04 白い牙のエルフ達
「では、我々はこの辺で……」
スザン丘陵を降り始める前に、そう言って白い牙のエルフの大半が一行から離脱した。
彼らはそのまま周囲の林の中へと散って行った。
エルフ達は、街中よりも森の中の方がいいらしい。
そのため、アマランシアの号令がない時には付近の森に潜んでいるようだ。
『倉庫』スキル持ちが数名いるらしく、適当な場所に臨時の拠点を作り上げ、そこで思い思いのことをしているとのことだ。
俺の周りに残っているエルフは、アマランシアとシンリィ、そしてシオンとフウリというエルフの四人だけになっていた。
シオンとフウリの二人は同郷らしく、二人とも似たような羽の飾りを頭に着けている。
どうやら二人の故郷の隠れ里では、それが『戦士』を表す記号であるらしかった。
シオンとフウリは、俺とは先のキルケバール街道での戦闘が初対面のはずなのだが……
俺はこの二人にどことなく見覚えがあった。
それで詳しく話を聞くと、実は俺とは以前にも会ったことがあるらしかった。
ただ、以前会ったのは十二年も前。
それも数秒レベルの一瞬だとのことだ。
……さすがに覚えていない。
場所は中央大陸の西征都市カラビナ。
時は土魔龍ドドドラスによって奴隷闘技場が破壊されている最中。
その時、俺から瀕死のアマランシアを引き取って去って行ったエルフの一団に、シオンとフウリの二人もいたらしい。
その場には他にも五〜六名ほどのエルフがいたはずだが、徐々に皆自分の道を見つけていき、だんだんと分かれていった。
そんな中、この二人は今でもアマランシアと行動を共にしている腹心なのだそうだ。
「奴隷狩りと闘技場の暮らしで僕らの里は全滅してるし、他に行くところもないしねぇ」
「フウリ。思い出したくないからやめて」
「恩人さん達のお陰でちゃんと逃げられたし、今は割と楽しいんだから、まぁいいんじゃない?あの時は、最悪だったけどさ……」
「そうね。あの時は、とにかく目に付く人間を片っ端から殺し尽くしてやろうと思って剣を握り締めてたんだけど……、結局アルバスさんのせいで殺り損ねてしまいましたよ」
シオンは、かなり怖い。
事あるごとに『殺す』発言をして、その度にアマランシアに嗜められていた。
アマランシアの方が年下のようだが、白い牙における立場もあり二人の上下関係はそんな感じらしい。
ただ、シオンが人間に対して激しい怒りを抱く気持ちもわかる。
シオンの今の見た目の年齢から類推すると、おそらくは奴隷闘技場にいたのは二十歳前後の頃だろうと思われる。
その年齢の女性エルフが奴隷として捕らえられていたら、日々殺し合いに参加させられるだけではすまなかったであろう事は想像に難くなかった。
「何せ最初に目についたのが、アマランシアを抱きかかえたアルバスさんでしたから……、さすがにギリギリのところでこらえました」
その時にシオンが思いとどまっていなかったら……
もしかしたら俺は今この世にいなかったかもしれない。
「戦闘力ゼロだと、何をするにも命懸けだな……」
「こらシオン。あまりアルバス様を怖がらせないでください。私の命の恩人ですよ」
いつもの様にアマランシアに窘められて、シオンは少しだけ可笑しそうに「ふふふ」と笑っていた。
「なんだかんだ言ってみんな生きてんだし、今は割と楽しいんだからさ。まぁ、それでいいんじゃない?」
そしてもう一人の少年、フウリは楽観的なことを言いながらもなぜか常に気だるげだった。
多分そういう性格なのだろう。
「まぁ、それでいいんじゃない?」は、どうやら彼の口癖のようだった。
見た目の年齢は成人前後くらいに見える。
だが、アマランシアよりも少し年下くらいらしいので、おそらく実際は二十歳前後くらいだろう。
ちなみにこの二人は自分の正確な年齢がわからないらしい。
それを知る者は全員死んでしまったとのことだった。
フウリとシオンの二人は、アマランシアとは奴隷闘技場以来の長い長い付き合いだ。
アマランシアが、かつてこの西大陸で暗躍していた『エルフ奴隷を盗み出す盗賊団』の名を引き継いだ、新生『白い牙』を結成した時にも、二人はアマランシアの隣にいた。
戦闘に関する腕もかなりよく、当然のように現在の白い牙の中でも様々な点で中核的な存在となっているようだった。
「アルバスさん!早く帰りましょ!シュメリアのおいしいご飯が待ってますよぉ‼」
そして、もう一人はシンリィだ。
シンリィは、昨年のオークションの際にアマランシアの命を受けて俺の屋敷に『ウォーレン家の奴隷』に扮して潜入していた。
だから、俺達とはその時からの顔見知りだ。
その時のシンリィは、どうやらウォーレン家が隠し持っているはずの『ククリ姫の首飾り』という、ロロイの魔宝珠と同じ力を持つアイテムを探しだそうとしていたらしいのだが……
結局それはあの屋敷では見つからず、後日全然別の場所で発見して手に入れてきたらしい。
そんなシンリィは、アマランシア達とは違いこの西大陸の出身だ。
ここから遥か西のビリオラ大断崖を超えた先にあるエルフの隠れ里こそが、シンリィの故郷なのだそうだ。
白い牙には、今ではそのようにして各地の隠れ里から、アマランシアの活動に賛同したエルフたちが集まってきているのだった。
→→→→→
アマランシアを含む四名のエルフを引き連れて、俺たちはキルケット西部地区の外門をくぐった。
門番は、俺とアマランシア達の姿を一瞥し……
軽く会釈をした。
対してアマランシア達も、同じように会釈を返す。
シンリィにいたっては、手なんか振っていた。
「はじめはギョッとされましたけど、何回も通っているうちに慣れるもんですね」
「そうだな……。まぁ、そんなもんだ」
アルミラの襲撃からはすでに二ヶ月が経っている。
その間、俺は意識的にアマランシア達とともに街中での外出を繰り返していた。
また、あえて人目に付く場所で露店を開き、獣使いアルミラが引き連れていた魔獣の亡骸を素材として販売したりもした。
それは、エルフたちが英雄としてこの街に受け入れられるためであると同時に、彼らがそれらの上級魔獣を討伐できるほどの戦闘力を持った『戦士』であるということを広める目的もあった。
『商人アルバスと共に盗賊団と戦ったエルフの戦士たち』の話は、今やキルケット中に広まっていることだろう。
エルフを力で屈服させ、捕らえて奴隷として売り払おうと目論む輩は今でもいるだろうが。
相手のエルフ達がそれほどの力を持った戦士であると知れば、そう簡単には手を出そうなどという気にはならないはずだった。
そういう武力に頼った半ば力づくなやり方ではあるが。
俺が街中をアマランシア達のようなエルフ族と肩を並べて歩いているこの光景は、この街にとっても徐々に日常の風景になりつつあるのだった。
だが、それでもまだまだだ。
まだまだこの街はエルフ達にとって安全とは言い難い。
数日前、シオンが伝令のために一人で街中を歩いていた際には、突然五人のごろつきのような輩に襲われている。
その時はシオンが相手を返り討ちにし、その後俺が仲裁に入ったため事なきを得たが……
やはり、アマランシアをはじめとする『本当に腕のいい』一部のエルフ以外は、まだまだ安心して街中を歩くようなことはできないようだった。