09 エルフの申し出②
翌朝。
俺はロロイと共に指定の場所へと出向いた。
時間は約束通りきっかりだ。
俺達が到着すると、そこには普段はお屋敷で寝泊まりしているシンリィやシオンを含む白い牙のエルフ達がずらりと並んで待ち構えていた。
「我々の求めに応じてくださり、誠にありがとうございます」
そう言って、一歩進み出たアマランシアが恭しくお辞儀をした。
「商売仲間から『商売の話がある』と聞いて行かないわけにもいかないだろう。しかし、本当に、改まってどうしたんだ?」
「今日は今から、そのお話をできればと思っています」
露天だが、その場所には四つの椅子と一つの机が並べられ、さながらお屋敷の応接室のようなセットが用意されていた。
「こちらへどうぞ。おかけになってください」
アマランシアに促され、ロロイと共に応接セットの片側に腰掛けた。
「なんかここ、緊張するのですよ」
どことなく、ロロイの動きがぎこちない。
そういえば、商談の時にロロイがそのポジションに座ることって、今まで一度もなかった気がするな……
「まぁ、ロロイは普通にしててくれればいいよ」
アマランシア達が相手では、ロロイの仕事なんかはまずないだろう。
「わかったのです」
そんな風な俺たちのやり取りの最中、俺達の正面の椅子にはアマランシアとシンリィの二人が腰かけた。
その両サイドにはフウリとシオンが立っている。
ロロイじゃないが、ここまでされるとさすがに身構えてしまう。
本当に、こんなに改まってどうしたんだろうか。
「では、始めたいと思います」
そうして、アマランシアが話を始めた。
→→→→→
「知っての通り、我々エルフ族は人間の街において迫害を受けています」
「……そうだな」
それは、取っ繕っても仕方がない。
紛れもない事実だ。
「だが、ここ最近は相当マシになって来ているだろう?」
「……ええ」
今、アマランシア達が街を歩いていて突然に襲撃されるようなことは減ってきていた。
というか、ほとんどなくなったと言っても良い。
元々奴隷売買なども手掛けていたというクドドリン卿でさえも、昨日はそれについて触れてさえこなった。
キルケットにおけるエルフ達に対する待遇は、確実に変わり始めている。
それもまた、確かなことだった。
「ですがそれは、我々の武力があってこその話です」
「……そうだな」
それもまた、確かなことだ。
アマランシアが言いたいことはつまり、今のキルケットにおいてアマランシア達が襲われることが減っているのは、ただ単に『アマランシア達が手強い』からだということだった。
「だが、力を見せつけて抑止力にすることもまた、今は必要なことだろう」
「私もそうは思います」
「だよな」
「ええ」
アマランシアの視座はかなり高い場所にある。
エルフ族でありながら、並みの人間以上に人間の社会のことに精通していると言ってもいい。
それは、エルフであるアマランシアが人間に扮して人間社会に溶け込むため、文字通り命懸けで人間を観察し続けた結果なのだろう。
「ただ、武力ばかりに頼っていると……、いずれはかつての『西征大戦』のようなことが起きてしまうと思っています」
「……」
ちなみに、ここまでの話ではまだ俺はアマランシアが何を言いたいのか全くわからなかった。
今の所、商売に関する話はまだ出て来ていない。
「約二百年前の、西征大戦のことは……?」
「もちろん知っている」
約二百年前。
アウル・ノスタルシア皇国の前身であるノルン大帝国が、この西大陸に攻め入った。
だが、その時にはいきなり総力を挙げてエルフ族との大戦を始めたわけではなかった。
帝国の使者たちは友好的な態度をとりながら対話の場を設け、始めは目一杯下手に出ながら徐々にエルフ達との交易を開いて行った。
そうしながらも、彼らはその中に少しずつエルフ達が不利になるような要求を紛れ込ませていったのだそうだ。
そして、いつしか『交易』の名のもとに、わずかばかりの人間の物資と引き換えに莫大な量のエルフ族の物資が人間に奪われて行くようになった。
そうなるとエルフ達も何かがおかしいことに気づきはじめ、徐々に反発心を抱き抵抗を始めた。
そして時に武力に訴えるようになり、次第に各地で小競り合いのようなことが頻発するようになっていったのだった。
だが……
対話と小競り合いで時間を稼ぎながらエルフ族内部に不満を募らせていくことは、その全てが初めから仕組まれたノルン大帝国上層部の策略だった。
帝国はその時までに、凄まじい速度で現在のセントバールにあたる区画に港を整備していっていた。
そして、各地の火種が消しようもないほどに大きく燃え始める頃には……
港は完全に整備され、帝国は大艦隊と共に大軍勢を送り込む準備を整えきっていたのだった。
エルフ達は、局所的な小競り合いでは度々勝利していた。
そして誘い込まれているとも知らずに、その勢いのまま西大陸から人間を排除することを目的にした武力頼みの総力戦へと突入して行ったのだった。
ついに武力による一斉蜂起に打って出たエルフ達は、本気の攻勢に出たノルン大帝国の大軍勢の前に、瞬く間に殲滅されていった。
そしてそのまま一気に各地の非戦闘員の住居にまで侵攻され、女子供を含め次々と奴隷化されていったのだった。
遂にはエルフ族は大陸の西端まで追い詰められ、その戦争は人間側の勝利で終結した。
「エルフ族の中には、今でも人間を武力で支配し返そうと考えている者がおりますが、そんなことをしてもどうにもならないのは過去の歴史が証明しています」
「つまり、武力のみに頼ってしまえば、再びかつての西征大戦と同じ結末を迎えるだろう。という事か……」
「はい、その通りです。ここ最近では『魚人戦争』などもそのよい例でしょう。あれは、かつての『西征大戦』におけるエルフ族の立場を、そのまま魚人族に置き換えたようなものでした」
ここへきてやっと、アマランシアが何を言いたいのかが少しずつ分かってきた気がした。
この街にエルフの居場所を作るためにも、武力は必要だ。
だが、それに頼り切ってしまえば……
結局は、より強い武力によって叩き潰されてしまう。
「我々が、皇国上層部によって『本格的な危険因子』だと判断された時。彼らは聖騎士や勇者、中央騎士団などの最高戦力をもって我々を潰しにくることでしょう。そうなればもはや、我々のような少数勢力には生きる道はありません」
「……」
「だから、我々は。武力のみに頼らない方法で、この国でエルフ族が安全に生きられる場所を作りたいんです」
真っ直ぐと俺の目を見つめながら。
アマランシアがそう口にした。
「そうか……」
これでやっと、アマランシアの本当の目的がわかった。
『この国にエルフ達が安全に暮らせる居場所を作りたい』
つまりは、それを実現するための方法として……
「今日は、そのために『商売の話をしたい』ということか……」
「その通りでございます。常識を学び、知識を蓄え、知恵をつけ、それらの力を持ってしてこの国における自らの居場所を勝ち取る。そうすることで、我々はこの国に新しい我らの居場所を築くことが出来るのです」
そこでアマランシアが姿勢を正した。
そして、隣にいるシンリィの方を見た。
シンリィはアマランシアの方を向いて頷いた。
そして、アマランシアから言葉を引き継いだ。
「アルバスさん。我々がこの国で生きるため、我々の『生業』となる商売を創り出してはもらえないでしょうか?そして我々の支援者として、この国における我々の商売を守ってはくれないでしょうか?」
そんなシンリィの言葉の後、再びアマランシアが話を引き継いだ。
「武力による抑止は必要なことです。しかし、私はそれだけではない人間との関わりを模索していきたいと思っています」
それはアマランシアが国中を旅し、様々な種族の願いに触れ、様々なものを見て得た結論だった。
『武の力』ではなく、『商売の力』で戦う。
「これは、アルバス様が良く言っていた『互いに利益のある商売』を模索する道です。武力衝突による勝ち負けのある戦いではなく、関わる皆が幸福を得ることのできる道。私は、それこそがエルフ族と人間が目指すべき道だと思っています」
そして今、そのための舞台は整いつつあった。
アマランシア達『白い牙』の活動により、今やこの街からはほとんどの奴隷エルフが消えた。
さらにここ最近の俺の活動により、エルフの存在は急速にこの街に受け入れられつつある状況だ。
残る一手は……、
エルフ達がこの街での生活基盤を築くこと。
奴隷としてではなく、人間の商売相手としての地位を確立すること。
「それが……」
「はい。それが今日、私がアルバス様に頼みたかった『商売』のお話です」
この街で、エルフ族が普通に商売をして暮らす。
それはこれまでの常識から考えればとんでもない話だが……
先の黒い翼による襲撃の一件でアマランシア達がこの街に溶け込み始めたこのタイミングであれば、かなりの現実味を帯び始めている話であった。
白い牙とは、そんなアマランシアの提案を受けてこの国に順応して生きることを目指すエルフ達の集団だった。
殺しを良しとせず、奴隷制度への反発として奴隷を盗み出すことに特化した盗賊団となったのは、最後にそこへ行きつくためのことだった。
もちろん、白い牙も完全なる一枚岩ではない。
ここまで至るにあたり、『それは自らの望みではない』と言って去っていった者が何人もいたそうだ。
だが逆に、各地の隠れ里には未だ声をあげられていない賛同者も多数いるとのことだった。
「我々がより深くこの街に根を張ることができれば、各地の隠れ里からもそこに興味を示す者が出てくるでしょう」
西征大戦から二百年の時を経て、次世代のエルフ達の人間に対する感情は『恐怖』から『興味』へと移り変わっているらしい。
「つまり、最終的にこの件に関わる可能性があるのはここにいるエルフ達だけではない。ということだな?」
「ええ。私の体感では、ここにいる者の十倍の数はゆうに超えるかと思っています。またもちろん、アルバス様へは支援者としてのマージンをお支払いする予定です。……5%でどうでしょうか?」
「そうだな……、商売の内容にもよるが最低でも売上の10%は欲しいかな」
「お互いに納得のできる取り分は、商売の内容によってかなり変わってくるでしょう。ただ、その商売の内容をアルバス様が考え、最後まで調整と支援の役目を担っていただきたい、という事です」
つまりは儲かるも儲からないも、俺の考案する『生業』の内容次第という事か。
「何気に、凄まじい重責を押し付けられようとしている気がするな」
だが、ここから考案した商売がゆくゆくは西大陸に暮らすエルフ達の大半が関わるような大規模な商売へと発展していけば……
その時には、俺の儲けは凄まじいことになるだろう。
何せ、数百人のエルフ達がこの大陸で日々稼ぎ出すマナの1割が、常に俺の懐へと入り続けるという話になるのだ。
これは、ジルベルトをはじめとする上位貴族まではいかずとも、キルケットの弱小貴族を軽く越すような規模の収入源を得るような話になるかもしれない。
上手くやれば相当に儲かりそうな商売だ。
そしてそれは、アマランシア達自身も望んでいることなのだった。
アマランシア達は、俺の知恵や知識や閃き、そしてキルケット内での人脈を駆使した支援を受ける。
そして俺は、それにより少なくない額の金を得る。
『お互いに利益のある商売』
アマランシアの言うように、それこそが商売のあるべき姿だ。
「いかがですか?引き受けてくださいますでしょうか?」
「引き受けよう。なかなか面白い商売のネタだ」
とはいったものの、まずはその内容を考えなくてはならない。
「ただ、少し時間をくれ。流石にここで今すぐに案は出てこない」
「ええ、もちろんです」
そして最後に、アマランシア、シンリィと順番に握手をしてこの会談は終了となった。
こうして俺は、アマランシア達『白い牙』を支援し、協業した商売を始めることになったのだった。
 




