13 エルフの行商人③
そうなると、やはりまずは現在の白い牙のメンバー達の実力をなんとなくでも把握しておくべきだろう。
「少し気が早い気もするが、試しにここで路面店を開いてみるか……」
「いきなりですか?」
アマランシアが、少し驚いたようにそう言った。
「俺たちの国には『習うより慣れろ』という言葉がある」
「ロロイにもできるのだから、きっと大丈夫なのです!」
「そうですね。まずは、やってみましょうか」
ロロイの後押しもあり、そういうことに決まった。
俺は『倉庫取出』と唱えて『倉庫』から露店台を取り出した。
そしてその露店台を道端の適当な場所に設置した。
売り物としては、適当に【小】ランクのスキルがついた装飾具などを、適当な値をつけた紙を添えて並べてみた。
「アルバスさんは有名人だからいない方がいいですね。あと、頭目もこういうのは慣れっこだろうから……、ここは私とフウリとシンリィの三人だけでやってみましょうか」
そう言って、シオンが露店台の前に立った。
彼女はやる気満々だ。
満々なのだが……
「シオン、立つ位置が逆ですよ」
「えっ……? あっ、すみません」
アマランシアに指摘され、シオンは慌てて台の反対側に回った。
「……」
「……」
それで、なんとなく見た目の格好はついたが……
「念の為に聞いておくが……、シオン達はマナの計量と計算はできるのか?」
「アルバスさん、それは……」
「む……」
「いったいなんの話でしょうか?」
「むむむ……?」
首を傾げるシオンと見つめ合いながら、俺はしばし呆然としてしまった。
「すみませんアルバス様。我々はまずそこからのようです」
そして、たまりかねたアマランシアがそう言ってフォローを入れてきたのだった。
人間に化け、たびたび人間の街を歩き回っていたアマランシアとは違い。
シオンもフウリもシンリィも、商品の売買やマナのやりとりすらまともにやったことがないらしかった。
『商品は、マナと交換できる』という最低限の知識はある。
だが、そこで封霊石に入ったマナの量を計量したり、それを数値化して金額の計算をしたりといった細かい事までは、知っているようでいて実は全く知らないようなのだった。
「マジか……。エルフ族の村には、通貨の概念はないのか?」
「個人の間にしろ、隠れ里の間にしろ、我々は基本的には物々交換です。その際に貰いすぎた場合には『恩を受け取った』、渡しすぎた場合には『恩を渡した』などと表現して、次回の取引の際にその分の恩を返したりつけたりするんです」
「……なるほどな」
つまりはエルフ族の中での取引は、通貨の代わりに『恩』という概念でその代用をしているらしかった。
基本的に、エルフ達は物を保管して財貨を蓄えるようなことはせず、必要最小限のものだけを森から受け取って生きている。
それゆえ、他者との持ち物をやり取りする機会などはごくわずかで、全てを容易に記憶しておけるほどに少ないため、そのような記憶に頼った方法でも問題が起きないということなのだろう。
俺たちの国で流通している『通貨』については……
『恩を渡すと、その代わりにもらえるもの』という認識になっているようだ。
つまりはたくさんのマナを溜め込んでいる商人というのは、エルフ族流に言うと「より多くの人に、より多くの恩を与えている人」ということになるようなのだった。
「もしかして。それで、白い牙の中には俺のことを『恩人さん』って呼ぶやつがいるのか……」
フウリがよく言っているあれは、もしかして『商人』という意味だったのか?
「それについては……、一般的な意味合いでの『恩人』ですね。私とシオンとフウリにとっては、間違いなくそうですから」
アマランシアによると、流通における『恩』とそれ以外の『恩』とは厳密には違うものであるらしい。
らしいのだが……
正直言ってその違いは、何度説明されても俺にはよくわからなかった。
紐づく相手が変更可能かどうかというところがポイントらしいのだが……
まぁ、おいおい理解していこうと思う。
何はともあれ。
今現在俺の目の前にある課題は『客を呼び込む方法を考える』とか、『接客の能力を磨く』とかいう以前のことだった。
基礎となる文化が違いすぎて、それを擦り合わせていくこと自体なかなかに骨が折れそうな話だった。
「各所の商隊長には、まずは買い物の仕方とマナの計量と計算を覚えてもらうことにしよう」
それができないと、この街で商売をするもクソもない。
俺は少しだけ頭が痛くなり始めていた。
「シンリィは、さっきロロイさんに教えてもらったからもう出来ますよ!」
そこで、シンリィが自信満々に胸を張りながらそう言った。
「本当か?」
「はい!」
シンリィがあまりにも自信満々なので、試しに50マナを渡してみた。
するとシンリィはすぐにその辺の店に走っていって、ピッタリと50マナ分の菓子を買ってきたのだった。
それを見たフウリとシオンは、かなり焦った顔をしながらキョロキョロとし始めた。
「凄いな。どうやったんだ?」
「ふふん。それはですね……」
シンリィによると、どうやら「このマナの分だけください」と言ってその菓子を買ってきたようだ。
「アルバスさん! キルケットの街には美味しいものがたくさんありますね!」
甘そうな食べ物とドリンクをロロイと山分けしながら、シンリィは満面の笑みを浮かべていた。
「……だな」
こういうことに対する順応は、年が若い方が早いのかもしれない。
ただ、シンリィのやり方だとそのうちに足元を見られて嘘をつかれたり、それで損をさせられたりする可能性もある。
買う側としてもなかなかに問題があるが、売る側としてはかなりの致命的な問題だ。
「フウリとシオンもやってみるか? ……少しずつ覚えていこう」
「は、はい」
「わかった。やってみるよ」
「シンリィも、安心するのはまだ早いぞ。まだまだそこはスタート地点だからな」
「はーい!」
前向きに考えれば『やってみないとわからない問題点』が、早々に一つ判明して解決に向けて動き出せた形だが……
『エルフの行商人』は、開始早々かなりの大問題にぶち当たっていた。
貨幣文化への認識の違いは、商売をする上ではなかなかに頭の痛い問題だ。
俺にとっては当たり前のことすぎて、それをまったく使いこなせない者達がいるなんて考えたことすらなかった。




