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19 バージェスと魚人

「こりゃあ、いったいなんの騒ぎだ?」


大通りで奴隷売買の商談などしていたからだろう。

騒ぎを聞きつけて自警団が見回りに来たようだった。


本日はたまたま南部地区にいたバージェスが、自警団とともに小走りになって駆け寄ってきた。


「こいつらは……魚人か?」


バージェスは荷馬車の上の鉄の檻に入れられている魚人達を見て、あからさまに顔を歪めていた。


確かバージェスは、魚人戦争の終戦後に魚人達の奴隷化に反対したことで聖騎士の立場を追われたのだと聞いている。

この光景は、バージェスにとっても許容できないものなのだろう。


「訳あって、しばらく彼らの面倒を見ることになった。……詳しい事情は後で説明する」


「アルバス様は……アルバス様ですよ」


アマランシアが軽くフォローを入れてくれて、バージェスが頷いていた。


「アルバスのことだ。当然、事情がなきゃ奴隷売買(こんなこと)なんてしないだろう」


そう思われているのは、俺の普段の行いがいいからだと思っていいのかな……



→→→→→



そのままバージェスとともにお屋敷に帰る流れとなった。

そんな帰り道。


「アルバス様。先ほどは申し訳ありませんでした」


俺の背後から、アマランシアがそんな謝罪の言葉を口にした。


「謝るのは、俺の方だ」


なにせ、アマランシア達の前で奴隷を買い取るような商談をしてしまったのだ。


魚人達を完全なる商品として扱い、値踏みして価格をつけた。

その読みが当たり、クドドリン卿との商談自体は思惑通りに進んだと言っていいのだが……どう考えても喜べるような結果ではなかった。

これは、高いとか安いとかの話ではない。

アマランシア達にとっては、奴隷売買自体が本来許容できるようなことではないはずだった。


「わかっています。我々が殺気だってしまったばかりに、アルバス様には不本意な真似をさせてしまいました」


アマランシアは、普段は見せないような落ち込み方をしていた。

あまりにも我慢ならなかった。ということなのだろう。


「それで、その魚人達をどうするつもりですか?」


と、シオン。


「責任とって僕たちのところで面倒見たいのは山々なんだけど……食べ物とか全然わかんないや」


と、フウリ。


森と海。

生活する場所や食べるもの、そしてその生態や考え方が全く違うため、エルフと魚人は本来相容れないものだ。


それゆえお互いに不干渉というのが、彼らの通常のスタンスだった。

そして、永らく世界はそれで成り立っていた。


今のご時世、こうまでして他の種族やその支配領域にちょっかいを出すのは、強欲な人間くらいのものだ。


「しばらくは俺の屋敷で預かる。その後は折を見てサウスミリアに返しに行くのが良いだろう」


どうやってクドドリン卿に捕まったのかはわからないが、同じ轍は踏まないように気をつけてもらうより他にないだろう。



→→→→→



「なるほどな。大体思った通りの話だ」


俺やアマランシアから経緯を聞いたバージェスは、腕組みをしながら大きく頷いていた。


お屋敷にて、俺たちはこの件に関する今後の対応について話し合っていた。


「結果的に、奴隷売買をする輩を儲けさせてしまった。これについては、早急に何かしらの手を打たないとまずいだろうな」


場所が大通りだったこともあり、放っておけばこの話は噂として広がっていくだろう。


『魚人の子供が一人10万マナで売れた』なんていう話が広まれば、クドドリン卿に追随して儲けようとする輩が現れるかもしれない。

そうなると、後々かなり厄介な話になりそうだった。


「申し訳ありません。私達が殺気だってしまったばかりに……」


「……僕も、悪かったよ」


先程のアマランシアに続き、シオンとフウリが次々と謝罪の言葉を口にした。


「そうだな。じゃあ、やはり俺のマージンは10%だな」


「?」

「?」


それの言葉に対するフウリとシオンの反応は『いったい何の話ですか』と言わんばかりのものだった。


「いや、つまりはだな……」


アマランシアならば瞬時に理解しているのだろうが……

『マージン』と言われても、フウリとシオンにはピンと来ないのだろう。


吟遊詩人として人間の町に溶け込んでいたアマランシアの知識量は、エルフ的にはかなり特殊な部類だ。

考えてみれば、当然のことだった。


「フウリ、シオン……。アルバス様は冗談を言って場を和ませようとしてくれています。とりあえずは、軽く笑いましょう」


俺が説明しかけたところにアマランシアが割って入り、フウリとシオンがぎこちなく作り笑いを浮かべた。


冗談じゃなくて、本気だったんだけど……

俺がそう言いかけるより前に、アマランシアがこちらを振り向いて、俺にだけ見えるようにチロッと舌を出した。


「あっ……」


つまり、これは色々とわかった上で、あえて俺の言葉を封殺しようとしているということだ。


いくらアマランシアのその表情が可愛いからといって、商人としてはここで押し負けるわけにはいかない。


いかないのだが……

とりあえずは受け流すことにした。


「まぁ、その辺はまた今度だ。落ち込むより前に、今は『この後』の話を進めよう。……俺が言いたかったのはそういうことだ」


そう。

差し当たっての問題は、広がってしまう噂をどうするかということと、成り行きで買い取ってしまった魚人の子供達をどうするのかということだ。


「噂の方については、この後ジルベルトに話を通してみることにしよう」


ジルベルトの妹のラランドールという女性がその辺りの操作に長けているらしく、(マナ)を払ったり、彼女の欲しいものを見つけて行ったりすると色々と便宜を図ってくれる。


「となると、残る問題はもう一つの方か……」


そういって、バージェスが食堂の外の方を見やった。


バージェスの視線の先の壁の向こう側にいる魚人の子供達は、ここに運び込まれた当初は暴れて酷かった。

多少の魔術まで扱えるようで、キーキーという鳴き声をあげながら空中から水を撒き散らし、床をビシャビシャにされてしまっていた。


たまたまお屋敷に遊びに来ていたクラリスが、たまりかねて『睨み』を効かせたら、少しおとなしくなった。

そして今は、そのままクラリスとロロイがついて見ていてもらっている。


言葉は通じないし、檻から出そうにも鍵を開けた瞬間に飛びかかってくるので手が付けられない。


俺達が使用する言語は神代の頃から存在する統一言語だから、地域による多少の違いはあれど基本的には喋ることができる魚人達には通じるはずだった。

だからたぶん、この魚人の子供達は人間の言葉を喋ることができないのだろう。


「せめて、言葉が通じるといいんだけどな」


「魚人には『唄声』と呼ばれる魚人特有の意思疎通方法がある。そいつぁ俺たちには聞き取れない音でやり取りされるんだ。特に発声器官が未成熟な子供は『唄声』でしか意思の疎通が図れないことも多い」


バージェスが、静かにそう言った。


「流石に詳しいな」


「まぁ、な」


バージェスは、かつての魚人戦争において魚人達との戦いを経験していた。

直接的にあいまみえていた分、俺たちよりも魚人の生態などには詳しいのかもしれない。


とはいえ、その『唄声』は魚人でなければ聞き取ることができず、発することもできないらしかった。

バージェスも『唄声』については知っているというだけで、当然使いこなせるわけではない。


「音域によってはたまに耳鳴りみたいに聞こえるんだが、当然俺たちには内容を聞き取ることはできない」


そしてその『唄声』は遠くまでよく響く。

空気中でもかなりの距離まで届くのだが、海中ではさらなる真価を発揮する。

一方向に向けて全力で響かせれば、条件次第では10kmを超えるような距離にさえ到達し、詳細な会話を行うことができるらしい。


戦争時の魚人族は、海中の広範囲にわたって部隊を展開しながら、その『唄声』を使って互いに高度な連携をとりながら攻め込んできたのだそうだ。


「その時は、捕らえた魚人に『唄声』の通訳のようなことをさせたりもしたが……」


キルケットには、魚人がいない。

そのため、すぐに通訳を頼めるような相手はいなかった。


「アルバス。俺からこんなことを頼むのも変な話だが、あの子らをきちんと親元に返してやって欲しい」


「ああ、元からそのつもりだ」


「……悪いな」


「気にすんな。あんたにも色々と思うところがあるんだろうからな」


魚人達は、魚人戦争に負けたことで奴隷とされている。

直接的に魚人達と戦って打ち負かした本人としては、たとえそのつもりがなかったとしても責任を感じているのだろう。


「そうだな。ついでだから、少しその辺りの話をしておくか……」


「その辺り?」


「第三次魚人戦争の、その始まりと終わりについての話を、だ」


そう言って、バージェスはかつての魚人戦争のことを語り始めたのだった。

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