46 願いの果てに
魔宝珠の使い方なんかわからない。
それに、魔術を扱えない俺に、このとてつもない魔法力の塊である無尽腐毒をどうこうできるとも思えなかった。
それでも……
やる前から諦めてしまったら、そこからはもう永遠に何も始まらないだろう。
商人というのは、常に新しいことに挑戦し続けるものだ。
今、俺が願う事。
それは……
「戻って来い。ロロイ……」
目の前で暴れているロロイを、なんとかして助けたい。
「俺とまた、一緒にトレジャーハントをするんだろ?」
俺だって、まだまだロロイと一緒にいたい。
さっきは『ロロイを……置いていかないで……』とか、言っていたくせに……
言いっぱなしで。
勝手に一人でどっか行こうとするなよ。
『ククリ姫の首飾り』を握りしめる俺の手が熱を帯び、そこから黒い靄が染み出した。
それが、徐々に腕を絡め取り、俺の身体を登ってくる。
それに伴い、腕に鈍い痛みが走った。
「ッ‼︎」
腕が、腐毒に侵されている。
魔宝珠を通して逆流した腐毒の魔法力が、魔術への耐性を全く持たない俺の身体を侵食しているのだ。
腐り落ちるまで、持って五分ってところだろうか?
その間にケリつけないと、まともに『願う』ことすらもできなくなってしまう。
「ロロイッ‼︎」
拘束魔術を引きちぎり、再び空に飛び立とうとしていたロロイが、ふと動きを止めた。
そして、不思議そうに俺の方を見た。
小首を傾げるその仕草は、まさしくロロイのものだ。
空中の無尽腐毒に向かって叫ぶ俺が、滑稽に映ったのだろうか?
いや、違う。
……あの時の水魔龍ウラムスと同じだ。
ロロイは、横から現れた俺が無尽腐毒の制御権を奪おうとしているのを感じ取ったのだ。
そんなロロイと、目が合った。
……気がした。
「……ロロイ?」
「いけない‼ アルバス様‼」
アマランシアがそう叫ぶのと同時に、ロロイがエルフたちの拘束魔術を引きちぎり、一直線に俺の前まで跳んできた。
「ぎゃああぁぁぁぁああぁぁぁぁ。ぐるぁああああああぁぁぁぁっ‼」
反射的に俺の前に飛び出したバージェスとカルロは、ロロイの風魔術で遥か彼方まで吹き飛ばされて行った。
そして……
ロロイは腐りかけた俺の腕を掴み、一気に上空へと舞い上がった。
身体がバラバラに引き裂かれるような衝撃と共に、俺の意識は一瞬にして弾け飛んだ。
→→→→→
気づいた時には、真っ暗な闇の中にいた。
夢を見ているようにふわふわとしている。
たぶん、きっと。本当にそうなのだろう。
本当の俺は、今頃ロロイに捕まって空高くまで連れ去られているところのはずだった。
目の前の暗闇から、何者かの息遣いが聞こえる。
「……ロロイ?」
「ぎゃぎゃばぁぁぁーーーっ! ぎゃるるるがばぁぁぁーーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
それは、先ほどまで散々聞いていた、魔龍化したロロイの叫び声だった。
「アルミラはもういなくなった。だからもう、戦わなくて大丈夫なんだ」
「ぎゃるるるがばぁぁぁーーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
ロロイは俺に何かを伝えようとしているように思えたが……
何を言ってるのか、全然わからなかった。
「俺と、まだまだ一緒にトレジャーハントをするんだろ? そんなになっちまったら……、もう一緒にトレジャーハントに行けないだろーが」
「ぎゃるるるがばぁぁぁーーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
ロロイが、さっきと同じ言葉を繰り返した。
何度も何度も。
同じような叫び声を上げ続けている。
それを聞いていた俺は……
不意に、その言葉の意味を理解したのだった。
耳で聞こえたというよりも、ロロイの感情が伝わってきたように思えた。
それは……
ロロイの本当の『願い』だった。
「ぎゃるるるがばぁぁぁーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
「ロロイ……」
ロロイの『願い』は、アルミラを打ち倒すことなんかじゃなかった。
ロロイの、本当の『願い』は……
→→→→→
全身の激痛と共に、意識が戻った。
「ぎぃぃいあああああああぐあがあががあああぁぁ」
ロロイの間近で腐毒の瘴気を浴び続けたせいで、俺の視界は真っ赤に染まっている。
そして、身体の至る所で出血が始まっていた。
「ロロイ……、さっさとそこから出てこいよ」
全て言い終わるより前に、口から大量の血が噴き出した。
「俺と……また一緒にトレジャーハントをするんだろ?」
さっき『どこにも行かずに待っててね』って……言ってたよな?
まだ……ちゃんと俺は、ここにいるんだぞ……
ロロイの本当の『願い』
それは、俺が無尽腐毒に願ったことと、同じことだった。
……
……
……
『……アルバス?』
どこからか、ロロイの声が聞こえた気がした。
「ロ……」
それとほぼ同時に、上空から次々に拘束魔術が降り注ぐ。そして、ロロイの身体は俺ごと地面にはたき落とされた。
衝撃で転げ落ちた俺の身体を、アマランシアが受け止める。
「一旦下がります」
そう言って下がろうとするアマランシアを、俺は手で制した。
喉が荒れて、もはやまともな声が出ない。
でも、確かにそこにロロイがいるのがわかった以上、ここを離れるわけにはいかなかった。
全身がガクガクと痙攣をはじめ、視界を更なる赤いものが覆っていく。
「死ぬ気、ですか?」
アマランシアの言葉が遠いところで鳴り響く。
どっちみち、多分もう手遅れみたいなもんだ。
真っ暗い闇の中。
どこまでも落ちていくような感覚に陥った。
……死ぬのか?
それとももう死んだのか?
せっかくクラリスを助け出して、アルミラたち黒い翼を撃退したのに。
最後はロロイに毒殺されたんじゃ、笑い話にもならない。
せめて……
俺のために戦ってくれたロロイは……
ロロイだけは救いたい。
でも……
ここで俺が死んだら、ロロイの願いは叶わない。
だったら……
俺の願いは……
やっぱり最初と変わらない。
ロロイと……
一緒にトレジャーハントがしたい。
→→→→→
俺は、再びあの真っ暗な空間にいた。
目の前には魔龍となったロロイがいて……
二人の間には無尽腐毒が浮いている。
無邪気に飛び跳ねる魔龍化したロロイが、無尽腐毒を掴んで引き寄せた。
「ぎゃぎゃばぁぁぁーッ!」
「……ロロイ」
「ぎゃるるるがばぁぁぁーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
「ああ、行こう。でも、その前にちゃんと元の姿に戻らないとだぞ」
「……ぎゃるふ?」
これは、よく意味がわからなかった。
俺は、ロロイと無尽腐毒へと、ゆっくりと近づいた。
なんとかして、ロロイと無尽腐毒を引き離さないといけない。
「ロロイ……。それを、俺に渡すんだ」
そんな俺を見つめる腐毒魔龍の目。
その目の奥に、理性の光が宿りはじめた。
それは……俺の知るロロイの目だ。
暗い暗い、腐毒の魔法力の……
その、向こう側で。
ロロイが、俺を見つめていた。
「ぎゃばばるぁっ‼︎ ぎゃるばぁぁ、ぎゃるるるがばあぁぁぁん⁉︎」
「ああ、行けるさ」
「じゃあ、これ……」
突然、魔龍からロロイの声がした。
「アルバスにあげるのです」
そう言って、魔龍ロロイは俺に無尽腐毒を差し出した。
「ロロイ……」
「とりあえず、ロロイは出てきちゃったやつをどうにかするから……後のことはアルバスに頼むのです‼︎」
そして……
→→→→→
俺の意識がこの世に戻ったその瞬間。
腐毒魔龍ロロイは上空へと飛び立った。
「がぁぁぁぁぁああああああーーーーっ‼︎」
その、咆哮が響く。
そして……
腐毒魔龍ロロイは、そのまま無尽腐毒に突っ込んでいった。
「ロロイ‼︎」
「ぎゃるるるがばぁぁぁーーーっ‼︎ ぎゃるるるるぅぅっ‼︎」
その咆哮と、凄まじい閃光と共に、魔龍の姿がかき消えた。
それと同時にこの世界に顕現していたすべての腐毒の魔法力が無尽腐毒へと吸い込まれていった。
腐毒の瘴気に侵されていた俺の身体も、いつの間にか完全に元通りになっている。
「……ロロイ?」
その後には、上空に浮かぶ無尽腐毒だけが取り残されていた。
「嘘、だろ……」
大量の腐毒の魔法力の消滅と共に……
ロロイが、消えた。
消えてしまった。
俺の『倉庫』の中にあったロロイの『倉庫』との繋がりも、今はもう消えている。
ロロイは、完全にこの世界から消えてしまったのだ。
→→→→→
「ふざけんなよ……」
なんで、こんなことになってるんだ?
俺とロロイの『願い』は同じだったはずだ。
『共に生きていたい』と……
同じことを無尽腐毒に願っていたはずだったのに……
「ロロイ……」
上空の無尽腐毒の輪郭がぼやけ、次の瞬間には俺の『倉庫』に戻ってきた。
これで、終わり。
そういうことなのか?
人の『願い』を叶えるというアーティファクトは、結局何も叶えてなんかくれなかった。
「アルバス様……」
呆然と立ち尽くす俺に、アマランシアが近づいてきた。
「まだ、何も終わってなんかいませんよ」
視線を向けた俺に、アマランシアが拾い上げた『ククリ姫の首飾り』を押し付けてきた。
「『最後の最後まで、本当の望みを諦めるな』と、私にそれを教えてくれたのはアルバス様でしょう?」
「……」
「アルバス様が前へ進もうとする限り。まだ、何も終わってなんかいません」
意味のない慰め。
偽りの希望。
ここから進んだ先には、結局はさらなる絶望しかないかものしれない。
それでも……
そうだとしても……
その希望に縋り続ける限りは、まだ終わりではなかった。
魔宝珠を受けとった俺に、アマランシアが大きく頷き返した。
「倉庫取出」
俺がその呪文を唱えると、無尽腐毒が再びこの世界に顕現した。
「俺は、ロロイを取り戻したい。ロロイと、共に生きていたい」
本当に。
アマランシアが言うように。
アーティファクトが人の願いを叶えるものならば……
「無尽腐毒‼︎」
今はただ、その物語に縋っていたかった。
「俺の『願い』を叶えてみせろよ‼︎ 」
俺のその言葉と共に。
無尽腐毒が白と黒の光を放ち始めた。
「……」
さっきまでとは違う色の光だ。
無尽腐毒は、今まさに変化しようとしていた。
そして……
次の瞬間。
突然に、空がひび割れた。
ぽっかりと空いた、その亀裂。
そこから……
「アルバース‼︎」
聞き覚えのある声と共に、ロロイが飛び出してきたのだった。
→→→→→
上空の無尽腐毒は、強い光を放ちながら空の亀裂と共に消滅し、再び俺の『倉庫』の中へと戻ってきた。
そしてその名称は、俺の認識に基づく『無尽腐毒』ではなく『無尽時空』であるとされた。
無尽腐毒は……
俺の『願い』に応え、その性質を変化させたのだ。
時空を超え、この世界とは別の場所に行ってしまったロロイを、取り戻すための力。
それを、俺に与えてくれたのだった。
「ロロイ……」
「ありがとうアルバス。よくわからないけど、アルバスのおかげで帰ってこられたのです」
満面の笑みで笑うロロイを、思わず抱きしめた。
「本当に……、もう、勝手にどっか行くなよな」
「わかったのです、アルバス。アマランシアもごめん。アルバスのこと、ありがとうなのです」
「気にしないでください。私がそうしたいからしただけですから」
「アマランシアも、ロロイと一緒でアルバスのこと大好きなのですね」
「……ええ」
そんな俺たちの周りには、バージェスやカルロ、そして白い牙のエルフ達が集まり始めていた。
「本当に、なんとかしちゃったんですか……」
「言ったでしょう、フウリ? アルバス様がなんとかしてくれるって」
「僕は、頭目の『言霊』が本当におそろしい……」
皆が皆、身に覚えがあるのだろう。
エルフ達が口々にフウリの言葉に同意した。
「そうだな。……俺もだ」
俺がそう言うと。エルフたちが顔を見合わせ、そして笑った。
平原にそよ風が吹き、ゆっくりとアマランシアの霧を晴らしていった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
第8章『暗躍する翼編』メインどころのストーリーはここまでとなります。
またまたお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
8章はこの後もう少しだけ続きますが、残りは後日談やクラリスに絡んだエピローグ的な話になる予定です。
さて、この作品『成り上がり』を一つのテーマにしているので、
アルバスの商売も、所持品も、(護衛)戦力も、徐々にスケールアップしております。
8章ではロロイとクラリスがさらなるパワーアップを果たし、アーティファクトの所有権がアルバスに移り、アマランシアを始めとする白い牙の面々まで味方に引き入れてしまいました。
次は、どんな話にしようかなぁ……
と、ここで宣伝ですが、そんなアルバスの商売と冒険の原点となる『薬草農家編』〜『トレジャーハンター編』までを加筆修正して収録した『戦闘力ゼロの商人』書籍版第1巻が、MFブックス様より好評発売中です(^^)
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頑張って続きを書きます。
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