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23 人魚の伝承

昼食の後。

俺は屋敷内でシュメリアを探し歩いたが、なかなか見つからなかった。

ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまったシュメリアは、部屋にも食堂にも調理場にも劇場にもいなかった。


「となると、あとは……」


こういう時は、まず間違いなくミトラの部屋だろう。

むしろ、そこを最初に探すべきだった。


「ミトラ。ここにシュメリアはいるか? 少し話をしたいんだが……」


「えっ!? きゃぁぁっ!」


俺が扉を開けた瞬間、シュメリアの悲鳴と共にその白い肌が目に飛び込んできたのだった。

なぜかミトラの部屋には、半脱ぎのシュメリアが突っ立っていた。


「な、何をしてるんだ?」


俺はなるべく平静を装いつつ、シュメリアの横で椅子に座っているミトラに問いかけた。


「だだだだだ、旦那様! みみ、見ましたかっ!?」


シュメリアは今まで見たこともないほどの素早さで部屋の隅まで逃げいていき、そこでうずくまっている。


「いや、何も見てないから安心しろ」


肌は見たが、肝心な場所は見ていない。


「……」


「部屋の外にいるから、ちゃんと服を着たらまた呼んでくれ」


冷静にそんな感じで声をかけた。

ここで俺まで慌ててしまったら、なんか相当気まずい感じになってしまう。


「シュメリア。その……悪かった」


「本当に何も見ていないなら……大丈夫です」


シュメリアからの若干怯えた視線(?)を背に受けながら、俺はそそくさと部屋を出た。


今のは、ミトラの部屋だからとノックもせずに入った俺が悪い。

そう、完全に俺が悪い。


後で話を聞いたら。

ミトラがシュメリアくらいの頃に来ていたお古のドレスを、シュメリアに着させていたとのことだった。

少し前にシュメリアがミトラの服の生地を褒めて、それならばとミトラは同じ類の生地が使われた昔の服を色々と引っ張り出してきたらしい。


ぱっと見十年近く前のものにしてはかなり綺麗だ。

よほど保存の状態が良かったのか、もしくはミトラがじシュメリアのために錬金術で色々と手直しをしたのだろう。


この二人は『雇い主』と『雇われの付き人』という間柄を遥かに超えて仲がいい。

本当に、四六時中一緒にいる。


ミトラにとってクラリスは、クラリスが物心もつかない幼少期から面倒を見て母親代わりをしていたのだから、まさに娘のような存在だろう。

それに対して、シュメリアは本当に姉妹のような存在になっているのかもしれなかった。



→→→→→



しばらくしてシュメリアから『入って大丈夫です』と言われ、俺は再び室内に入った。


「ええと、実はシュメリアに聞きたいことがあって来たんだ」


シュメリアの恨めしそうな視線と、ミトラの無言の圧力を受けながらもとりあえずは要件を切り出すことにした。


「その前に、アルバス様。いかに妻の部屋とはいえ、ノックもなしにいきなり入るのはどうかと思いますよ」


「うっ……、すまなかった。以後気をつける」


「わかっていただければ結構です」


シュメリアは、俺に向かってそんなことは言えないだろう。

だから代わりにミトラが言ったというところだろう。


本当に仲がいいなと思いつつ、そんなシュメリアに向けて大きな隠し事をしているミトラの心中を思い、少しだけ複雑な気持ちになってしまった。


「それで、お話というのはなんでしょうか?」


俺とミトラの沈黙をどう捉えたのはわからないが、耐えかねたようにシュメリアがそう聞いてきた。


「ああ、例の魚人達のことだ。シュメリアは確か、サウスミリアの出身だったよな?」


「そうですが……、いたのは七つか八つくらいまでで、実はあまり覚えてないんです」


「なら、わかる範囲でいい。あちらでは、付近に魚人の集落があったりするのか?」


「たまに、そういう話を耳にすることはありました。ただ、陸地で魚人の話をするのは、サウスミリアの船乗りの間では縁起が悪いこととされていたようなので……」


「そうなのか?」


「はい。なんでも『人魚に魅入られる』とか……」


「中央大陸の方では聞かなかった話だな」


「サウスミリアには、昔から言われている『人魚伝説』というのがあるんです」


シュメリアによると。

陸地で魚人の話をすると、その話を聞きつけた人魚がやってきて、その人間を攫って行ってしまうというのだ。


「攫っていってどうするんだ?」


「夫や妻にするらしいです」


魚人の容姿は人に近いものから魚に近いものまで様々だ。

そしてなぜか、比較的上半身の形質が近い者同士でつがいになることが多いのだと、どこかで聞いた覚えがあった。


そうなると、上半身が人間とほぼ同じで、下半身にだけ魚人の特徴があるいわゆる『人魚』にとっては、つがいとなる相手の対象に人間も含まれてしまうということなのだろう。


また、その伝説によると、攫われた人間はきっかり十年後に同じ場所に戻ってきて、再び何事もなかったかのようにサウスミリアで暮らし始めるのだという話だった。

どうやら、一種の神隠しのような扱いのようだ。


「そうなると、浜辺よりも海の上の方が危ないんじゃないか?」


「それは問題ないらしいです。伝説によると、沖にいるのは子育て中の魚人で、沿岸部にいるのがつがい(・・・)を探している魚人なんだとか……」


伝説というのは、一部事実に基づいていることがある。

発情の時期の魚人が岸に集まって相手を探すという話は、俺も以前何処かで聞いた覚えがあった。


魚人の子育てに関するシュメリアのその話がほぼ事実だとすると……

魚人の子供達の親を探すには、海岸沿いではなく、海に出て沖を探さなくてはならないということだろう。


「あちらでは、時たま魚人と結婚した人間の話というのを聞くことがありましたが、攫われたりなどはしなかったようです」


シュメリアによると、第三次魚人戦争の勃発前にはそういう夫婦がたまにいたらしいという話だった。


「私が知っている魚人に関する話は、この程度です。暮らしていた時期が幼少期だったせいで、あちらの地理などは全然覚えていないんです。大した話ができずにすみません」


「いや、かなり参考になった。ありがとう。また何かあったら話を聞かせてくれ」


「はい」


再び世間話を始めたミトラとシュメリアを置いて、俺はミトラの部屋を出た。


サウスミリアまでは、片道で三日ほどかかる。

つまりは往復で六日だ。


その上、船を出してくれる船乗りを探し、沖に出て、さらには広大な海の上を探し回るとなると、とんでもない日数を見込まなくてはならないだろう。


あの子供たちを、適当な場所で海に放り出すというのも一つの手なんだが……

海獣に襲われるなどしてそのまま野垂れ死ぬ可能性を考えると、なかなかその決断はできなかった。


やはり、せめて意思の疎通くらいは図れないと色々とキツい。

勢いでクドドリン卿から買い取ってしまった魚人の子供達だが、これはこれでなかなかに頭の痛い案件となっていた。

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