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07 闘技大会と魚人の家族

去って行くクドドリン卿の背中を見つめながら……


「あいつ、いつかロロイがぶちのめしてやるのですよ」


と、ロロイ。


「アルバスさん。今夜、私が奴を暗殺して来ましょうか?」


と、シオン。


「頼むから……やめてくれ」


ロロイもシオンも怖すぎる。

二人とも本当にやりそうなところがまた怖すぎる。


「アルバス様が困ってますので。そういうことはやめてくださいよ、シオン」


そう言って、アマランシアがいつものようにシオンを(たしな)めた。

人間の街に慣れているだけあって、やはりアマランシアは常識人だ。


「こういう時は直接手を下してはダメなんですよ。確かあの貴族は闘技場を運営していましたので、まずはそちらに関する悪い噂を流して経営を破綻させましょう。それで、そこから徐々に追い込んでいって最後には……」


「それもやめてくれ」


クソ野郎のクドドリン卿が相手とはいえ、吟遊詩人を使って他人の商売を貶めるような真似をしたとあっては、俺の『商人としての信用』に関わる。

アマランシア達のバックに俺がいるのは、もはや誰の目にも明らかなんだから……


凄腕の吟遊詩人アマランシアは、さらに別の意味で怖かった。


ただ……

アマランシアが何かをするまでもなく、クドドリン卿の闘技場はあまり経営状態がよろしくないらしいことを、俺はすでに風の噂で聞いていた。



→→→→→



バージェスが優勝を勝ち取った例の闘技大会は、大いに盛り上がった。

その時は闘技場の持ち主として、クドドリン卿も相当に儲かったと聞いている。


だが、それから1ヶ月あまりが経った今、闘技場の経営はなかなかに厳しいものとなっているようなのだった。


今回の闘技大会は、城塞都市キルケット第一位の貴族『トンベリ・キルケット卿』の肝煎りで始まった話だ。

そして、俺を含む商人ギルドの商人達が総力を上げて様々な趣向を凝らした賞品を用意し、西大陸全土から参加者を募って大々的に開催されたのだ。


それゆえ、参加者は西大陸全土から腕と名のある者達が集い、観客もまたそれを応援するために西大陸中から集まってきていたのだった。

東のセントバールや南のサウスミリアから集団で応援に駆けつける者たちもおり、一種のお祭り騒ぎが繰り広げられていた。


また、大陸の各地から腕利きが集まって行われるその試合は非常にハイレベルであり、とても模擬戦だとは思えないような白熱した戦いが幾度となく繰り広げられた。


噂が噂を呼び、観客は常に超満員。

決勝が近づき、調子に乗ったクドドリン卿が入場料を当初設定の倍近くまで上げたのだが、それでもなお客足が途絶えることはなかった。


だが、そんな熱狂もいつかは冷める。

優勝者が決まって一通りの事後処理が終われば、当然のように入場者の数は一気に減っていった。


通常はそこで入場料金を下げつつ、熱狂の余韻を味わいたい客を誘導しながらうまいこと営業を続けていくことを考えると思うのだが……

クドドリン卿は、闘技大会終了後もその強気の価格設定を維持し続けたのだった。


それに対して、中で繰り広げられるのは闘技大会の予選程度の試合だったそうだ。


当然、客足はさらに遠のく。


さらには、一試合終わるたびに『クドドリン卿を讃えるパレード』だとか、『クドドリン卿の手がける配達事業の宣伝』だとかが挟まるため、相当にテンポも悪かったらしい。

そもそもの参加者さえもなかなか集まらずに私兵を投入したりもしていたため、そうやって時間を引き延ばすのも仕方がなかったのかもしれないが……


あまりの収入減に、クドドリン卿はあわてて入場料金を下げたようだが……

もはやそれで客足が戻るような状況ではなかった。

客数が増えなかったため、一人当たりの入場料を下げたことで更なる収益減につながってしまう。


それで、今度はまた慌てて入場料を上げたりしていて……

もはやただただ迷走しているような状態だ。


とにかく、そんな感じなので闘技大会終了から一ヶ月が過ぎた今現在、闘技場はガラガラの状態になってしまっているのだそうだった。


クドドリン卿は、金等級の大商人であった曽祖父の威厳を掲げて偉ぶるばかりで、他人の忠告を全く聞かないんだとか。

そしてそのことが災いして、幼いころから全く成長が見られず、絶望的なまでに商売に関する能力値が低いのだとか。


風の噂でそんな話までもが聞こえてきていたが……

まぁ、俺にはどうでもいい話だった。


むしろキルケット第三位の一族の当主という肩書きがありながら、5万マナだとか10万マナだとかの額をムキになって値切って行く姿には、よほど経済状況が厳しいのかと憐れみすらも覚えてしまっていた。



→→→→→



「ねぇねぇお父さん。『闘技大会』っていうのがなんか面白いらしいよ!」

「らしいよ、らしいよ」

「見たいよ見たいよ!」

「お願いお願い!連れてって!」


城塞都市キルケットから南に向かい、サウス山道を越えて三日ほど行った場所。

そこに、サウスミリアという港町があった。


その港町サウスミリアからさらに南の海に出て、沖に向けて二時間ほど船を走らせたあたりに一つの岩礁地帯があった。

船舶にとっては非常に危険な場所であり、人間が滅多に近づかないその場所に、何組かの魚人族の家族がひっそりと暮らしていた。


そんな魚人の家族の一つに、シュトゥルクという魚人の男を中心とした家族があった。


戦争帰りの寡黙な父シュトゥルク。

そんな父と戦場で知り合い、命を助けられた縁から結ばれた母シャリアート。

そしてそんな二人の間に生まれた好奇心旺盛な五つ子の子供達、シュッカ、シュラン、シュミカ、シャル、シャルル。

それは、魚人族にとってはごくごくありふれた家族の形だった。


今年で五歳になる遊び盛りの五つ子達は、今日も元気に海中を泳ぎ回っている。


両親の最近の悩みと言えば、そんな子供達の興味が最近人間の世界のものに向いてしまっている事だった。


「ねぇねぇお父さん。闘技大会っていうのを見に行こうよ!」

「そうそう、前みたいに隠れて人間の街に行ってみようよ」

「そうだよ。行こう行こう」


「それはずっと遠くの街で行われたことだ。海岸沿いの海の中から見えるようなものじゃない」


「えー!お父さんのケチー!」

「行ってみないとわからないじゃーん」


「こら、シャルにシャルル……あまりお父さんを困らせてはいけませんよ」


「じゃ、お母さんが行こうよ!」


「ダメです」


「えー!」


五つ子達は水の中で飛び跳ねて、全身を使って両親に抗議し始めた。

そんな子供達に対し、シャリアートは水の魔術で水流を起こして無理矢理に子供達を一箇所に集めたのだった。


「うきゃー!」

「目が回るー!」


「あなた達はまだ知らないでしょうけれど……人間はとても危険なのよ」


「でもでも、ゴンおじさんとバンおばさんは優しいよ」

「船の上からたくさんの魚をくれるよ」

「人間の世界のものとかも、色々とくれるよ!」


「それは、我々が彼らと秘密の貿易をしていて、それで彼らが儲かっているからに過ぎないの」


「えー、よくわからない」

「闘技大会見に行きたいー!」

「お母さんのケチー!」

「行くー、行きたいー!」

「絶対行くー!」


再び飛び跳ねながらあちこちを泳ぎ回る五つ子達。

こうなってしまうと、もはや手がつけられなかった。


シュトゥルクとシャリアートは困ったように目配せをし合いながら、そんな子供達を宥め続けたのだった。


それは彼らの日常の1ページ。

凄惨な戦場を生き延び、奴隷狩りの手から逃げ延びた先の地で手に入れた、戦士達の安息の時だった。


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