02 初代の王
「やはり、簡単に制御できるような代物ではないな」
へたり込んだロロイに手を貸しながら、俺はそう呟いた。
「よほど深い場所と繋がってしまったのでしょう。扱う魔法力があまりにも膨大かつ高密度になりすぎて、人の手には制御不可能となっているのかもしれません」
アマランシアが、周囲のエルフ達に撤退の指示を出しながらそう応じた。
白い牙のエルフ達は、実験中に張り巡らせていた魔障壁などの魔術を次々に解除している。
「これはもう、気軽に出し入れできるような代物じゃないだろう」
場合によっては、俺の倉庫に封じ込めたまま二度と外に出さない方が良いのかもしれない。
「かつての『初代王』は、この力を自在に操ったと言われていますが……」
「俺たちは初代王じゃないぞ」
「それは……おっしゃる通りです」
アマランシアが、肩をすくめながらそう言った。
→→→→→
今から千年程前、現在は『初代王』と呼ばれている一人の男がいた。
その話は、アウル・ノスタルシア皇国において最も有名な逸話だ。
初代王は、現在のアウル・ノスタルシア皇族家の始祖とされている。
アーティファクトの力による絶対的な力を示し、当時存在していた他の六つの種族の国を滅ぼして現在の中央大陸を統一したと言われている。
ノスタルシア王家による統治はその後五百年もの間が続いたのだが、何を思ったか王家はやがては辺境に引きこもる。
そして再び大陸は戦火の渦に巻き込まれて行くのだった。
そしてそれを再び終わらせたのが、二百年前の大国『ノルン大帝国』であり、そのノルン大帝国の支配に抗うために、かつてのアウル・ノスタルシア王家を中心として集ったアウル・ノスタルシア連合国だった。
アウル・ノスタルシア連合に集った各地の王達は、ノスタルシア王家を皇帝として打ち立てて自らの正当性を主張し、やがてノルン大帝国を打ち倒した。
そうして現在のアウル・ノスタルシア皇国が出来上がって行ったのだ。
「伝承によりますと……その『初代王』が操っていたアーティファクトこそが、今アルバス様達が持つ『無尽時空』であったと言われています」
「とんでもない話だな」
つまり、この無尽時空の力を完全に操ることができれば、国を興すほどの絶大な力が得られるということらしかった。
『終焉の絶望』『再生の希望』『虚無の時空』
様々な呼び名のあるその魔法属性は、本来は混じり合うはずのない『光』と『闇』の合成属性であるらしい。
「俺はそんな力は望んではいない、な……」
俺は皆を幸せにする大商人になりたいのであって、絶対的な力を持った覇王になりたいわけではない。
「まぁ、そもそもまともに魔法力を扱えない俺に、こんなものを扱えるはずがないけどな」
成り行きで手に入れてしまった『無尽水源』だが、『無尽時空』などというものに変化してしまった今、どう考えても俺の手には余る代物だった。
「ロロイは……」
そこで、ロロイが声を上げた。
「ロロイはじぃ様から『無尽器を作れ』と言われていたのです」
「……どういうことですか?」
珍しく、アマランシアが興味深そうに尋ねてきた。
「うーんと……、よくわからないのです」
「そうなんですか……」
「そうなのです。よくわからないのですが……」
「ですが……?」
「ん-と……。つまりは『トレジャーハント』なのです!」
「ん……?」
「つまりは……」
ロロイが言う、そのじぃ様から聞いた話をまとめると……
『魔宝珠を手に、ワクワクするようなトレジャーハントをし続けていれば、いつかはアーティファクト無尽器が完成する』という事らしかった。
「いや、そんなわけあるか⁉︎」
「いいえ、アルバス様。そうとも言いきれませんよ」
珍しく、アマランシアが少し興奮気味にそう言った。
「『無尽器』はアーティファクトの原型とされており、その主な機能は『冥界とこの世界とを繋ぐ』という物です。これは一つの仮説なのですが……」
アマランシアによると。
元々の魔宝珠自体には冥界とこの世界とを繋ぐ『穴』を開けるような力はない。
だが魔宝珠は、すでに開けられた『穴』を通じて微弱ながら冥界から力を引き出すことができるという話だった。
それゆえ、その機能を高め続けていけば……
いずれは魔宝珠も無尽器のような力を得る可能性がないとは言い切れないのだそうだ。
「そう言えば、ロロイの魔宝珠は光るな」
「あれは無尽太陽の欠片のおかげなのですよ!」
つまりロロイの魔宝珠は、無尽太陽の開けた『穴』を通じて、その向こう側からの力を引き出すことで、微弱ながらも無尽太陽と同様の太陽の力を放つことができているという。
あれは、つまりはそういうことだったのか……
「でも、無尽太陽はアース遺跡の地下深くにあるんだぞ?どこにいようともそこから力を引き出すというのは、距離の概念を無視し過ぎているだろう?」
「アルバス様の『倉庫』スキルも、どこにいてもアイテムの出し入れが可能かと思いますが……」
「いや、それとこれとは話が違うだろ?」
「違わないのですよ。どちらも『時空』の属性に関わる能力なのですから」
「……」
なんとなく、ロロイとアマランシアの言いたいことはわかるが……
俺は魔法力を扱えずに実感が湧きづらいためか、魔術関係の話はあまり得意ではなかった。
→→→→→
「とりあえず、そろそろ戻らないか?多分、外はもう真っ暗だぞ?」
横でずっと話を聞いていたクラリスが、たまりかねたように声を上げた。
その言葉であたりを見回すと、とっくに撤収の準備を終えた白い牙のエルフ達が暇そうに佇んでいた。
「ああ、悪い。そろそろ戻って夕飯にしようか」
そうして、俺たちはキルケットへと移動を始めた。




