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25 大馬鹿者

翌朝の朝食。

ミトラは再び、体調不良を理由に部屋から出てこなかった。


「シュメリア、朝食後に少し時間をもらってもいいか?」


朝食が終わる頃、俺はそういってシュメリアを呼び止めた。

劇場の公演スケジュールを確認したところ、本日シュメリアは非番のようだ。


「申し訳ありません旦那様。この後はミトラ様のところへ行くことになっていますので……」


「……そうか」


「お昼の後でしたら、少し時間が取れるかと思います」


「わかった、頼む」


シュメリアも、ミトラの付き人としてなかなかに忙しいみたいだ。

ミトラの体調がすぐれないとなれば、余計にそうなのだろう。



→→→→→



そしてその日の午後。

俺はシュメリアを伴って街の広場脇の飲み物の店へと出向いていた。


ここは、甘味と果物の果汁を混ぜ合わせた『果物の香りのする甘い飲み物』を提供している店だ。


俺が『モーモー焼き』だの『コドリスの香草焼き』だのを売り始めてからというもの、この街には食べ物に関する店の種類が一気に増えた気がする。


主に(マナ)に余裕のある街人にむけた商売のようだが、最近は噂を聞きつけた冒険者なんかもたまにそういった店を利用しているようだった。



店内にはいくつかの席が設けられており、若者が多く周囲の話し声がかなりうるさい店だ。

そんな風なので、あまり聴かれたくない話をするのには逆にちょうど良さそうな場所だった。


「申し訳ありません。私には、そういうのはわかりません」


俺がミトラの体調不良と妊娠している可能性について尋ねると、シュメリアはそういって首を横に振った。


「その、そもそも男性の方とそういうことをしたこともありませんので……。身体を見せるの、怖いですし……」


「いや、悪かった」


やましいことはないとは言え。

成人前の娘になかなか際どいことを聞いてしまった。


「いいえ。ただ……」


「ただ?」


「私は、たぶん違うと思います。本当にそうなら、ミトラ様はもっとお喜びになるかと思います。今のミトラ様は、体調がすぐれないという事に加えて、どうも気持ちが沈んでしまっているように見えますから」


「……」


「なぜか、は……わかりません。これだけお側にいさせていただいているのに……全然わからないんです」


そう言って、シュメリアは俯き加減になって悔しそうに唇を噛んだのだった。


妊娠による体調の変化ならばともかく。

ミトラの気持ちが、沈んでいる?


「そう……か」


そこで、ハッとした。

俺は、とんでもない思い違いをしていた。


俺には、アルカナの娘である『プリン』という義理の娘がいる。

ただ、ここは言い方が難しい部分ではあるが……

自分の血を継いだ子供となると、また少しだけ意味合いが変わってくる。


つまりは、カルロから『子供ができたかもしれない』という話を聞いて、俺は舞い上がっていたのだ。


ほんの数年前までは、自分が子を持ち、育てるという未来など想像もしていなかったのだが……

財力と生活の基盤を得て、今では十分にそれが可能となった。

だから、ただただ嬉しかった。


そして俺は……

そのまま、自分の感情だけに目を向けてしまっていた。


ミトラは……

もし、本当にミトラのお腹に俺たちの子供がいるのだとすれば……


「そうか……、きっとミトラは……」


ミトラは、そのことに対して俺とは真逆の感想を抱くはずだった。

ミトラはきっと、そのことに恐怖しているのだろう。


ミトラはハーフエルフとして、エルフの特徴である翡翠色の瞳を隠しながら生きている。


だから、もしその子供にもミトラと同じようなエルフの特徴が現れたとすれば……

その子供がこの国で生きることは、とてつもなく困難なものになるのは間違いなかった。


ミトラが自分の子供を持つということは……

その子供にも、自分(ミトラ)と同じように身を隠しながら生きなくてはならない人生を歩ませるかもしれないということなのだった。


そのことが明るみに出れば、他の人間達に何をされるかわからない。

お屋敷の玄関ホールで檻の中に囚われている魚人族の子供達の姿は……

もしかしたら俺たちの子供の未来の姿なのかもしれないのだ。


「くそっ……」


俺は、大馬鹿者だ。

俺は、自分の考えの至らなさ加減に心底嫌気がさしていた。

欲望と快楽のままにミトラを抱き、その結果について深く考えてはいなかった。


ただ、ミトラが望んでいないようだったから。

子供ができないようにと多少の気を遣っていたにすぎなかった。


だからこそ、綻びが起きた。

俺は、全くもってミトラの気持ちに寄り添えてはいなかったのだ。


ミトラはきっと、そんな俺に腹を立てているのだろう。


「……旦那様?」


黙り込んでしまった俺を、シュメリアが心配そうに覗き込んできた。


「悪いシュメリア。少し思うところがあってな……」


もし今、ミトラが俺の不手際を恨み、そして不安に押しつぶされそうになっているとするのならば……


それならば、俺のやることは決まっていた。


ミトラと、きちんと話す。

そして、もし本当にミトラが子を宿しているというのならば……

俺は、ミトラとその子供のためならば何でもするつもりだった。



→→→→→



「あれ、アルバス。こんなところで何やってんだ?」


そのまましばらくシュメリアと二人で飲み物を飲んでいたら、突然後ろから声をかけられた。


「うおっ! クラリス……」


「クラリス様」


そこにいたのは、クラリスとバージェスだった。


「アルバス……。シュメリアと、二人きりなのか……?」


心なしか、クラリスの目が怖い。


「ええと、クラリス様。これは違うんです。その……、アルバス様に呼ばれて、それでその……だから二人で……」


シュメリア。

何で焦っているのかはよくわからないけど、その発言は誤解を深める気がするぞ。


「ここ最近のミトラの様子が少し変に思えたからな。でも、なかなか本人にはうまく聞けずじまいだったから、こうしてシュメリアから話を聞いてみていたんだ」


全くもって確証がない以上、子供云々の話はまだ俺の心の内にとどめておくべきだろう。


「私、飲み物を買ってきますね。旦那様達はここで待っていてください!」


そう言って、クラリスとバージェスからリクエストを聞き取ったシュメリアはそそくさとその場を離れていった。

……逃げたのか?


「ふぅん。確かに、姉さんはここのところ少し体調が悪そうだったけどさ……」


クラリスは、先ほどの俺の答えにかなり不満げだった。

まるで、ミトラの体調不良の原因が俺なのではないかと疑っているような視線だ。


俺の予想が正しければ、まぁ確かにその通りなんだけど……

クラリスの思っていることとは違う。


「俺は、そんなに節操のない奴だと思われているのか?」


「いやほら、ロロイの件とかの前科があるし……」


「……」


それを言われるとちょっと弱いけど、流石にシュメリアには手を出さない。

俺やミトラとの関係性から考えても、そこは一番手を出してはいけない相手だろう。


それこそ俺の立場を利用して、(マナ)に物を言わせて相手(シュメリア)の弱みにつけ込むような話になる。

それに、その後のミトラとシュメリアの関係は色々と複雑なことになってしまう。


だから、俺は断じてそんなことはしない。


さらに言えば、シュメリアは成人前の娘だ。


「それよりバージェスこそ、こんなこところで油を売っていていいのか? 自警団の活動もあるんだろう?」


無理矢理に話題を変える意味もあって、俺はバージェスに声をかけることにした。


「今日は西部地区の受け持ちでな。そこの団長から休暇をもらったんだ。その……たまにはクラリスとどこか出かけようと思ってな」


バージェスが俺から視線を外し、少し言いづらそうにしながらそう言った。

そんなバージェスの後ろでは、クラリスがニヤニヤしている。


数日前、クラリスは『喧嘩中』などと言っていたと思う。

だからこれで、バージェスがクラリスの機嫌を取ろうとしているのだろう。

クラリスのニヤつき具合からして、バージェスの作戦は大成功と言ったところだろう。


……仲の良いことだ。


こっちはこっちで順調に愛を育んでいらっしゃるようだった。


「西武地区自警団の団長って……」


「ああ、ガンドラ爺さんの息子のガンツだ。以前からの顔馴染みなのもあって申し訳ないくらいの待遇をしてもらってる」


そんなガンツは、かつてバージェスがこの街を拠点にして『キューピッド・バージェス』などと呼ばれていた頃の弟子の一人だった。

そしてガンツの妻のオレットもバージェスのかつての弟子だ。


バージェスパーティーにおけるパーティー内恋愛から結ばれた二人だということで、『キューピッド・バージェス』というバージェスのあだ名の所以ともなっているようだった。


「俺はただの一団員に過ぎないってのに、ガンツとオレットが俺を妙な具合に立てるもんだからな。他の団員達からも変に持ち上げられて困ってるところだ」


「普通に考えれば、持ち上げられて当然だろう」


元聖騎士だという話は伏せているにしても……

先のキルケット闘技大会の優勝者で、今やキルケットでも知らぬ者のいない凄腕冒険者だ。

しかも、西部地区自警団にとっては団長夫妻の剣の師匠という話もあって、この地区の自警団員達はバージェスのことはより身近に感じていることだろう。


「バージェスさん、クラリス様。オーレの実のジュースと、パパイの実のジュースを買ってきましたよ」


そこで、途中から飲み物を買いに行ってくれていたシュメリアが戻ってきた。


「あと、ミトラ様に持って帰る分も……」


「悪いなシュメリア」


「いえ、大丈夫です」


シュメリアから飲み物を受け取ったバージェス達は、席を探してキョロキョロと辺りを見回し始めた。

いつの間にか、店内はかなり混雑している。


「俺たちのこの席を譲るよ」


俺は席を立ち、先程まで俺とシュメリアが使っていた席をバージェスとクラリスに譲ることにした。


「姉さんによろしくな」


「明後日はまた少し時間ができるから、お屋敷の方にも顔を出すぜ。……例の魚人達のことも気になるしな」


「クラリスから聞いてるかも知らないけど。とりあえず、飯は食ってくれるようになった。相変わらず檻を開けると暴れられるけどな」


「そっか、なかなかうまくいかないな」


「まぁな。でも少しずつ警戒を解いてくれてる気がするから、もう一歩かな」


「そうか」


「ああ。それじゃ、二人ともまたな」


二人に手を振って別れを告げ、シュメリアと共に帰途に着いた。

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