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21 人間の形質

戦場へと旅立つ前、バージェスは皇国上層部の貴族達とある約束を交わしていた。


『奴隷制をなくす』


そもそもの開戦の発端となったその忌まわしき制度をなきものにするというのが、バージェスが出立前に貴族達に出した条件だった。


「でも、今現在も奴隷制はなくなってはいないですね」


シオンが、そう呟いた。


「まぁな。ただの、俺の不手際だ」


『そもそも公式には存在しない制度なのだから、無くすもなにもない』


それが、終戦後に皇都に戻ったバージェスに対して皇国貴族の口から出た言葉だったそうだ。


出陣や特攻作戦の実施の際には色々と耳あたりの良いことを言ってバージェスを焚き付けた皇国上層部の貴族達だったが……

熱さが喉元を過ぎた後に飛び出したのはそんな対応だったのだ。


バージェスは、その時のことはもはやよく覚えていないらしい。

我を忘れるほどの怒りのままに貴族達に楯突いたバージェスは……

戦争終結後、瞬く間にその立場を追われたのだった。


「結果だけ見れば、ノルン大帝国の頃とやり口はあまり変わっていないようですね」


アマランシアが、呆れたようにそう呟いていた。


「頭がすげ変わっても、結局は同じことの繰り返しというわけですね……」


シオンもそう言ってそれに同調した。


「アマランシア、考えが変わったか?」


「いいえ、そういう人間がいるというのはわかった上のことですから。……そうじゃない人間もいることを、私たちは知っています。それに、やはり『力押し』では勝てませんよ」


バージェスの後任の聖騎士はすで選出されていて、その部隊は各地で監視の目を光らせている。

中央騎士団も再び屈強な人員を取り揃え、今や雷電魔龍襲来前に匹敵するほどの戦力を整えている。

ライアンの後任の勇者についての話は聞かないが、さすがに二年近くも行方不明ではそろそろ後任が決まっていてもおかしくない。


もしアマランシア達エルフ族が武力蜂起に出れば……

それを鎮圧するため、彼はこの地へとやってくるだろう。

そして、かつてのバージェスのように命をかけてアマランシア達を殲滅するのだろう。


「それにもし……」


アマランシアが、小さくそう呟き、話を続けた。


「もし、その戦争で魚人族が勝利していたとしたら、今の人間と魚人の立場は逆転していたかもしれません。エルフ族との戦争もまた然りです。勝利者となったエルフ族や魚人族が、人間を奴隷のように扱うという未来も……場合によっては十分にあり得たと思っています。そういう意味でも、奴隷制度はそう簡単には無くならないでしょう」


アマランシアの言う通り、それはあり得ない話ではなかった。

今はたまたま人間が最も強い戦力を持っていたから、このような状況にあるというだけの話だ。

そんな立場などは、少しのボタンのかけ違いで簡単に入れ変わる。


「力に頼ったやり方だけでは、同じことの繰り返しだと。そう思っています。それは、過去の歴史が物語っていますから」


「それはそうだが……」


大商人グリルなどの伝説に唄われる、遥かなる過去の時代。

そんな初代王誕生以前の歴史の世界では、様々な種族が入り乱れ、多数の国家や領地が乱立して互いに戦争や併合を繰り返していたと言い伝えられている。


それに、人間は同じ人間ですらも『(マナ)がない』『立場が弱い』といった理由で奴隷として扱う事がある。

それは、もはや人間の(さが)ともいえるようなものであった。


「少し話はそれますが…… 。かつて、神々が最初に作り出したという六つの種族の中に『人間』という種族は存在しなかったそうですよ」


「白魔術師ギルドの聖典とは、だいぶ話が違うな」


もはやそれは神話の話だ。

誰も見たことがないし、どうせ後から誰かが都合よく作った物語が原型なのだから、正解も不正解もないだろうが……


「はい。人間の歴史書では『人間は神が作った最初の種族だ』とされているそうですが、エルフ族に伝わる話ではそうではありません。我々の歴史では、異なる種族の系統や血がばらばらに混ざりあった結果の混血種が『人間』という種族なのだと言われています」


アマランシアが言うその話の根拠は……

他の種族においてはある程度統一されている髪色や肌色などの身体的特徴が、人間だけは全くもって統一されていないということだった。


「……」


確かに、バージェスと俺の髪の色は違う。

アルカナも、ロロイも違う。

体格も身長も様々だ。

俺達にとっては、同じ人間同士でもその程度見た目が異なることは当たり前のことだった。


俺は、それでもそんな『人間』というものが単一の種族であると思っていたのだが……

よくよく考えてみると、一つの種族でそんなにばらばらの形質が身体に現れるなどというのはなかなかおかしな話だった。


エルフ族の髪色は、銀色だ。そして瞳の色は翡翠色だ。

耳はとがっていて、肌の色は透き通るように白い。


魚人族の肌の色は薄い青色で、身体の各所に魚類や海獣の特徴を有している。


では、人間の髪色は……?

人間の瞳や肌の色は……?


その答えとしては『そこに定まった形質は存在しない』という事になる。

『エルフの特徴』がなく(・・)、『獣人の特徴』がなく(・・)、『魚人の特徴』がない(・・)種族。

それが『人間』と呼ばれる種族の持つ身体的な特徴なのだった。


アマランシアの言う、様々な形質をもった他種族を取り込み、血を混ぜ込み続けた結果が今の『人間』と呼ばれる種族であるという話は、確かに現実味を帯びた話であった。


「私はそんな人間が嫌いではありません。血を混ぜたいとか、同化したいとまでは思っていません。ただ、そんな多様な血が混ざった人間という種族が作り出すこの街に、私達エルフの居場所があってもいいのではないかと。そう思っているだけのことです」


だからこそアマランシア達は、俺にその手伝いをしてほしいという事を申し出てきているのだった。


「ただ、話を戻しますと……。魚人戦争以来、中央大陸では魚人奴隷の割合が少しずつ増えていたのは確かですね」


「……ちっ」


思わず出たバージェスの舌打ちには、さまざまな思いが込められているのだろう。

奴隷制度に対して物を申そうとしていたバージェスの思いとは裏腹に、直近で起きた戦争とその勝利によって魚人の奴隷化はより一層進んでしまっていたのだった。


「そうだな。かなり話が逸れたが、まずは彼ら魚人の子供達と多少なりとも意思の疎通を図る必要があるだろうな」


さしあたっての一番の課題はそこだ。


そしてそれについては、食事の提供などを通じて徐々に魚人たちの警戒心を解き、近いうちに彼らをサウスミリアに送り届ける。という方針でまとまった。

というか、それ以外にもはややりようがない。


「ところで、俺はサウスミリアには行ったことがないんだが、付近に魚人の集落や隠れ里なんかがあったりするのか?」


「俺もサウスミリアは行ったことがねぇな」


「私は一度だけ行ったことがあります。ただ、三日ほど滞在しただけなので、あまり詳しい話は分かりませんね。かの地には、いくつか魚人に関する伝承などはあったようですが……」


アマランシアが聞いた伝承によると、魚人は家族単位で生活をしていることが多く、エルフの隠れ里のように共同生活を送るような集合体は存在しないらしかった。


「うーむ」


クドドリン卿は、この魚人たちを『サウスミリアで捕らえてきた』と言っていた。

だから、その付近が彼らの故郷であることは間違いないはずなのだが……

できれば土地勘のある人間を連れて行って、そういう噂のある場所や、そういったことに詳しい人物を中心に当たりたかった。


「サウミリア出身の者というと、確かシュメリアがそうだったな。早速この後話を聞いてみることにする」


とりあえずはそういうことになり、この場はいったんお開きとなった。



→→→→→



アマランシア達が自室へと去り、食堂には俺とバージェスだけが取り残されていた。


「そういえばバージェス。今の話、クラリスは知っているのか?」


「ん? ああ、一応はもう話してある」


ああいう重要な話をするのに、クラリスに玄関ホールで魚人の子供達を見させたままでよかったのかと心配になったのだが……

そういうことなら問題ないだろう。


「クラリスなら、その皇国の上流貴族連中相手にめちゃくちゃ怒り出しそうだな」


もしその場にクラリスがいたら、バージェスと一緒になって貴族たちに殴りかかっていそうだ。


「ああ……。そのあたりの話を聞いて……あいつ、なんか落ち込んでたな」


「?」


「あの時な、俺がブチギレて目の前の貴族を一人ぶん殴った後。俺の護衛隊の三人が俺を止めたんだ。身体を張って前に飛び出してな。もし、あそこで止められていなかったら……、たぶん俺は貴族を一人か二人ぶち殺してた」


「……」


もし、そこで皇国の上流貴族に死人を出してしまったりしていたら……

バージェスは今頃こんなところで冒険者などしていられなかっただろう。

たとえバージェスが戦争の英雄だったとしても、反逆罪での死罪は免れなかったところだろう。


ぶん殴っただけに留められたからこそ、バージェスはその立場を追われる程度の処罰で済んだのだ。


バージェスを止めたその三人の部下たちも、それぞれに煮え切らない思いを抱えていたことだろう。


激戦を潜り抜け。

親しい仲間を何人も失い。

その先にあったのは『命を預けた上官が交わした約束の反故』という貴族からの裏切りだった。


だが、そんな気持ちを全て押さえつけ、彼らはその場でできる最善の行動をとった。

バージェスのために、バージェスを止めたのだ。


もしその場にクラリスがいたら、バージェスと一緒になって貴族に殴りかかった事だろう。

クラリス自身も自分がそういう性格だという事を自覚している。


だからこそクラリスは、自分には絶対できないであろう行動をとって、結果的にバージェスを救ったその三人と自分を比較して落ち込んでしまったのだろう。


「もしもあの場にお前がいたら、なんかうまい方法を考えてくれてたかもしれないんだけどな」


「俺が、か?」


「ああ、お前だ。それ以外に誰がいる」


バージェスにそう言われて、少し考えてしまった。


俺なら、どうしたかな?


ライアンたちはよく、所かまわず暴れまわっていたが……

戦闘力ゼロの俺には、基本的にはどうすることもできなかったから放置していた。


俺はそういう時にはただの役立たずだ。


もし今、そういう場面に出くわしたら?

何か上手い立ち回り方を考えられただろうか?

もしくは……全く違ったアプローチでバージェスを止めようとしていただろうか?

バージェスが激高しないよう、バージェスの望みを叶えるための方法を考え出すことが出来たのだろうか?


その時のバージェスの望みは、奴隷制度を無くすこと。

バージェスはその約束を反故にされたからこそ怒っていたのだ。

だからきっと、その時のバージェスを止めるために必要なのは……


「ああ、そうか……」


思わず、そんな声が出た。


「だから、あんたは……」


「ああ、そうだよ」


バージェスが、その岩のような拳で俺の胸を軽く叩いてきた。


「目の前の敵をぶちのめすしか脳のない俺からすれば、それ以外の方法で次々と望みを叶えていく『商人アルバス』ってやつは、とんでもねぇ化け物なんだよ」


「化け物……か」


「『商人アルバス』は……、俺なんかには絶対に行きつけない領域にいる。俺にはどうあがいてもできないことを、平然とした顔でやってのける。そんなお前を、俺は本気で買ってるんだぜ」


「今までだって。なにをやるのも、まったく簡単じゃなかったけどな」


今やろうとしていることも、まだまだやり始めたばかりだ。

どこまで行きつけるかは、正直言って全くわからない。

ここから、さらなるいくつもの困難が待ち受けているはずだった。


「お前は、人と違う場所を見ている。だから、人とは違う事をやってのけるんだ。あの時だって……。いつだって、な」


ひとしきりそんな話をした後、バージェスは自分の家へと帰って行った。


バージェスもまた、今の俺の動きとその先にあるものに期待を寄せている一人だという事だった。

本当に……元聖騎士様が、俺みたいな一介の商人をえらく高く買ったもんだ。

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