15 魚人(迷子?)
キルケット南方の地、サウスミリア。
その沖合にある小さな岩礁の洞窟にて……
「ねぇシュトゥルク。子供達を見なかった?」
水の中から上半身だけを出し、不安げな顔のシャリアートがシュトゥルクへと声をかけた。
「少し前まではこの先の海にいたようだが……」
「どこにもいないの。『唄声』で呼びかけても応えないし……」
「そうなると、さらに沖に行ったか……、もしくは浜の方に向かったか……」
「あの子達は人間の闘技場に興味津々だったわ! 大変! もし港へ行って良くない人間に見つかってしまったら……」
「大丈夫だ。どこかへ行ったとしてもまだそう遠くまでは行ってないはずだ」
慌てるシャリアートを、そう言ってシュトゥルクが宥めた。
「すぐに探しに出よう」
「ええ!」
そう言って、二人は沖と浜へと手分けして泳ぎ出して行った。
→→→→→
長い手足を使って海中を飛ぶように泳ぎながら、シュトゥルクの脳裏には一つの悪い記憶が蘇ってきていた。
シャリアートに対して落ち着いているそぶりを見せたのは、そうしないとシュトゥルク自身が心を乱してしまいそうだったからだ。
「あの時とは違う。前の家族とは違う……。きっと、そんなことはない」
魚人族の家族は、子育ての間だけの限定的なものだ。
成人した魚人族の男女がつがいとなり子を成すと、一度に3〜10人程の子供が生まれる。
だが、その子供が十歳になると同時に親子の縁は切れる。
そしてそれ以降の子供たちは自分で狩りをして、自分でつがいを見つけ、自分で新たな家族を作ることになるのだ。
さらには、親子の縁が切れると同時につがいの縁も切れる。
子育てを終えて別れたつがいの男女は、それぞれにまた新たなつがいを探し始めるのだった。
そうなると、時には父と子、母と子で同じつがいを巡って争うことさえもあった。
それが、魚人族にとっては当たり前の世界観だった。
そんな中にあって、シュトゥルクはとんでもない変わり者だった。
幼い頃から人間に興味があり、人間との交流を持っていた。
そしてあろうことか、人間のように一度つがいとなった相手と死ぬまで添い遂げたいなどという考えを持つに至っていた。
だが、そんなシュトゥルクに賛同し、一生を添い遂げるつがいになろうとする女性は魚人族にはいなかった。
それは、より多くの形質を持った、より多くの子を産むことを良しとする魚人族の女性達にとって、本能的に忌避される行為なのだった。
だから、つがいを持てる年齢になっても、シュトゥルクは同族の女性の誰からも相手にされなかった。
そんなシュトゥルクは、己の理想を叶えるため、そして若さゆえの暴走もあり、人間の女性とつがいになったのだった。
互いに種族を超えて惹かれ合い、子を成した。
人間の妻は、当然のようにシュトゥルクと一生添い遂げることを望んでいた。
その時、シュトゥルクは『死ぬまでこの家族を守る』と心に誓ったのだった。
「……」
しかしそんな幸せは長くは続かなかった。
中央大陸で人間との戦争が勃発したことにより、シュトゥルクは強制的に戦地へと徴収されることとなる。
抗いようのない『女王の唄声』に呼ばれて行った先で、シュトゥルクは自らの意思とは無関係に凄惨な戦争へと巻き込まれていった。
そして二年近い激戦の日々くぐり抜けて故郷の海に帰ると……
そこにはもう、妻と子の姿はなくなっていた。
絶望感に打ちひしがれながら、シュトゥルクが危険を冒して港で人間に尋ねて回ったところ……
ある人間から『お前の妻と子は、一年も前に海竜に襲われて亡くなった』という話を聞かされたのだった。
「ほんの少し、姿が見えなくなっただけだ」
今回は、二年近くも留守にしていたあの時とは違う。
そう思いながらも、何故かシュトゥルクは言いようのない不安感を拭えずにいるのだった。