05 休息のひと時
そんなこんなで、俺たちは周囲からのさまざまな視線に晒されながらお屋敷にまでたどり着いた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
お屋敷の入り口では、奥から走り出てきたシュメリアが出迎えてくれた。
「思ったよりも遅くなってしまった。すっかり夕飯が冷めてしまったか……」
「今から温めなおすので、皆様と一緒に食堂の席で待っていてください」
「……ミトラは?」
「すでに夕食を済まされて、お部屋で休まれています」
「そうか」
きっと、明日ミストリア劇場に納品する木人形でも作っているのだろう。
ただ、ミトラはここのところ少し疲れが溜まっているようにも見えていた。
「少し、心配だな……」
元々のミトラは、ほとんどの時間を自室で過ごすような生活をしていた。
だが、ここ最近はジルベルトの商売に付き合うことで一気に外出の機会が増えていた。
更に自室でも毎日のように木人形を作成しているのだから、毎日毎日相当の魔法力を消費して魔術を使用していることだろう。
それは、やはり身体にかなりの負荷がかかっていると思われる。
「ミトラは、食事はちゃんととっているのか?」
「今日は、ほんの少ししか召し上がっていませんでしたが……」
元々ミトラは食が細い方だが……
「わかった。夕食が済んだらミトラの部屋に行きたい。食事の支度の後でミトラにそう伝えておいてもらえるか?」
「わかりました、旦那様」
そう言って、シュメリアはパタパタと台所の方へと駆けていった。
→→→→→
アマランシア達との夕食の後。
俺はミトラの部屋を訪れていた。
「シュメリア。下がっていいぞ」
「はい。わかりました」
なぜか若干顔を赤くしながら、シュメリアはそそくさと下がって行った。
夫婦が寝室で二人きりになるのだからと、この後のことを勝手に色々と想像しているのかもしれない。
「ロロイさんの方は、宜しいのですか?」
シュメリアが出ていくなり、椅子に腰掛けたミトラはそんなことを言い出した。
それと同時に、眼帯を外してその翡翠色の瞳で俺のことを見つめてくる。
「あんまり困らせるなよ」
俺がそう言うと、ミトラは小さく笑った。
ミトラの向かいに座り、俺はここ最近の街の様子など、他愛のない話をし始めた。
「果実を絞った飲み物ですか。最近はそんな物が流行り始めているのですね」
「ああ。今度買ってくるよ」
「ええ、是非」
本当に、この一年でミトラは見違えるように変わった。
出会った頃は、分厚い眼帯で瞳を隠して感情をほとんど表に出さない女性だったのだか……
最近は、いろいろなところで笑顔を見せるようになり、俺の話す街の様子や街の流行り物などにも色々と興味を示していた。
アース遺跡攻略前に『クラリスの姉』という形で紹介を受けたが、その後にきちんと言葉を交わしたのはアース遺跡の攻略後だいぶ時間が経ってからだった。
その時はミトラの方が、意図的に俺たちとの関わりを避けていたのだ。
その頃から考えると、もはや別人のようだった。
ただ、そのどちらもがミトラなのだろう。
感情を表に出すようになったとはいえ、やはり控えめなのは変わらない。
ミトラは、ロロイのように爆発音がするような勢いで感情をぶちまけるようなことはしないだろう。
ちなみにさっきのロロイに関する言葉は、ミトラなりの精一杯の嫉妬の表現だろう。
最近はギルドの仕事でキルケバール街道などに泊りがけで外出し、ロロイと共に屋敷を開けることが多かったからな。
「ところで、ジルベルトの仕事の方は順調か?」
「ええ。ただ、最近は少し控え気味ですね。お兄様は『借家の数を一気に増やし過ぎた』と言っておりました」
そう言って、ミトラは少し口元を押さえた。
ミトラの錬金術を使えば、本来ならが数人の大工を使って数日間かかるような工事が、ほとんど一瞬で終わってしまう。
あまりにも早すぎるため、使い過ぎてしまうと集客や交渉などの他の工程が全く追いつかなくなってしまうのだろう。
「では、私はそろそろ休みますね」
近づいて肩に触れようとした俺の手から逃れるようにして、ミトラが立ち上がった。
「やはり体調が良くないのか?」
「シュメリアからなにか聞きましたか?……どうやら。忙しい時期が終わって気が抜けてしまったみたいです。ここのところなかなか疲れが抜けないんです」
「それはそうだろう。ほとんどの時間をお屋敷の中で過ごしていた時と比べると、最近は毎日のように長時間外に出ている。そんな今の生活は、相当身体と心に負担がかかっているはずだ」
「実際には、お兄様の用意した馬車の中で揺られている時間がほとんどなんですけどね」
それでも、ハーフエルフであることを隠しながら生きるミトラにとっては屋敷から外に出ること自体が、非常な緊張を伴う行為であることは確かだろう。
「あまり無理はするなよ。仕事がない時は、休めるだけ休んだほうがいい」
「あら……、そのお言葉はそのままアルバス様にお返ししますよ」
「む……」
俺は、ギルドの仕事が途切れると自分で次の商売を見つけてきて取り掛かろうとする。
まさに、心身ともに休む間もなく仕事をしている状態だ。
「俺にとっては、ミトラと過ごすこの時間が休息みたいな物だ」
「あら。それはつまり私との逢瀬には手を抜いているという意味でしょうか?」
悪戯っぽく笑いながら、ミトラはそんなことを聞いてきた。
「勘弁してくれ。そんなことを言われたら、それこそ気が休まらない」
「ふふふ……」
そんな俺の悲鳴を聞いて、ミトラはとても楽しそうに笑うのだった。
つられて、俺も笑う。
心穏やかな、ある日の夜の出来事だった。




