11 エルフの行商人①
それから数日。
俺は毎日のようにアマランシアと共に街を散策していた。
ちなみにロロイ、フウリ、シオンも一緒だ。
「一言で『商売』と言っても、形はさまざまだからな……」
吟遊詩人として各地の人間の街を回っていたアマランシアであれば、そのあたりは全て承知の上だろう。
俺は、どちらかというと他の二人に向けてそのあたりのことを説明しながら歩いていた。
ちなみに現在、俺が直接的に手がけているものだけでも……
『ミストリア劇場』
『ミストリア劇場の人形店』
『香草焼き用粉末の売店』
『アルバスの借家』
『門外地区の武器店』
『門外地区の防具店』
『門外地区の飲食店』
など、相当な多岐にわたる。
そこにアルカナの旅館や他の過去に手がけた商売、さらにはギルド関係の仕事なんかまで加えると、それこそ一度説明しただけじゃ覚えきれないような数になる。
その上でアマランシア達は、俺に『エルフ達に合った商売』を考え出して欲しいというわけだ。
「安全を考えれば、まずはひと所に店舗を構えない行商スタイルの方がいいのだろうな」
相手がエルフであれば『何をしてもいい』などと考える輩もいるだろうから、商品が保管してある商店を構えるのは今しばらく待ったほうが良いと思っている。
また、内容としてエルフ達のなんらかの技術を売るようなことも考えたのだが……
そこは信用などの積み重ねが大切だ。
いきなり始めて商売が成り立つような話ではない。
だから、やはり商売としてとっつきやすいのは物販だ。
そして、まず最初に売り出すものは『エルフの御守り』や『エルフの腕輪』や『エルフの髪飾り』といったエルフ族の作る装飾品がわかりやすいだろう。
ただ、今ひとつ売り方を一工夫する必要はある。
ただの装飾品としてそれらを売りに出した場合、物珍しさはあるがそれだけだ。
できれば『呪い除け』などのスキルがついた『エルフの御守り』を、先日のパーティーブレイカーの噂話を用いて対策品として販売したいところなのだが……
「そういえばアマランシア、『呪い避け』のスキルがついた『エルフの御守り』なんかは、どのくらいの速度で作れるものなんだ?」
「そうですねぇ。現在の白い牙全員でとりかかって、一ヶ月で二十個といったところでしょうか」
「……なかなか商売にできるようなものではないな」
それでは、街人や冒険者相手にそこそこの規模の商売にしようとした場合、すぐに品切れを起こしてしまう。
わざと品薄にさせて限定感を演出するという手もあるが……
本当に作製が間に合わないのでは問題がありすぎる。
そもそも、それでは大きな売上が作れない。
「スキルがついていないものも含め、唄と一緒に売り出すというのはどうですか?アレをやると商品が飛ぶように売れていきます。流石はアルバス様の考え出した手法ですよ」
実際、アマランシアは今までもそのスタイルでマナを稼いできていた。
セントバールや中央大陸にて、白い牙の面々が空いた時間で様々な武具や装飾品などを作成し、アマランシアが関連した詩を唄いながらそれを売り捌いていたらしい。
つまり、俺がミトラの木人形を大々的に売り出したの時の手法を真似ていたわけだ。
「いや、やはりスキルのない装飾品では商材として少し弱い気がする」
なんにせよ、白い牙はそうして人間との様々な取引をするための金を得ていた。
通常の武具や食料を得る際にも、また中央大陸と西大陸を行き来するために正規の客船以外を利用する際にも、やはり交渉には金がいる。
「アマランシアの詩がいいから、それでもそれなりの売上は作れるだろうが……、今回はその手法はなるべく使いたくない」
なにせ、アマランシアは一人だ。
『人間の商売相手としての地位を確立する』という最終目的を考えると、アマランシア一人に頼り切ったそのやり方では早晩に行き詰まってしまうだろう。
「エルフに由来する有用スキル付きのアイテムを売り歩く『エルフの行商人』というのは、悪くないアイディアだと思ったんだけどな」
「隠れ里のエルフ達にも協力を仰げば、さらに大量に作ることもできると思いますが……」
「いや、今はまだその段階じゃないだろう」
積極的に外に出て人間と関わろうとしている『白い牙』とは異なり、各地の隠れ里のエルフ達はまだまだ様子見の段階だ。
また、隠れ里からの輸送のコストや隠れ里の位置を特定されるリスク、輸送人員の安全面などを考えると、色々と問題も多い。
「はてさて、どうしたもんかな」
「まぁ、とりあえずはやってみればいいんじゃない?」
「そうですね。上手くいかなかったら、その時にまた考えましょうよ」
フウリが気だるげに言い、シオンがそれに応じた。
現状を聞く限りではなかなか難しそうな気がするが……
「まぁ、そうだな。商売なんて、試行錯誤の連続だもんな」
実際に進めていく中で思ってもいなかった新しい展望や、逆にとんでもない問題点なんかが見つかるかもしれない。
まずは俺の目の届く範囲の少数精鋭でとりかかり、取り返しのつかない事態だけは避けながら徐々に形を作り上げていくというのも、やり方としてはありだろう。
そういうわけで、とりあえずは『エルフの行商人』を進めてみることになった。
ダメならダメでまた考える。
まずはエルフ族がこの街に溶け込めむための基盤をさらに強固なものとする。
商売を通して関わりを持っていくことで、街人達の意識だけではなく、エルフ達自身の意識も変えていく。
それは、ある意味で目標の第一段階だった。
この商売は、まずは始めることと、諦めずに泥臭くやり続けることに大きな意味があるのだと思う。