち上げられた一人の人魚がもがいていた。


下半身をばたつかせ。

上半身で砂をかき。

全身砂まみれになりながらも懸命に這いずって海へと戻ろうとしている。


そんな人魚を、最初に発見したのは地元の船乗りたちだった。

だが、船乗りたちにとって浜辺の人魚は不吉なものだ。

そのため、船乗りたちは誰一人としてその人魚に近づこうとはしないままに30分ほどが経過していた。


そんな人魚にはじめに近づいていったのは、話を聞いて駆け付けた風体の悪いごろつき冒険者達だった。

四人のごろつきたちが「こりゃあ儲けものだ!」などと叫びながらその人魚に走り寄って行き、さっそく彼女を捕えようとしたのだった。


「や……、やめて……」


下半身は魚。

上半身は美しい娘。


顔や身体の具合から、人間でいうと二十代の半ばくらいだろうか?

下半身まで人間なら、街ですれ違ったらハッとして振り返りそうな美人だった。


「や……、や……」


その声はか細いながらも透き通るような音色で、非常に耳触りが良い。

人魚の声が人心を惑わせるというのもあながちただの迷信ではないということだろう。


左右から二の腕を掴まれ、引き起こされたその人魚は上半身に何一つ衣服を身につけていなかった。

それを見て、ごろつき達は顔を見合わせながら下卑た笑みを浮かべたのだった。


「うへへ、人魚のお嬢ちゃん。ちょっと一緒に来てくれねえか?」


「い……、や……。なん……で?」


「人魚は高値で売れるんだよ。お前さんにゃあ意味がわかんねーだろうけどな」

「噂じゃ、全然見てくれの良くない魚人の子供ですら一匹10万マナで売れたって話だからな」

「これだけ見てくれのいい人魚なら、軽く100万マナはいくんじゃねぇか?」

「これで俺らも、億万長者だ」


「……」


それを聞いていた人魚の目が、すぅぅっと細くなっていった。


「そう……、やっぱりそうなのね……」


「ん? この人魚、普通に言葉をしゃべれるのか? こりゃあさらに高値が付くぜ」

「でも、これだけの上玉をすぐに売っちまうのはもったいないかもなぁ」

「うへへ、それじゃあ売り払う前に俺らも少し楽しんで……」


「死ね……、全員死んでしまえっ!!」


「……あん?」


そんな人魚の怒声の直後。

海面からヌゥゥっと、一人の長身の魚人が姿を現した。


「おい、あっちにも魚人が……」


ごろつきたちの視線が一斉にそちらに向いた。


そのごろつき達の視線の先で、海面に姿を現した魚人……シュトゥルクが雷槍ボルドーを高々と掲げた。

そしてその次の瞬間、サウスミリアの晴天の空に雷電が渦を巻き、そこから無数の雷撃が海岸へと振り注いだのだった。


「ぎゃああああぁぁぁ」

「なんだこりゃぁぁぁぁぁぁ」


浜辺に雷撃が降り注ぐ中、打ち上げられたふりしていたシャリアートは一瞬にして海へ跳び戻った。

その直後に、海中から放たれた無数の水の矢が、雷撃で身体を痺れさせたごろつきたちへと容赦なく降り注いだのだった。



→→→→→



「あの女の言っていたことは、正しかったというわけか……」


雷槍ボルドーを手にしたシュトゥルクが、ポツリとそうつぶやいた。


「知っていることを、全て話してもらおうか?」


「隠せば殺す。嘘をついても殺す! 人間……、私の身体に触れた罪は重いわよ!」


そんな怒りに満ちた声を上げるシャリアートの身体は、小刻み震えていた。

一度人間に捕まり、奴隷として弄ばれる直前でシュトゥルクに助け出されたシャリアートにとって、こうして再び人間に捕まりかけることは当時の記憶を呼び覚ますことだった。


それでも……

我が子のため、なんとしてでもその情報を持つ人間をおびき寄せるためにシャリアートは身を挺すことを決意したのだった。


「さて……、話してもらおうか?」


人間たちは、息も絶え絶えになりながらそんなシュトゥルク達の問いかけに答えはじめた。


「何日か前に、キルケットの街で魚人の子供が奴隷として売られたんだ」


「ついた値段は一匹10万マナ。五匹で50万マナっていう大金だ」


「それで、俺達もここへ来て一山当てようとしてたってわけだ」


「ああ、確かに売られた子供は五匹だったって話だな……」


「売ったのはクドドリンという貴族で……、買ったのはアルバスという商人だ」


一通りの話を聞き終えた後。

怒り狂ったシャリアートの水の矢が、再び悲鳴を上げるごろつき冒険者達に降り注いだのだった。



→→→→→



「それで、どうする?」


シュトゥルクの背後には、いつの間にか黒い人影が現れていた。

おそらくはなんらかの魔術を使っているのだろうが……


「シュリョウ……、相変わらずの神出鬼没だな」


「『時空の魔石』というアイテムを使ってる。『空間転移』という真性魔術が付与されてる。ところで『首領』は私の名前じゃなくて『(かしら)』という意味なんだけどね」


「どうでもいい。……やはりキルケットか」


シュトゥルクが、無感情にそう答えた。

シュトゥルクは目の前の相手を信用していなかった。

だからあえて感情を伏せ、感情を読まれて付け込まれるのを避けようとしているのだ。


「なんだ。私の話、信じてなかったの?」


「突然出てきた見知らぬ人間の言葉を、丸々信じられるはずがないだろう」


「それは、その通りだね。でも、事実だっただろう。だからこれで一つ、私は君たちの信頼を得られたと思う」


『信用』を語るその言葉は、どこか軽い。

やはり信用ならない相手だ。と、シュトゥルクは思った。


「……」


「ついでに忠告だ。無策でキルケットを攻めるのはよした方がいい。商人アルバスのところにたどり着く前に……殺されてしまう」


「シュトゥルクと雷槍ボルドーの力があれば、どんな敵にだって勝てるわ! さぁシュトゥルク! 今すぐにキルケットへ……」


「キルケットの自警団はそこそこに強力だ。それに、今のキルケットにはあの男もいる……。元『燈火の聖騎士』のあの男もね」


「……バージェス?」


シュトゥルクの言葉に、黒衣の女が頷いた。

感情を押し殺していたシュトゥルクの声に、わずかばかりの動揺が感じられた。


シュトゥルクの脳裏に浮かんだのは……

周辺の浅瀬を蒸発させ、海中の魚人達を一瞬にして焼き尽くすほどの強大な火炎を操る一人の人間の姿だった。


「手助けをしてやりたいのは山々。なんだけど……、実は我々もつい最近奴らとやり合って酷い有様なんだ……」


「……」


「そこで、一つ提案なんだけど……。君たちのどちらかがあえて奴隷として捕まり、キルケットの奥深くまで侵入して騒ぎを起こし……、その隙にもう一人が子供達を助け出すというのはどうだろうか?」


「騒ぎを起こす方は……」


「ああ、もちろんただじゃあ済まないだろうね」


「そんな馬鹿げた作戦は嫌よ!」


「お前の、その『時空の魔石』は使えないのか? 海上にて、一瞬で目視できる範囲から消えたのだから、かなりの長距離の移動が可能なのだろう?」


全く興味がなさそうでいたシュトゥルクは、首領の話や行動からその能力をかなりのところで把握していた。


「そうだね。もし、君が私の望みを叶えてくれたら……これを使って助けに行くよ」


「……望み?」


「商人アルバスの三人の護衛のうち、誰か一人を殺してきて欲しい」


「……それが、お前が俺たちに手を貸そうとしている本当の目的か?」


黒衣の女が、再びニヤリと笑った。


「これは、交渉だ。この私に『雷帝シュトゥルク』の力を見せてほしい。それができないような男なら、私の『黒い翼』にはいらない。私にだって、仲間にする者を選ぶ権利くらいはあるだろ?」


「……」


『味方に引き入れたいから、手を貸す』


初めに会った時はそう言っていたはずだった。

だが、いつの間にか……


『手を貸してほしければ、味方にしたいと思うだけの力を見せてみろ』


女の提示する条件が、そのように変化していた。

人間がよく使う手だな。と、シュトゥルクは思った。


「さぁ……どうする? やってくれるんなら、今後も色々な支援を惜しまないよ」


鋭く射抜くようなシュトゥルクの視線を意に介さずに、黒衣の女が楽しげにそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 子どもたちが陸に上がることを唆したり、たまたま奴隷に売り飛ばすヤツに出会したのも、シュリョウの手引きかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ