08 エルフの申し出①
荷馬車行商広場にて素材の販売を終えた後。
その日も夜は皆で食卓を囲んだ。
だが、そこにミトラの姿はなかった。
「……ミトラは?」
「あまり食欲がないとのことです。後ほど、何か食べやすい果物などお部屋にお持ちしようと思っています」
シュメリアが、そう答えた。
「やはり体調が悪いのか?近いうちに、リルコット治療院のカリーナに診てもらった方がよさそうだな」
「私もそう申し上げたのですが……」
どうやら、ミトラが「大丈夫ですから」と言ってそれを拒否したらしい。
「うーん」
ミトラの身体のことだから、ミトラが一番わかっているのだろうけど……
「月一の、そういう時期か?」
少し声のトーンを落として、俺はシュメリアにそう尋ねてみた。
そういえば昨日は、夜の誘いを断られた感じになったな。
そういうタイミングの時は、普段から度々調子が悪そうにしていたけれど……
夕飯を食べられないほどに体調が悪くなるようなことは今までなかった気がする。
「さぁ、私にはわかりかねます」
シュメリアは少し俯いて恥ずかしそうにしながら首を傾げた。
「わかった。とにかく身体を労わるように言っておいてくれ」
それならば、俺に何度も部屋を訪ねられるのは嫌だろう。
「承知いたしました。旦那様」
そう言って、シュメリアは早々に食事を終えて下がって行った。
→→→→→
「アルバス様……」
そこで、それまで黙々と食事を取っていたアマランシアが突然声を上げた。
「ん?なんだ?」
「明日、少しお時間をいただけないでしょうか?」
「別に構わないけど、突然改まってどうしたんだ?」
「ひとつ、商売に関するご依頼事をしようかと思っています」
「商売に関する、か……」
「はい」
アマランシアが、改めてそういう場を設けたいと申し出るということは……
食事のついでではしたくないような、重要な商売の話なのだろう。
「わかった。時間はどうする?」
「いつでも」
「じゃあ、朝九時からでどうだ?」
「承知いたしました。場所はスザン丘陵の林内でも良いですか?」
「むっ……、場所がそこなら時間は十時にしようか」
「わかりました」
そんな会話をしながら、俺はふと昨年のオークション時のアマランシアとの会話を思い出していた。
オークションの夜。
アマランシアは、自身の正体がエルフであったことを俺に告げた。
『一つだけ教えてくれ。なぜ、今ここに俺を誘い出し正体をバラした?』
そんなアマランシアに向かって、俺はそう問いかけた。
なにも告げずに立ち去ることもできただろう。
後に控えている『非戦闘員を引き連れてのキルケットからの逃走』ということを考えれば、むしろそうした方が良かったはずだ。
しかし、アマランシアはそうしなかった。
当然、あの場で俺が騒ぎ立てれば、エルフたちの逃亡にも支障が出てしまうことは確実な話だった。
そんなリスクを冒してまで、アマランシアが俺に正体をバラした理由は、いったい何だったのだろうか?
それに対して、その時のアマランシアは……
『後ほど、商売に関する頼みごとをするための布石です』
と、そう言い残して去って行ったのだ。
そんなリスクを冒してまで、布石を打っておきたかった話。
おそらくだが。
明日はその話の続きをされるのだろうと思った。
お屋敷の食堂にて、俺との会話を終えたアマランシアはシオンに何かを耳打ちした。
「では、皆にその旨を伝えてください」
それを聞いたシオンは、頷きつつ、食器を片付けて部屋を出ていった。
おそらくは西門の外にいるほかのエルフ達に何かを伝えに行くのだろう。
「あまりに仰々しいと、こちらも身構えてしまうぞ」
「我々にとっては非常に重要な事です。ですが、アルバス様にとっては普段と変わらぬ事ですよ」
「う-ん……」
とてつもなく気になる。
商人として、商売のことで頼られるのは嬉しいが……
それがどうにも儲からない話だった場合を考えると、立場的には色々と複雑だった。