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16 聖騎士と偽名

その日、俺はアマランシア達と共にキルケットの商店街を散策することにしていた。

今日の俺の主な目的は、シオン達に『実際の商品売買』に慣れてもらうことだ。


ここ数日はお屋敷に篭って座学ばかりをやっていたので、そろそろ実践に移ろうというわけだ。


店主役に扮した俺やアマランシアが相手ならば、三人は問題なく買い物をしていけるようになっていた。


「さて、それじゃ行くか」


お屋敷を出て、最近はすっかりお馴染みになっている六人で南東の方角へと歩き出した。

目的地は路面店がひしめく南部地区の広場だ。



「あ、アルバスさん」


道中で声をかけられて振り返ると、そこには西部地区自警団の一団がいた。

西武地区自警団の団長であるガンツと、その妻で副団長のオレットがそこから進み出て俺に話しかけてきていた。


「ガンツ、オレット。今日は、バージェスは一緒じゃないんだな」


一ヶ月前の闘技大会で優勝したバージェスは、そのまま自警団の一員としての活動を開始していた。


他の闘技大会出身者は東西南北の決められた自警団で配置についているのだが……

なぜかバージェスだけは、あちこちから呼ばれるままに東西南北の自警団を行ったり来たりしているようだ。

キルケット卿の指示らしいが、その辺りの詳しい事情まではわからない。


「バージェスさんは、今日は南部地区みたいですね」


オレットがそう答えた。


「そうか、実は俺たちも今から南部地区に行くつもりなんだ。もしかしたら会うかもしれないな」


「南部地区自警団の団長も、バージェスさんには一目おいていましたからね」


「あいつはあれでいて、剣士としてはとんでもなく優秀だからな」


「ですよね。そろそろちゃんと本名を名乗ればいいのに……」


「?」


オレットが、突然そんな変なことを言い出した。


バージェスの本名は『バージェス・トーチ』だ。

フルネームを名乗った方がいいということだろうか?


「魔法剣士で『バージェス』だなんて、普通に聞いたら魚人戦争で活躍した元聖騎士様ですからね」


ガンツが笑いながらそう言ってきて、なんとなく話が見えた。

ガンツ達は、バージェスの『バージェス』という名前を偽名かなにかだと思っているようだった。


「確かにそうだな」


ならばと、俺もそれに話を合わせておくことにした。

おそらくは、バージェスがそういうことにしているのだろう。



冒険者界隈には、(すね)に傷があるやつも含めて出自が曖昧な者が多い。

詳しく調べる者などはいないのでなんともいえないが、偽名を名乗っている冒険者というのは、実際のところかなりの数にのぼるようなのだった。


皆、事情は様々だろう。


冒険者ギルドへの登録は、比較的簡単な聞き取りだけでできてしまう。

そうして一度冒険者ギルドに登録さえしてしまえば、たとえそれが偽名だろうとなんだろうと、その名前がギルドにおけるその者の通称となる。


俺は以前『アルス』などという偽名を名乗ってキルケットの東部地区の冒険者ギルドに登録したことがある。

もしあのまま、あの時に作った認識票を使って冒険者としての活動を続けていた場合、周りの誰もが俺のことを『冒険者アルス』だと認識して話が進んでいくことになる。


土地を買うなどの貴族院が絡む案件には、冒険者ギルドへの登録だけだといろいろと問題が起きる。

だが、この街でごく普通に暮らしていく分には、たとえ名乗る名が偽名だとしても特に大きな問題などは起きないのだ。


ちなみに俺がオークションに参加した時や、ミトラのお屋敷を買い取った時、そして商人ギルドへの登録を行った時には、勇者パーティーの時に使用していた認識票を用いて自分の身分を証明していた。


話を戻すと。

そうやって偽名を使うことが簡単にできてしまう世の中では、己の存在に箔をつけるために有名人の名前を名乗る輩というのが、一定数出現する。


ガンツの言う『魔法剣士でバージェスだなんて、普通に聞いたら魚人戦争で活躍した元聖騎士様ですからね』と言うのは、まぁまさにその通りの話なわけだ。


つまりは魔法剣士であるバージェスが、己の存在に箔をつけるために、有名な魔法剣士の一人である『元聖騎士バージェス』の名前を偽名として使っている。

というのが、ガンツ達のバージェスに対する認識なのだった。


そして『十分な実力があるのだから、そんなことをせずに堂々と本名を名乗ってもいいはず』というのが、先程のオレットの言葉の真意というわけだ。


思うに、バージェス自身がそうやって自分自身の出自を誤魔化したのだろう。

『俺は、有名人の名を騙っているだけの偽物だ』と……


「バージェスはバージェスだからなぁ。今更『実は俺の本名はアルバスというんだー』とかって言って別の名前を名乗られても、なんか困るな」


「確かに、それはそうですね」


「我々にとっては、本物の聖騎士様以上に大きな存在ですから」


バージェス自身に惚れ込んでいるガンツ達にとっても、実際いまさらその辺は特に重要なことではないようだった。


「では、我々はこれで」


「アルバスさん、引き止めてしまってすみませんでした」


そうしてガンツ達と別れ、俺たちは南部地区の路面店広場へと向かった。


まぁ、バージェスは本名だし。

マジで、本物の『元聖騎士様』なんだけどな。

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