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45 暴走ロロイと白い牙

ロロイの身体は、今や巨大な魔法力の塊と化していた。

俺の認識では、そういう風にしかとらえられない状態となっている。


「まずい状況ですね。無尽腐毒(オメガ・フラン)から溢れ出る膨大な魔法力を、ロロイさんが制御しきれなくなっています」


足を引き摺りながらやってきたアマランシアが、そう言って今にも上空に飛び立とうとしているロロイを見やった。


無尽腐毒(オメガ・フラン)? あれは無尽水源(オメガ・スイ)だろう?」


「アーティファクトの属性はその時々の所有者によって変化するものです。無尽水源(オメガ・スイ)はロロイさんの『願い』に応え、変化したのでしょう。より強く、より凶悪な力をふるえるようにと……」


アーティファクトが変化するなど、完全に俺の理解を超えていた。

だが、俺の『倉庫』には、ずっと前からそんな「絶対にあり得ないこと」が起き続けている。


「アマランシア。ロロイは『魔宝珠』という制御器を使って、アーティファクトから力を引き出している」


「なるほど。もしロロイさんからその魔宝珠を奪い取ることができれば、あの暴走も止まるかもしれない、と?」


「……ああ」


俺は頷きながらも、自分が相当な無茶を言っているのはわかっていた。


あのアルミラすらも圧倒したロロイから、アイテムを奪い取るなど……

普通に考えて正気の沙汰じゃない。


「無理ですね。たぶん、瞬殺されてしまいます」


「……だよな」


とはいえ、他に有効そうな方法は浮かばなかった。


相手に無尽の力がある以上、直接戦闘での勝ち目は薄い。

ならば、以前ロロイがそうしたように、相手からアーティファクト(無尽の力)の制御権を奪う以外に道はなかった。


「あのアーティファクトは、アルバス様の『倉庫』から出現したように見えましたが……。あれの所有権は、アルバス様にもあるのですか?」


不意に、アマランシアがそんなことを尋ねてきた。


「正式な所有者はロロイだ。俺は、ロロイによって一時的にその資格を貸与されているにすぎない」


俺は、ロロイとの結婚(けいやく)によりアーティファクトを代理で所持する資格を得ている。

そして、それによって『倉庫』に収納することができている。

そういう事なのだろうと理解していた。


「それは今でも、ですか?」


「……たぶんな」


離婚したつもりはないから、今でもそうだろう。


「それならば、方法がひとつだけ……」


「あるのか?」


「ええ」


アマランシアが頷いた。


「私達がロロイさんを抑えます。その隙にアルバス様は無尽腐毒(オメガ・フラン)の制御権をロロイさんから奪い取ってください」


「俺が、か……?」


訝しがる俺に、アマランシアが一つの首飾りを差し出してきた。

繋げられているいくつもの宝石の中に、ロロイの魔宝珠と同じものがあった。


「これは『ククリ姫の首飾り』と呼ばれるエルフ族の秘宝です。ロロイさんの魔宝珠と同じく、アーティファクトに意識を繋げる力があるとされています」


「……」


つまりはこれを使って『無尽腐毒(オメガ・フラン)の制御権をロロイから奪い取れ』と……

アマランシアはそう言っているのだった。


そして、それが可能なのは……

貸与されているだけとはいえ、ロロイ同様に無尽腐毒(オメガ・フラン)の所有権を持つ、俺だけだということだろう。


ロロイは、先ほどまでよりも一回り大きい翼を形成し、それを大きくばたつかせていた。

本当に、今にも何処かへ飛び立ってしまいそうだった。


「オメガシリーズは、『無尽の力を与える』という最も単純な方法により、人の願いを叶えるよう設計された遺物です」


そんなロロイを見やりながら、アマランシアが俺に語りかけた。


「そして魔龍とは、そんな願いの成れの果て。破壊、殺戮、逃避、復讐、安寧、守護、勝利。そんな、人が思い描く強烈な願いが。制御を失って暴走した姿です」


「完全に、俺の理解を超えてるな」


アマランシアの言うことが本当なら、これまで倒してきた魔龍は全て、元々は人だったということになる。


水魔龍ウラムスも、土魔龍ドドトラスも、腐毒魔龍ギルベニアも……


そして……

このままではロロイももうじきそうなってしまうということなのだった。


「これの、使い方は?」


わからないことについて、俺は一旦考えることをやめた。

今は、俺にできることをやる。


「残念ながら、私にもわかりません。ただ、西の森のエルフ達は、それを手にしてひたすらに祈りを捧げたと聞いています」


つまりは『願う』ということか。


ロロイ以上の思いで、俺の願いを願う。

今はそれだけが、俺がロロイを無尽腐毒(オメガ・フラン)の呪縛から解き放つために出来る唯一のことだった。



→→→→→



「アルバス様がそれを成し遂げるまでの間、我々がロロイさんを抑えます」


アマランシアのその言葉を合図に、周囲の霧の中から続々と白ローブのエルフ達が姿を現した。


「頭目、久々に召集がかかったと思ったら、なんでこんな場所なんですか。……あれは、流石にヤバすぎますって」


「諦めなフウリ。知っての通りアマランシアは、昔からとびっきり人使いが荒いからねぇ……」


「まぁ、僕ら『奴隷闘技場出身者』は、恩人さんのためならそのくらいはやりますけどね」


「ロロイさん。シンリィが今助けますよ」


次々に現れるエルフ達。

その中には、何人かの見覚えのある顔も混じっていた。


そして彼らは、アマランシアを中心にしてその場に集った。


「フウリ。……誰一人として、ここで死ぬことは許しませんよ。それにこれは倒す戦いではなく、耐える戦いです」


「はいはい。頭目の口車に乗せられて、これまで何度死ぬような目に遭ってきたことか……」


「大丈夫。たぶん、最後はアルバス様がなんとかしてくれますから」


「了解。よし、じゃあみんなで逝くかー」


緊迫した状況ににつかわしくないことを言い合いながら、アマランシア達は黒い魔龍と化したロロイへと向き直った。


「フウリ隊は拘束魔術により遠距離からロロイさんの足止めをしてください。シンリィ隊はフウリ隊の護衛を、シオン隊は私と共に腐毒の呪いの解呪と、周辺の負傷者の救護をお願いします」


「へーい」


「頑張ります!」


「承知いたしました」


アマランシアの指示を受けて、エルフたちが一斉に動き出す。


「では、アルバス様。お願い致します」


そして、アマランシアはさらなる煙霧の魔術を発動した。


快癒煙霧魔術(マナ・ミララトラ)


アマランシアを中心として広範囲に薄緑色の霧が充満し、それを吸い込むと少し呼吸が楽になっていった。


そんな俺の隣では、バージェスとカルロがエルフたちから傷の手当てを受け始めていた。


「もう少し離れませんか?」


「ここは、少々戦場に近すぎます」


そんな二人のエルフの視線の先。

そこでは、霧の中から空に向かって飛び立とうとするロロイを、エルフたちの拘束魔術が地面に(はりつけ)にしていた。


だが、そんなものは一瞬にしてロロイに引きちぎられてしまう。


「はい、次~」


そこで、すでに体制を整えていた第二陣のエルフたちが、フウリと呼ばれた気だるげなエルフの指示で二発目の拘束魔術を放った。

だが、それもすぐに引きちぎられてしまう。


「はい、次~」


「次~」


魔術を放っては引きちぎられて、放っては引きちぎられての繰り返しだ。


「あ……、一旦撤退」


そしてロロイが苛立ったように暴れはじめると、エルフたちはさらに距離をとってそれをかわした。


白い牙のエルフ達は、ロロイ相手に長距離の魔術戦を繰り広げていた。

相当な距離をとりながら戦っているので、ロロイのスピードにもなんとか対応できているようだ。


「長距離砲が来るぞ‼ 散れ‼」


フウリがそう叫んだ直後。

ロロイの砲撃が大地を抉り、森を貫きながら弾け飛んでいった。


「うっわ。今のが一発目と二発目(さっきまで)と同じ速度だったら、全員死んでたな……怖ッ⁉」


そしてロロイがまき散らした腐毒の魔法力を、別働隊のエルフ達が風魔術で上空へと巻き上げる。

さらに、散らしきれなかった分をアマランシアの霧が中和していった。


まるで全員で一つの生き物であるかのように、統制が取れた無駄のない戦術だ。

そして、ひらひらとつかみどころのなく揺れ動く流動的な戦術は、まるでアマランシアの戦い方を見ているようだった。


「これが、『白い牙』か……」


そうして、俺はロロイの方にゆっくりと向き直った。


「ロロイ……」


俺は、右手にある『ククリ姫の首飾り』を強く握りしめた。

そして、ロロイが水魔龍との戦闘中にそうしていたように、上空の無尽腐毒(オメガ・フラン)に向かって掲げた。


今、俺にできること。


「戻って、来い。ロロイ」


それは、ただ『願う』ことだけだった。

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