27 約束を違えたことは?
黙り込んでいるミトラに対して、カリーナはあえて根掘り葉掘り聞くことはせず、ミトラの身体の色々な部分に触れることでミトラの体調を調べていた。
その結果によると。
すでに、子を成してから二~三か月目くらいに入っているだろうとのことだった。
タイミング的にはたぶん、バージェスたちの闘技大会の直前くらいだ。
実はそれは、俺がうっすらとやらかした覚えのある時期と一致していた。
「ですが、まだ油断のできない時期です。今しばらくは体調のすぐれない日が続くかとは思いますが、安静にしつつ、ミトラ様の過ごしたいように過ごされるのが良いと思います」
そう言ってカリーナはミトラを気遣っていた。
そしてそれを聞いたシュメリアは、緊張で拳を握りしめながら精一杯の声を張り上げた。
「ミトラ様がやれないことは、全て私が代わりにやります。だから、ミトラ様は安心してご自分のお身体を労ってください。きっときっと、私が全部ちゃんとしますから!」
どうやらシュメリアは、ミトラの妊娠の事実にミトラ以上に気が昂ってしてしまっているようだった。
そんな二人に対し、ミトラはただただ静かに頷くだけなのだった。
「ミトラ様のことも、お子様のお世話も、何もかも全て私がきちんとします。だから、ミトラ様はミトラ様のことだけを考えていてください」
そう言って、シュメリアはミトラの手を握った。
シュメリアは、今のミトラの気持ちの落ち込みの原因を、視覚がないことによる子育てへの不安だと受け取ったのだろう。
それに対しても、やはりミトラは静かに頷くだけなのだった。
「ありがとうカリーナ。突然呼び出してしまってすまなかったな」
「いえ、これは私の本来の職分です。恩人のお二人にこういう形で恩を返せるのは、私にとっては非常に喜ばしいことですよ」
そう言って、カリーナは今後定期的にこの屋敷を訪れることを告げ、リルコット治療院へと帰って行った。
→→→→→
そして、カリーナが帰った後のミトラの寝室にて。
シュメリアを下がらせ、俺は再びミトラと二人きりで向かい合っていた。
「もし、このお腹の子がエルフの身体特徴を持って生まれてしまったら……」
カリーナの検診によって妊娠の事実が確定したことで、ミトラの懸念は「よくわからないけれど不安なもの」からより具体的な形となっていた。
そしてミトラはポツリポツリとその不安な胸の内を語り始めたのだった。
「そうなれば、私は私の子に……、この世の絶望を見せることになります」
「俺はミトラとは違うから……、そのミトラの心の不安を完全に理解することは出来ない」
「ええ……、そうでしょう」
俺にはミトラの絶望を知る事はできない。
俺はこの国の支配者層『人間』として、生まれてこの方何不自由なく自由な行動を謳歌してきた。
だから、ミトラの心を『わかる』などと、軽々しく口にすることはどうしてもできなかった。
「それでも。ミトラの夫として……やれる限りのことはやるつもりだ」
「……」
ならばもう、次に俺がすることは決まりきっていた。
ミトラの気持ちを理解出来なくても……
たとえ真の意味でミトラに寄り添うようなことが出来なくても……
それでも……
「ミトラがハーフエルフであることは変えられない。たが、それの意味するところならば、俺にも変えることができるかもしれない」
「……?」
俺の言葉の意味がわからなかったようで、ミトラが少し眉を顰めた。
「俺がこの街にエルフの居場所を作る。ミトラと……、生まれてくる子供が隠れることなくこの街で暮らせるように。俺が、この街を変える」
そこでようやく、ミトラが顔を上げた。
だが再び俯き、首を左右に振ったのだった。
「そんなこと、出来るはずがありません。この街に、一体どれだけの人がいるとお思いですか?」
「……ちょうど一年くらい前かな」
「?」
「俺たちが結婚する直前。ミトラは俺に『何気なく口にしたことまで、本当にきちんと実行してしまうのですね』と、そう言っていたよな」
「……」
俺は、ミトラに近づいていってその身体を抱き寄せた。
「そんな俺が『やる』と言ったら、なにがあろうと必ずやり遂げる。いままでだって、そうだっただろう?」
「……本気なのですか?」
「ああ。今まで俺が約束を違えたことがあったか?」
「そうですね。細かいことならばたくさん……。『帰る』と言っていた日に帰らなかったりとか……」
「うっ……。それは、すまん」
言われてみればそうだった。
「でも……」
そう言ったミトラの細い腕が、ゆっくりと俺の背に回された。
「私が本当に大切だと思ったことは、いつも必ず守ってくださっていました」
そうして回されたミトラの手に、少しだけ力がこもる。
「本当に。信じて……、期待を寄せてしまって良いのですか?」
再び、身体を離して再び向かい合った。
「問題ない。大船に乗ったつもりでいろ」
「……はい」
ミトラが、眼帯の結び目をシュルリと解いた。
はらりと落ちた眼帯の向こう側で、濡れたミトラの翡翠色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
→→→→→
翌朝、俺は郊外の林の中で、いつものようにアマランシア達『白い牙』の面々の前に立っていた。
「マージンは5%でいい。ここからさらに120%の全力で取りかかるぞ!」
ミトラのためにも……
アマランシア達のためにも……
この街を変える。
俺の持っている物をすべて使い、変なプライドなどは全てかなぐり捨てて全力でそれを成し遂げる。
これは、俺の次なる挑戦だった。
「今日の恩人さん、やけに気合い入ってるね」
「色々あるんでしょう。私達の目的にとっても、アルバスさんに気合いが入るのは悪くない話でしょ?」
「あんまり厳しいのは嫌だなぁ……」
フウリとシオンがそんな話をして、その隣でアマランシアが微笑んでいた。




